「君を抱くつもりはない」初夜に拒絶した公爵様、身代わりの後妻(私)が姉の忘れ形見を守り抜く間に、なぜか執着が始まっています?

恋せよ恋

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両親との絶縁

  ナタリーとロベルトが王都へ連行され、公爵邸にようやく平穏が戻りかけた矢先のことだった。

 門前に、見覚えのある紋章を掲げた馬車が横付けされた。ステファニーの実家、ロンデール侯爵家のものである。

「ステファニー! どこにいる、出てきなさい!」

 エントランスに響き渡ったのは、実父ロンデール侯爵の高圧的な怒鳴り声だった。傍らには、贅を尽くしたドレスに身を包み、扇子を激しく動かす実母の姿もある。

 パトリックの食事を届け終え、ようやくお昼寝の時間のリチャードを寝かしつけたばかりのステファニーがエントランスに降りていくと、両親は開口一番、労いの言葉もなく侮蔑を投げつけた。

「この役立たずが! 公爵家で毒殺騒ぎなど起こして、我が家の名に泥を塗るつもりか! お前がもっと上手く立ち回っていれば、乳母ごとき下賤な女に好き勝手させなかったものを」

「お父様……。私は、お姉様とリチャード様を救うために――」

「黙りなさい!」

 母親が鋭い声で遮った。

「フィオーラという最高の娘を失っただけでも損失なのに、お前まで公爵家に疎まれて離宮へ追放されたと聞いて、肝が冷えたわ。……幸い、隣国の有力な伯爵が『身代わりでも構わないからロンデール家の娘を』と言ってきている。パトリック閣下に離縁状を書かせ、今すぐ荷物をまとめなさい。お前のような無能には、もっと年嵩の、後妻を求めている男がお似合いよ」

 ステファニーは目の前が暗くなるのを感じた。
 両親にとって、娘は心を持った人間ではない。家の利益を生むための「在庫」に過ぎないのだ。姉が毒殺された悲しみよりも、自分たちの体面と金銭を優先するその姿に、ステファニーは激しい吐き気を覚えた。

「……お断りいたします。私は、ここを動きません。私はシャンプレン公爵夫人です」

「なんだと? 出来損ないの分際で親に逆らうか!」

 侯爵が手を振り上げた、その時だった。

「その手を下ろせ、ロンデール侯爵」

 氷の柱が立ったかのような冷徹な声が、二階の踊り場から響いた。
 ゆっくりと階段を下りてきたのは、パトリックだった。数日間の憔悴を感じさせない、公爵としての圧倒的な威圧感を全身に纏っている。その腰には、儀礼用ではない、実戦で血を吸ってきた重厚な長剣が帯びられていた。

「パ、パトリック閣下……! これは失礼いたしました。この娘が不手際を働いたと聞き、すぐに引き取りに参った次第で……」

 侯爵が卑屈な笑みを浮かべて揉み手をしたが、パトリックの瞳に宿る殺気に、言葉が詰まった。

「不手際だと? ステファニーがいなければ、私は今頃ナタリーの手で死体となり、シャンプレン家は乗っ取られていた。彼女は我が家の、そして私の命の恩人だ」

 パトリックはステファニーの傍らに立つと、その細い肩を力強く抱き寄せた。

「貴殿らがこの一年の間、我が妻にどのような扱いをしてきたか、フレデリック卿からすべて聞いた。……実の娘を『出来損ない』と呼び、姉の死を悼む間もなく道具として売り払おうとする。その卑劣な根性、反吐が出る」

「そ、それは誤解です! 我々は家門のために……」

「黙れ。ステファニーを連れ戻すというなら、まずは私の首を撥ねてからにしろ」

 パトリックは、迷いなく腰の剣を抜いた。
 鋭い銀の刃が、シャンデリアの光を反射して侯爵の喉元に突きつけられる。広間にいた使用人たちが息を呑み、侯爵夫妻は腰を抜かして床にへたり込んだ。

「ひ……っ、ひぃい!」

「聞きなさい、ロンデール侯爵。本日この時を以て、ステファニーと貴殿らとの親子の縁は、公爵家の名において完全に断絶する。……今後、彼女に一歩でも近づき、あるいは不当な要求を突きつけてみろ。ロンデール侯爵家そのものを、私がこの手で地図から消し去ってやる」

 パトリックの言葉は、単なる脅しではなかった。激怒した軍部の大貴族を敵に回す恐怖に、夫妻は顔を真っ青にして震えることしかできない。

「……ステファニー、最後に何か伝えたいことはあるか?」

 パトリックに促され、ステファニーは震える唇を噛み締め、両親を見据えた。
 かつては恐怖の対象でしかなかった彼らが、今はあまりにも小さく、惨めに見えた。

「お父様、お母様。……私はもう、貴方たちの『都合のいい駒』ではありません。私はステファニー・シャンプレン。公爵家を支え、お姉様の忘れ形見を守る、この家の主です。……さようなら。二度とお会いすることはないでしょう」

「……行け。二度と我が家の敷居を跨ぐな」
 
 パトリックの冷たい宣告と共に、衛兵たちが夫妻を力ずくで馬車へと放り込んだ。
 埃を上げて逃げ去っていく馬車を、ステファニーは無表情で見送った。長年、彼女の心を縛り付けていた呪いが、今、パトリックの剣によって断ち切られたのだ。

「……ステファニー。怖かったな、すまない」

 パトリックは剣を鞘に納めると、ステファニーを優しく抱きしめた。

「いいえ……。ありがとうございます、パトリック様。……ようやく、呼吸ができる気がしますわ」

「これからは、誰も君を傷つけさせない。……私が、君の盾となり、家となる」

 ステファニーは、パトリックの胸に顔を埋めた。
 実家との絶縁。それは孤独への道ではなく、本当の家族、本当の愛を手に入れるための、最後の一歩だった。

 窓の上階からは、目覚めたリチャードが「ままー!」と呼ぶ声が聞こえてくる。
 ステファニーは涙を拭い、しっかりと前を向いて、愛する子の待つ場所へと歩き出した。
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