「君を抱くつもりはない」初夜に拒絶した公爵様、身代わりの後妻(私)が姉の忘れ形見を守り抜く間に、なぜか執着が始まっています?

恋せよ恋

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兄フレデリックの助言

  離宮への事実上の追放。本館から切り離されたその建物は、手入れも行き届かず、湿った空気と埃の匂いが立ち込めていた。パトリックからは「頭を冷やせ」と冷たく言い放たれ、リチャードに近づくことさえ禁じられたステファニーは、窓の外に見える本館の屋根をじっと見つめる日々を送っていた。

 そんなある日の午後、静まり返った離宮に、聞き慣れた力強い足音が響いた。

「ステファニー! 無事か!」

「……お兄様!」

 扉を押し開けて現れたのは、ロンデール侯爵家の嫡男であり、ステファニーの唯一の味方である兄、フレデリックだった。彼は妹の窶れた顔を見るなり、その肩を抱き寄せ、憤慨したように声を上げた。

「なんという待遇だ……。公爵家ともあろうものが、正妻をこのような場所に押し込めるとは。パトリックの奴、正気か?」

「お兄様、来てくださってありがとうございます。でも、どうしてこちらへ?」

「お前からの手紙を読んで、居ても立ってもいられなくなったのだ。薬剤師の件も手配したが、それよりも伝えなければならないことがあってな」

 フレデリックは周囲に誰もいないことを確認すると、声を潜めてステファニーの向かいに座った。その表情は、かつてないほど真剣で、どこか忌まわしいものを語るような険しさを帯びていた。

「ステファニー、お前が疑っているあのナタリーという女……そしてその母親について調べさせた。やはり、ただの乳母親子ではないぞ」

 ステファニーは息を呑んだ。ナタリーの母は、かつて没落した男爵家の令嬢であり、パトリックの乳母としてシャンプレン家に仕えていたはずだ。

「ナタリーの母、エルザという女の過去だ。彼女が男爵家を追われた本当の理由を知っているか? 表向きは家計の困窮とされているが……実際は、実父である先代男爵の不審死に関与していた疑いがあるのだ」

「不審死……?」

「ああ。エルザは当時、家を継ぐはずだった異母弟をひどく嫌っていた。だがある日、その弟と父親が同時に激しい腹痛に襲われ、数日のうちに亡くなった。家を継ぐ者がいなくなり、男爵家は取り潰し。エルザだけが生き残り、行き場を失ってシャンプレン公爵家に転がり込んだのだ。当時の公爵閣下は、彼女の身の上を不憫に思って乳母として雇い入れたようだが……」

 フレデリックの言葉に、ステファニーの背筋を冷たい蛇が這い上がるような感覚がした。

「血は争えない、ということか。その娘のナタリーも、十八で嫁いだ商家の夫を一年で亡くしている。死因は急な衰弱死。だが、夫の死後、彼女は多額の慰謝料と隠し財産を手に、公爵家に戻ってきているんだ」

「……お姉様も、同じように……」

 ステファニーの声が震える。
 完璧だった姉、フィオーラ。産後の肥立ちが悪かったとされているが、もし彼女の周囲に、代々「邪魔者を排除してきた」血筋の女が控えていたとしたら。

「ナタリーは、自分が公爵夫人の座に座ることを、単なる野心ではなく『奪われた権利』だと思い込んでいる節がある。彼女の母親は、没落したことで失った貴族としての贅沢を、娘を公爵に嫁がせることで取り戻そうと刷り込んできたようだ」

 フレデリックは、ステファニーの手を強く握りしめた。

「ステファニー、お前は今、猛獣の檻の中にいる。ナタリーにとって、お前は『お飾り』ですらない。自分の計画を邪魔する、排除すべき標的だ。パトリックがナタリーを信じきっている今、お前の言葉は彼に届かない。だが、焦ってはいけないぞ」

「お兄様、私はどうすれば……。お姉様の忘れ形見のリチャード様があんなに苦しんでいるのに、私は何もできずにここに……」

「証拠を固めるんだ。ナタリーが使っている毒、主治医のロベルトとの癒着、そして何より、彼女たちがリチャードに何をしているか。私が外から支援する。お前は離宮にいる間に、フィオーラの遺品を徹底的に調べろ。彼女は聡明だった。自分が毒されていることに、気づいていなかったはずがない」

 フレデリックの言葉に、ステファニーはハッとした。
 この離宮は、フィオーラが生前、静養のために好んで使っていた場所だ。本館のようにナタリーの目が届かないこの場所なら、姉が何かを残している可能性がある。

「……分かりましたわ、お兄様。私は負けません。お姉様のためにも、リチャード様のためにも」

「ああ。それと、これを」

 フレデリックは懐から、小さな銀のナイフを取り出した。

「これは、刃が毒に触れると変色する加工がしてある。護身用として持っておけ。……パトリックには私から厳しく抗議しておくが、今の彼は盲目だ。自分の身は自分で守るんだぞ」

 兄が去った後、ステファニーは一人、広間の中央に立ち尽くした。
 ナタリーという女の背後に透けて見える、どす黒い執念。それは一朝一夕で築かれたものではなく、親子二代にわたって公爵家という甘い蜜を吸い尽くそうとする、執拗な寄生虫のようだった。

(ナタリー……貴女は、最初からお姉様を殺すつもりでこの家に入り込んだのね)

 ステファニーは、兄からもらった銀のナイフを強く握りしめた。
 平凡だと言われ、両親からも見放されてきた自分。けれど、今の自分には守るべき小さな命があり、導いてくれる兄がいる。

「お姉様、力を貸して」
 
 ステファニーは、埃の舞う離宮の図書室へと足を踏み入れた。
 姉が遺したかもしれない、真実の欠片を探すために。

 その頃、本館ではナタリーがパトリックの傍らで、愛らしげに微笑んでいた。

「ステファニー様も、少しはお反省してくださるとよろしいのですが……」

 その言葉の裏で、彼女は次の「排除」のための準備を、着々と進めていた。
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📢🌹新連載【公爵は婚約解消したはずの元婚約者を逃がさない ~口約束の婚約でしたが、今さら溺愛されても困ります~】

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