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言い訳なき贖罪
雨は夜になっても止む気配がなく、窓を叩く不規則な音が、寝室に籠もる私の鼓動を急き立てていた。
ずぶ濡れで帰宅した私を、母は何も聞かずに抱きしめ、温かい湯浴みを用意してくれた。けれど、どれだけ身体を温めても、芯に居座った氷が溶けることはなかった。
「……様、キャサリン様!」
不意に、階下から騒がしい声が聞こえてきた。
この嵐のような夜に、一体誰が。
嫌な予感がして、私はガウンを羽織り、裸足のまま廊下へ飛び出した。階段を駆け下りると、玄関ホールには、びしょ濡れのまま立ち尽くすユリウスの姿があった。
「ユリウス……! どうして、もう来ないでと言ったはずよ!」
執事たちが困惑して遠巻きに見守る中、彼は一歩、また一歩と私に近づいてきた。
泥の混じった雨水が彼の足元に水溜りを作り、高価な絨毯を汚していく。けれど、今の彼にはそんなことを気にする余裕など微塵もなさそうだった。
「……言われた通り、帰ろうとしたんだ。でも、できなかった」
ユリウスの声は、これまでに聞いたことがないほど低く、そして剥き出しの感情を孕んでいた。
彼は私の目の前で足を止めると、そのまま力なく床に膝をついた。騎士科の誇りも、次期子爵としての体裁も、すべてを投げ打った、無様な姿。
「キャシー。……俺は、最低な男だ。タチアナとのことは、自暴自棄だったなんて綺麗な言葉で片付けられるものじゃない」
「……何よ、今更」
「俺は、怖かったんだ。君に何度拒絶されても、君以外を愛せなかった。……でも、愛してもらえない空虚さに耐えられるほど、俺は強くなかったんだ。君に手が届かない絶望を、他の誰かの体温で誤魔化そうとした。……君を失う恐怖より、自分の『寂しさ』を優先したんだ。俺は、自分のことしか考えていなかった、最低の臆病者だ!」
ユリウスは拳を床に叩きつけ、絞り出すように叫んだ。
その言葉には、父が愛人を庇った時の「同情」や「正義感」といった、自分を正当化する欺瞞が一切なかった。
ただ、自分の内側にある醜さ、弱さ、そして独占欲。それらを100%認め、自分という人間を真っ向から断罪していた。
「……お父様はね、彼女には行く場所がないから助けたんだって言ったわ。自分を『優しい騎士』だと思い込もうとしていた。……でも、貴方は違うのね」
「ああ、違う。俺は優しくなんてない。汚くて、弱くて、君を独り占めにしたいくせに、寂しさに負けて寄り道をした。……そんな俺が、君に許してくれなんて言えるはずがない」
ユリウスは顔を上げ、雨と涙でぐちゃぐちゃになった瞳で私を見上げた。
「でも、これだけは言わせてくれ。……君が俺を拒絶しても、俺を軽蔑しても、俺の隣にはもう、一生誰も置かない。君以外に触れるくらいなら、俺はこの手を切り落としたっていい。……君を苦しめるのが俺なら、俺は一生、君の後悔として生きていく。君が俺を忘れる権利さえ、奪いたいと思ってしまうほど、俺は君に執着しているんだ」
それは、愛の言葉というにはあまりにも重く、毒のような執念だった。
けれど、その「醜さ」こそが、私にとっては救いだった。
綺麗に塗り固められた「理想の愛」なんて、私には必要なかったのだ。
欲しいのは、汚れても、間違えても、そこから逃げ出さずに私だけを見つめ続ける、泥臭いまでの誠実さ。
父が母に決して見せなかった、自分の非を認めて泥を這う覚悟。
「……馬鹿ね、ユリウス。そんな風に言われたら、私が貴方を忘れられるはずがないじゃない」
私の頬を、熱い涙が伝い落ちた。
二十年止まっていた母の時計。そして、一年間止まっていた私の時計。
その歯車が、ユリウスの無様な告白によって、ギチリと音を立てて動き始めたのを感じた。
「一生、後悔させてあげるわ。私を裏切ったことを、一生かけて、私を愛することで償い続けなさい。……いいわね?」
「……ああ。喜んで、その刑に服すよ。キャシー」
ユリウスは私の裾を掴み、そこに額を押し当てて、子供のように声を上げて泣いた。
外の雨は、いつの間にか小降りになっていた。
泥だらけの玄関ホールで、私たちはようやく、偽りの「幼馴染」という皮を脱ぎ捨て、本当の意味で向き合うことができたのだ。
