可哀想な令嬢?いいえ、私が選ぶ側です 〜悪役令嬢で上等よ〜

恋せよ恋

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偽りの聖女、真実の投資

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 エルヴァイン公爵邸が「美しき依存」という名の蟻地獄に飲み込まれていく一方で、私は王都の反対側、スラムに近い地区に建つ孤児院を訪れていた。

「ルクレツィア様! また来てくれたの!」

「お姉ちゃん、これ、この前もらった石鹸で洗ったら、手のガサガサが治ったよ!」

 馬車から降りた私を、子供たちが一斉に囲んだ。
かつて高慢な悪役令嬢として、偽りの噂に怯えられ、人々に距離を置かれていたルクレツィア。
その記憶には存在しない、泥にまみれた――けれど、どこか温かな手の感触だった。

 私は、研究職としての冷徹な仮面を少しだけ外し、子供たちの頭を撫でた。

「ええ、よかったわね。清潔に保つことは、病気を防ぐ魔法なのよ」

 私が孤児院や貧民街に投資しているのは、単なる慈悲ではない。現代日本で「企業の社会的責任」を叩き込まれた私にとって、これは高度なブランド戦略であり、未来への投資だ。

 私が無償で提供しているのは、ラボで試作した低コスト・高機能の殺菌石鹸や、安価な薬草を魔力で安定化させた万能傷薬。これらは瞬く間に平民たちの間で広まり、私の名は「慈悲深き美の女神」として、王都の草の根へと浸透していった。

「ルクレツィア嬢。……君のやり方には、いつも驚かされるよ」

 教会の影から、ユリウスが姿を現した。彼は銀髪を揺らし、眩しそうに私を見つめる。

「貴族たちがエドワード王子の不手際や公爵家の不祥事を噂している間に、君は着実に『民衆』という名の最強の盾を手に入れた。……今や君を批判することは、王都の八割の人間を敵に回すことと同義だ」

「あら、私はただ、自分の製品がどれほど市場に適合するか、フィールドテストをしているだけですわ」

 私は平然と答えながら、ユリウスに手渡された最新の報告書に目を落とした。

 エドワード王子の凋落は、目も当てられない惨状だった。

 唯一の支持基盤だったリード商会は崩壊。側近たちは不祥事で散り、婚約者のアリスは「醜悪な病」を患ったとして修道院へ送られる準備が進んでいる。王子の周囲に残っているのは、彼の凋落を嘲笑うハイエナのような貴族たちだけだ。

「……さらに、実に面白い知らせがある。エドワード王子の母、ジャリー王妃の生家――その侯爵家一族が、君の製品を横流しし、不当な利益を得ようとしている。……しかも、あろうことか『模造品』まで作ってね」

「模造品? 私の成分配合を、あの旧時代的な錬金術で再現しようだなんて。……身の程知らずにも程があるわ」

 私は唇の端を吊り上げた。

 理系女子の逆襲は、直接的な断罪だけではない。相手の「欲」を利用し、自滅させるのが最も効率的だ。

「ユリウス。……例の『失敗作のレシピ』、わざと漏洩させて。……成分はそっくりだけれど、時間が経つと激しい異臭と、落とせないシミを作る『地雷』よ。……それを、王妃様のお抱えの工房に拾わせるの」

「相変わらず、容赦ないな」
 ユリウスが愉快そうに笑う。
 
 数日後。王宮では、王妃がプロデュースしたという「新たな王室御用達化粧品」が大々的に発表された。それは、ルクレツィアの製品に酷似していながら、価格は三倍。エドワード王子の権威を回復させるための、起死回生の一手だった。

 しかし、発表から数時間後。

 サンプルを使用した令嬢たちの悲鳴が、王宮の至る所で響き渡ることになる。

「何よこれ! 臭いわ! 腐った魚のような匂いが肌から取れないの!」
「顔に青いシミが……! 洗っても、魔法を使っても消えないわ!」

 王妃とエドワード王子は、民衆から「偽物を売りつけた詐欺師」というレッテルを貼られ、完全に社会から抹殺された。

 一方で、私は公爵家の資産で買い取った領地の整備を進め、領民たちに「ルクレツィア様の製品を生産する」という新たな職を与えていた。

「ルクレツィア様万歳!」
「聖女様、エルヴァインの光よ!」

 領民たちの歓声が、公爵邸の私の部屋まで届く。
 
 私は窓辺で、ユリウスから送られた「王弟の庶子」としての真実の証拠が詰まった書類を眺めていた。

「……さて。外堀も、内堀も、すべて埋まったわね」

 王宮からは、エドワード王子の不徳を糾弾し、王位継承権の剥奪を求める声が上がり始めている。
 
 私は鏡に向かい、完璧に整えられた自身の姿を確認した。

「本物のルクレツィア……見ていて。……貴方を苦しめた者たちが、自らの欲に溺れて消えていくわ。……次は、この国の『心臓』を入れ替える番よ」

 王弟復活の足音が、静かに、だが確実に近づいていた。
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