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ナタリーの破滅
公爵邸の地下にある冷え切った審問室。石壁の隙間から漏れる松明の炎が、拘束されたナタリーとロベルトの影を不気味に揺らしていた。
パトリックは、ステファニーを傍らに立たせ、鋼のような無表情で二人を見据えていた。その手には、先ほど衛兵がナタリーの隠し荷物から発見した「予備の毒瓶」が握られている。
「……言い逃れはさせん。ロベルト、貴様がナタリーと共謀し、フィオーラの食事に毒を混ぜていた事実は、貴様自身の書状が証明している」
パトリックの声は、低く、押し殺した怒りに震えていた。
ロベルトはすでに戦意を喪失し、眼鏡を歪ませてガタガタと震えていたが、隣のナタリーは違った。彼女は乱れた髪の間から、血走った目でパトリックを凝視し、突然、甲高い声で笑い出した。
「あははは! 証拠? 計画書? そんなもの、今更何になるのよ! 貴方は、自分が一番信じていた者に裏切られていた……その事実に耐えられないだけでしょ、パトリック様!」
「ナタリー……貴様……!」
「そうよ、殺したわ! フィオーラを殺したのは私よ!」
ナタリーは、取り押さえる衛兵を振り払うような勢いで身を乗り出した。その顔はもはや、かつての可憐な乳姉妹の面影など微塵もない、復讐の鬼そのものだった。
「あの女は、産後で弱っていたわ。少しずつ、少しずつ、『銀蛇草』を混ぜたお茶を飲ませてあげたの。彼女、死ぬ間際まで私を信じて、『リチャードをお願いね』なんて言ったのよ。可笑しくて涙が出たわ。……貴方が戦場や政務で家を空けている間、彼女がどんなに苦しんで、どんなに貴方を呼んでいたか。貴方は何も知らないまま、綺麗な思い出だけを抱いて生きてきたのね!」
ナタリーの告白は、パトリックの心に鋭いナイフを何度も突き立てるようだった。
「ロベルトもいい駒だったわ。私の体に溺れて、医学の知識を殺人に貸してくれた。……パトリック様、貴方はフィオーラを愛していたんじゃない。私たちが作り上げた『幸せな家庭』という幻想を愛していただけ。真実を見抜いたのは、貴方が見捨てたその『平凡な妹』だけだったのよ!」
ナタリーはステファニーを指差し、呪詛を吐くように叫んだ。
パトリックは衝撃のあまり、数歩後ずさりした。
最愛の妻の死が事故ではなく、自分の最も身近にいた人間による惨殺だったこと。そして、その異変を訴え続けていたステファニーを、自分は「嫉妬に狂った悪女」として扱い、離宮へ追いやって死の危機に晒したこと。
(私は……私は、一体何をしていた……!)
パトリックの脳裏に、ステファニーに向けた数々の冷酷な言葉が蘇る。
『君を抱くつもりはない』
『フィオーラになれなかった自分を呪っているのか』
『公爵夫人の置物を演じていろ』
戦慄が、彼の全身を駆け抜けた。
自分が守るべきだったのは亡き妻の思い出だけではなく、今目の前で震えながらも凛と立つ、この献身的な女性だったはずだ。
「連れて行け……」
パトリックは、絞り出すような声で命じた。
「ナタリー・ロッシュ、そしてロベルト。貴様らを極刑に処す。……王都の法廷へ送るまでもない。この地の領主として、私が貴様らの罪を裁く」
「パトリック様! 待って、私は貴方を愛して――!」
ナタリーの絶叫が地下廊下に消えていく。
沈黙が降りた審問室で、パトリックは膝から崩れ落ちた。彼は顔を覆い、子供のように肩を震わせて慟哭した。
「……ああ……。ステファニー……私は、取り返しのつかないことを……」
ステファニーは、そっと彼の肩に手を置いた。
その手の温かさが、パトリックには恐ろしかった。これほど酷い仕打ちを受けながら、彼女はまだ、自分を支えようとしてくれている。
「パトリック様。……真実は、苦しいものです。けれど、お姉様の魂はこれでようやく救われましたわ」
「救われたのは私だ、ステファニー! 君がいなければ、私は一生、妻の仇を愛で、息子を殺され、君を憎んだまま死んでいた……! 私は、君に顔を合わせる資格さえない……!」
パトリックは床に額を擦り付け、ステファニーに謝罪した。一国の公爵が、一人の女性に、魂を削るような悔恨の涙を流していた。
ステファニーは、パトリックの前に静かに跪いた。
そして、彼の手を優しく包み込み、真っ直ぐにその瞳を見つめた。
「パトリック様。過去は変えられません。ですが……これからのリチャード様の笑顔を守ることはできます。……私を、本当の意味で貴方の妻にしてくださいますか?」
パトリックは、涙に濡れた目で彼女を見上げた。
平凡だと思っていた彼女の瞳は、今、どの宝石よりも深く、そして慈愛に満ちた輝きを放っていた。
悪意の化身だったナタリーの排除。
それは一つの悲劇の終わりであり、同時に、罪を背負った男と、彼を許した女の、本当の夫婦の始まりだった。
__________
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📢新連載🌹【泥棒猫に婚約者を譲ったら、公爵夫人の座が転がり込んできました~契約結婚のはずが全力で溺愛されています~】
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ロベルトはすでに戦意を喪失し、眼鏡を歪ませてガタガタと震えていたが、隣のナタリーは違った。彼女は乱れた髪の間から、血走った目でパトリックを凝視し、突然、甲高い声で笑い出した。
「あははは! 証拠? 計画書? そんなもの、今更何になるのよ! 貴方は、自分が一番信じていた者に裏切られていた……その事実に耐えられないだけでしょ、パトリック様!」
「ナタリー……貴様……!」
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