悪役令嬢の中身は、定年退職した元教師でした 〜絶世の美女に転生したので、悪評を更生指導で一掃します〜

恋せよ恋

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論理の迷宮、統計の罠

 翌週の社会科の講義。教室の空気は、開講前から異様な緊張感に包まれていた。

 教壇に立つドマイン先生は、いつも以上に尊大な態度で、分厚い羊皮紙の束を広げた。先日の「宣戦布告」に対する、彼なりの回答を用意してきたのだろう。

「さて、ミッテラン公爵令嬢。先日の貴女の『空論』に対し、私が王立アカデミーの最新統計をもって引導を渡して差し上げましょう」

 ドマインは黒板に、いくつかの折れ線グラフを描き出した。
 それは、過去五十年の王国の税収推移と、貴族の人口比率を並べたものだった。

「見なさい。貴族の領地経営が成熟するに従い、税収は右肩上がりに伸びている。これが、優れた統治者が平民を管理しているからこそ、国が豊かになるという何よりの証拠です。数学は嘘をつきません。成績不振の貴女には、この曲線の意味すら理解できないかもしれませんがね」

 ドマインが鼻で笑う。Sクラスの生徒たちは、黒板に記された「公式な数字」を前に、やはり先生が正しいのだと納得しかけていた。エドワード王太子でさえ、そのデータの整合性に異を唱えることは難しいようだった。

 しかし、私はゆっくりと席を立った。私の背後では、今回だけは教室に随行していた侍女のマリアが王立図書館の刻印が入った重厚な資料を、うず高く積み上げている。

「先生。その統計、データの抽出方法が致命的に偏っていますわよ?」

 私の静かな一喝に、ドマインの顔が引きつった。

「……何だと? これは王立アカデミーが正式に発表したデータだぞ!」

「ええ。ですが、その『右肩上がり』の税収には、三年前に発生した大飢饉の際の緊急徴収分が含まれていますわ。そして、最も重要な『平民一人あたりの可処分所得』が、このグラフからは意図的に排除されている。……マリア」

 マリアが、私が昨日までに分析し直した『再集計報告書』をドマインの机に叩きつけた。

「これは、過去百年の徴税記録と、平民ギルドの内部資料を照らし合わせたものですわ。先生が示した税収増の裏で、平民一世帯あたりの貯蓄額は、この十年で十五%も減少している。つまり、貴族が経営を成熟させたのではなく、ただ『将来への投資』を食いつぶして、目先の数字を飾っているに過ぎませんのよ」

 教室内が、水を打ったように静まり返った。
 ドマインは資料をめくる手が震え、言葉を失っている。

「さらに言えば、先生が引用した『貴族の統治能力』を示す論文……。これ、執筆したのは先生の従兄であるヨーク男爵ですね? データのサンプル数がわずか三箇所、それも自分の直轄領の良好な時期だけを抽出した、学術的価値のない『身内褒めの作文』ですわ」

 ドマインの顔が真っ赤になり、次に土気色へと変わった。
 私が突きつけているのは、単なる感情論ではない。出典の不備、統計学的な欺瞞、そして歴史的な裏付けを伴った、完膚なきまでの「事実の刃」だ。

 生徒たちの間に、激震が走った。
 オリバーやフレデリックといった成績優秀者たちが、呆然とした表情で私を見つめている。
 彼らの頭脳は、今私が行っている議論の内容を理解しようと必死に回転しているが、あまりに高度な「データの再定義」に、処理が追いついていない。

(……こいつは、誰だ?)

 エドワード王太子の瞳に、かつてないほどの驚愕と畏怖が宿るのを私は見た。
 彼らが知っていたエスメラルダは、教養を軽んじ、感情に任せて喚き散らすだけの、傲慢な令嬢だったはずだ。

 だが今、教壇を支配しているのは、知性の頂点に立つ、冷徹なまでの「賢者」の姿だ。

「先生。貴族が平民を管理しているのではなく、平民の血と汗の上に、貴族が胡座をかいているだけ。……それが、この数字が示す真実ですわ。家畜が働かなければ、管理者はただの『飢えた無能』に成り下がる。これ以上、虚飾の学問でこの未来ある生徒たちを洗脳なさるのは、おやめになってはいかが?」
「き、貴様……っ! たかが落第生が、この私を侮辱するのか!」

 ドマインが激昂し、教卓を叩いた。しかし、その声は空虚に響くだけだった。
 教室の空気は、すでに彼を見放していた。生徒たちの視線は、もはや教壇のドマインではなく、背筋を伸ばし、圧倒的な威厳を放つ私の姿に釘付けになっていた。

(本当に、あのエスメラルダ・ミッテラン公爵令嬢なのか……?)

 畏敬、混乱、そして微かな期待。
 Sクラスを支配していた「権威への盲従」という霧が、私の言葉によって、今、鮮やかに晴らされようとしていた。

「次回の講義では、より具体的な『国家存続のための階級協調』について、先生の薄っぺらな支配論を論破して差し上げます。……準備、怠らないでくださいましね?」

 私は優雅に座り直し、余裕に笑みを浮かべた。
 
 前世で幾多の生徒を更生させてきた、教師としての血が騒ぐ。
 真の教育とは、正解を与えることではない。権威を疑う「武器」を与えることなのだ。

 ドマインの権威が音を立てて崩れ落ちる中、私は次の「一手」を見据え、最高に不敵な笑みを浮かべていた。
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