【完結】『ずっと好きだった』なんて、もう信じない ~一途な幼馴染に寄り道された男爵令嬢は、二度目の恋から逃げ出したい~

恋せよ恋

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焦る幼馴染の彼

  夜会の喧騒から数日が過ぎ、季節は春の盛りを迎えていた。

 私たちが通う聖カトレア学園は、貴族の子弟のみならず、一部の優秀な平民も受け入れる、この国で最も格式高い教育機関だ。白亜の校舎を囲むように咲き誇るカトレアの花々が、風に揺れて甘い香りを放っている。

 学園に入学した私は、以前にも増して「結婚」や「社交」という言葉に敏感になっていた。周囲の友人たちは、将来の婚約者の話や、昨夜の観劇で出会った素敵な令息の話に花を咲かせている。けれど、私にとってそれらの話題は、冷たい氷水を背中に流し込まれるような不快感を伴うものだった。

「キャシー、また難しい顔をしてるわよ」

 昼休みのテラス席。向かい側に座るバネッサ・オーランド伯爵令嬢が、可笑しそうに目を細めた。彼女は私の兄、ダニエルの婚約者だ。伯爵家の次女という高い身分でありながら、格下の男爵家である我が家の嫡男に見初められ、身分差を乗り越えて婚約に至った、学園きっての有名カップルでもある。

「バネッサ様。……お兄様とのお話、順調なのですか?」

「ええ。昨日はダニエル様から、新しいパン屋の試作のクッキーをいただいたの。とても美味しかったわ。彼、実務も家政も本当に熱心で、お父様もようやく『彼なら娘を任せられる』って認めてくださったのよ」

 バネッサ様が語る兄の話は、いつも愛に満ちていた。兄のダニエルは、父とは正反対の性格だ。母が陰で泣いている姿を私と一緒に見て育った彼は、「僕は絶対に、一人の女性だけを幸せにする」と誓っていた。その言葉通り、彼はバネッサ様に対して一点の曇りもない愛情を注ぎ続けている。

(お兄様たちのような、綺麗な愛も……この世には存在するのかしら)

 そんなことをぼんやりと考えていた時だった。

「キャサリン、少し時間いいか?」

 聞き慣れた、けれどどこか緊張を含んだ声。見上げると、そこにはユリウスが立っていた。いつもは軽やかに笑う彼の顔が、今は不自然に強張っている。

「ユリウス? ええ、構わないけれど」

 私はバネッサ様に会釈をして席を立ち、彼に促されるまま学園の裏手にある、静かな木立へと向かった。春の陽光が木の葉の隙間からこぼれ落ち、彼の金茶色の髪をキラキラと照らしている。

「どうしたの? そんなに深刻な顔をして」

 冗談めかして問いかけた私の言葉を、彼は受け流さなかった。
 ユリウスは一歩詰め寄ると、焦燥の滲む声で私の名を呼んだ。

「キャサリン。……また、誰かに告白されたんだって?」

 その言葉に、私は思わず瞬きを繰り返した。
 今朝の講義の後、一学年上の先輩から中庭に呼び出された。けれど、私の返事は決まっている。相手の顔も名前もろくに覚えないまま、丁重にお引き取り願ったばかりだった。

「えっ、ええ。……でも、すぐにお断りしたわよ。いつものことじゃない」

 私が不思議そうに首を傾げると、ユリウスは「ああ、もう……」と天を仰ぐようにして、前髪を乱暴にかき上げた。

 いつも沈着冷静で、騎士科の模範生と謳われる彼が、これほどまでに余裕をなくしている姿を見るのは初めてだった。

「『いつものこと』で済ませられるのは君だけだよ。……俺は、生きた心地がしなかった」

 ユリウスの瞳に、切実な光が宿る。
 彼は私の両肩を掴むと、逃がさないと言わんばかりに力を込めた。

「君が恋愛を避けているのは知ってる。だから俺も、隣にいられなくなるのが怖くて、ずっと『幼馴染』の仮面を被ってきた。……でも、今日君が呼び出されたと聞いた時、心臓が止まるかと思ったんだ。もし、君が誰かの手を取ってしまったら? もし、俺が知らないうちに、君が遠くへ行ってしまったら?」

 彼の低い声が、私の胸の奥にまで響いてくる。
 ユリウスの焦りは、彼がどれほど長く、私への想いを自分の中に閉じ込めてきたかを物語っていた。

「もう、待てない。……他の誰かに君を掠め取られるくらいなら、嫌われる覚悟で伝えるよ」

 ユリウスは足を止め、深く息を吸い込むと、真っ直ぐに私の瞳を見つめた。その眼差しの強さに、私は言葉を失った。

「キャシー。……俺は、ずっと君が好きだった」

 時が止まった、と思った。
 カトレアの花を揺らす風の音も、遠くで聞こえる生徒たちの笑い声も、すべてが遠い世界の出来事のように感じられた。
__________

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