「君を抱くつもりはない」初夜に拒絶した公爵様、身代わりの後妻(私)が姉の忘れ形見を守り抜く間に、なぜか執着が始まっています?

恋せよ恋

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初夜と氷の宣告

  シャンプレン公爵邸に到着したその日から、ステファニーを待っていたのは歓迎とはほど遠い、凍てつくような静寂だった。

 かつて、姉のフィオーラに連れられて遊びに来た時のこの屋敷は、もっと光に満ちていたはずだ。色とりどりの花が咲き乱れる庭園、美しく磨き上げられた調度品、そして何より、主人であるパトリックの穏やかな笑顔。

 だが今、ステファニーの目の前に広がる光景は、主を失った墓標のように冷え切っている。

「……ステファニー様、こちらへ。旦那様がお待ちです」

 案内する老執事の言葉にも、どこか事務的な響きがあった。彼らにとって、死んだ「完璧な夫人」の代わりにやってきた「凡庸な妹」など、どのように扱えばいいのか測りかねる存在なのだろう。

 案内されたのは、主寝室だった。
 今夜は結婚初夜。本来ならば、新しい門出を祝う甘やかな時間が流れるはずの場所だ。

 しかし、部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、ステファニーの背筋に冷たい戦慄が走った。

 部屋の主、パトリック・シャンプレンは、窓際に立ち、月明かりを背負って立っていた。
 かつて、ステファニーの初恋を奪ったその美貌は健在だった。彫刻のように整った横顔、広い肩幅、そして知性を感じさせる高い鼻梁。

 だが、こちらを振り向いたその瞳には、かつての優しさは微塵も残っていない。そこにあるのは、底知れぬ虚無と、明らかな拒絶の色だった。

「来たか」

 短く、低い声。それだけでステファニーの心臓は跳ね上がる。

「はい……パトリック様。本日より、お世話になります」

 ステファニーが精一杯の淑女の礼を捧げても、彼は動かなかった。ただ、冷ややかな視線で彼女の姿を上から下までなぞる。
 その視線が、まるで「やはり姉とは似ても似つかないな」と断じているようで、ステファニーは思わず自分の指先を握りしめた。

「……単刀直入に言おう」

 パトリックは、ステファニーとの距離を詰めようともせず、冷酷な宣告を口にした。

「私は、君を愛するつもりはない。そして、君を抱くつもりもない」

 心臓が、一度大きく脈打ってから、凍りついた。
 覚悟はしていた。彼は姉を深く愛していたのだから、そう簡単に他の女を受け入れられるはずがない。けれど、面と向かってこれほどまでに明確に拒絶されることが、これほどまでに痛いとは思わなかった。

「……それは、私に魅力がないから、でしょうか」

 絞り出すようなステファニーの問いに、パトリックは鼻で笑った。

「魅力の問題ではない。私の妻は、生涯フィオーラただ一人だ。君がここに来たのは、我が家の体面と、『リチャードの母親』という『役職』を埋めるため。それ以上のものを私に期待しないでくれ」

「役職……」

「そうだ。君は今日から、この屋敷の置物になればいい。衣食住は保証しよう。侯爵家への面目も保つ。だが、夫婦としての情愛を求めるなら、今すぐ実家へ帰ることだ」

 パトリックの言葉は、鋭い刃となってステファニーの胸を切り裂く。

 彼は知らないのだ。ステファニーが、どれほどの覚悟でここに来たのか。
 初恋の人に拒絶される恐怖よりも、姉の遺した子供を守りたいという願い。そして、たとえ愛されなくても、彼の重荷を少しでも分かち合いたいと願った、愚かなほどの献身を。

 ステファニーは、溢れそうになる涙を堪え、深く頭を下げた。

「……承知いたしました、パトリック様」

「物分かりが良くて助かる」

「ですが、一つだけお伝えさせてください。私は、パトリック様の愛を奪いに来たのではありません。私は……姉様が愛したこの家と、リチャード様を守るために参りました。ですから、どうか私に『母親』としての仕事だけはさせてくださいませ」

 ステファニーの毅然とした言葉に、パトリックの眉が微かに動いた。
 だが、彼はそれ以上何も言わず、ステファニーに背を向けて部屋を出て行こうとした。

「今夜は別の部屋で休む。明日から、君の好きにすればいい。ただし、私の目につかないところでな」

 バタン、と重苦しい音を立てて扉が閉まった。

 広い寝室に、ステファニーは一人取り残された。
 豪華な天蓋付きのベッド。真っ白なシーツ。それらがすべて、彼女を嘲笑っているかのように見えた。

 ステファニーは膝をつき、絨毯に顔を埋めた。
 声を上げて泣きたかった。けれど、泣いてしまえば、本当に「可哀想な身代わり」になってしまう気がした。

(泣いてはいけないわ、ステファニー。私は、リチャード様の母になるために来たのよ)

 自分に言い聞かせるように、彼女は何度も深呼吸を繰り返した。

 窓の外では、夜の静寂が深まっていく。
 ふと、隣の部屋の方から、微かな泣き声が聞こえてきた。赤ん坊の、寂しげな泣き声。

( リチャード様? 『フィオーラお姉様の忘れ形見』が泣いている!)
___________

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