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ずぶ濡れで帰宅した私を、母は何も聞かずに抱きしめ、温かい湯浴みを用意してくれた。けれど、どれだけ身体を温めても、芯に居座った氷が溶けることはなかった。
「……様、キャサリン様!」
不意に、階下から騒がしい声が聞こえてきた。
この嵐のような夜に、一体誰が。
嫌な予感がして、私はガウンを羽織り、裸足のまま廊下へ飛び出した。階段を駆け下りると、玄関ホールには、びしょ濡れのまま立ち尽くすユリウスの姿があった。
「ユリウス……! どうして、もう来ないでと言ったはずよ!」
執事たちが困惑して遠巻きに見守る中、彼は一歩、また一歩と私に近づいてきた。
泥の混じった雨水が彼の足元に水溜りを作り、高価な絨毯を汚していく。けれど、今の彼にはそんなことを気にする余裕など微塵もなさそうだった。
「……言われた通り、帰ろうとしたんだ。でも、できなかった」
ユリウスの声は、これまでに聞いたことがないほど低く、そして剥き出しの感情を孕んでいた。
彼は私の目の前で足を止めると、そのまま力なく床に膝をついた。騎士科の誇りも、次期子爵としての体裁も、すべてを投げ打った、無様な姿。
「キャシー。……俺は、最低な男だ。タチアナとのことは、自暴自棄だったなんて綺麗な言葉で片付けられるものじゃない」
「……何よ、今更」
「俺は、怖かったんだ。君に何度拒絶されても、君以外を愛せなかった。……でも、愛してもらえない空虚さに耐えられるほど、俺は強くなかったんだ。君に手が届かない絶望を、他の誰かの体温で誤魔化そうとした。……君を失う恐怖より、自分の『寂しさ』を優先したんだ。俺は、自分のことしか考えていなかった、最低の臆病者だ!」
ユリウスは拳を床に叩きつけ、絞り出すように叫んだ。
その言葉には、父が愛人を庇った時の「同情」や「正義感」といった、自分を正当化する欺瞞が一切なかった。
ただ、自分の内側にある醜さ、弱さ、そして独占欲。それらを100%認め、自分という人間を真っ向から断罪していた。
「……お父様はね、彼女には行く場所がないから助けたんだって言ったわ。自分を『優しい騎士』だと思い込もうとしていた。……でも、貴方は違うのね」
「ああ、違う。俺は優しくなんてない。汚くて、弱くて、君を独り占めにしたいくせに、寂しさに負けて寄り道をした。……そんな俺が、君に許してくれなんて言えるはずがない」
ユリウスは顔を上げ、雨と涙でぐちゃぐちゃになった瞳で私を見上げた。
「でも、これだけは言わせてくれ。……君が俺を拒絶しても、俺を軽蔑しても、俺の隣にはもう、一生誰も置かない。君以外に触れるくらいなら、俺はこの手を切り落としたっていい。……君を苦しめるのが俺なら、俺は一生、君の後悔として生きていく。君が俺を忘れる権利さえ、奪いたいと思ってしまうほど、俺は君に執着しているんだ」
それは、愛の言葉というにはあまりにも重く、毒のような執念だった。
けれど、その「醜さ」こそが、私にとっては救いだった。
綺麗に塗り固められた「理想の愛」なんて、私には必要なかったのだ。
欲しいのは、汚れても、間違えても、そこから逃げ出さずに私だけを見つめ続ける、泥臭いまでの誠実さ。
父が母に決して見せなかった、自分の非を認めて泥を這う覚悟。
「……馬鹿ね、ユリウス。そんな風に言われたら、私が貴方を忘れられるはずがないじゃない」
私の頬を、熱い涙が伝い落ちた。
二十年止まっていた母の時計。そして、一年間止まっていた私の時計。
その歯車が、ユリウスの無様な告白によって、ギチリと音を立てて動き始めたのを感じた。
「一生、後悔させてあげるわ。私を裏切ったことを、一生かけて、私を愛することで償い続けなさい。……いいわね?」
「……ああ。喜んで、その刑に服すよ。キャシー」
ユリウスは私の裾を掴み、そこに額を押し当てて、子供のように声を上げて泣いた。
外の雨は、いつの間にか小降りになっていた。
泥だらけの玄関ホールで、私たちはようやく、偽りの「幼馴染」という皮を脱ぎ捨て、本当の意味で向き合うことができたのだ。
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