悪役令嬢の中身は、定年退職した元教師でした 〜絶世の美女に転生したので、悪評を更生指導で一掃します〜

恋せよ恋

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外交の暗雲と「添え物」の令嬢

  王城の会議室を包む空気は、もはや「重苦しい」という言葉では形容しきれないほどに、鋭く、そして殺伐としたものに変貌していた。

 隣国ルミナリア王国。北方に位置するその国は、強大な軍事力と同時に、我が国にとって生命線とも言える希少な鉱山資源を独占している。その通商使節団が来訪して以来、王宮の通商担当大臣や外務次官たちは、連日のように続く神経を削り取るような交渉に、完全に疲弊しきっていた。

「……ですから、マクシミリアン殿下。その輸出価格の設定では、我が国の国内産業が崩壊しかねません。前回の条約に基づいた、より互恵的な着地点があるはずです」

 通商次官のケインズが、震える手で分厚い資料を提示する。しかし、対面に座る男は、退屈そうに銀のペンを弄ぶだけだった。

 ルミナリア王国第二王子、マクシミリアン。
 燃えるような赤髪を緩く結び、深い紺碧の瞳には他者を寄せ付けない傲慢さと、すべてを見透かすような冷徹な美しさが同居している。彼は「北の狼」と渾名されるルミナリア王家の中でも、特にその外交手腕において老獪ろうかいと評される曲者だった。

「互恵的、か。実に聞き心地の良い言葉だが、ケインズ次官、それは弱者の論理だ。我が国の鉱石がなければ、貴公らの誇る魔導工学はただの鉄屑になる。供給側が価格を決めるのは、自然の摂理ではないか?」

 マクシミリアンが薄く笑う。その視線は、ケインズの隣に座るエドワード王太子へと向けられた。

「エドワード殿下も、そうお思いでしょう? 未来の王ともあろうお方が、臣下の無能な泣き言を黙って聞いているだけとは。少々、期待外れですな」

 挑発的な言葉に、エドワードの眉間には深い皺が刻まれた。
 エドワードは次期国王としてこの交渉に同席しているが、マクシミリアンの繰り出す、論理の穴を突いた執拗な揺さぶりと、圧倒的な資源を盾にした無理難題の前に、防戦一方となっていた。自国の利益を守らねばならないという重圧と、マクシミリアンという巨大な壁。その板挟みの中で、若干十六歳のエドワードのプライドは音を立てて削り取られていた。

「……交渉の席に私情を持ち込まないでいただきたい、マクシミリアン殿下。我々はあくまで、両国の永続的な発展のための議論をしているのだ」

「私情? 期待外れだと言ったのは、貴公の交渉官としての資質を問うているのだ。立派な公務だよ。それに、『発展』か。では、この条件を飲みたまえ。さもなくば、次の春の出荷はすべて、西の帝国へ回すとしよう」

 マクシミリアンが突きつけたのは、前回提示されたものよりさらに苛烈な、関税撤廃と資源価格の高騰を一方的に押し付けるものだった。会議室に絶望的な沈黙が流れる。

 そんな中、マクシミリアンがふと、窓の外を見つめながら独り言のように零した。

「……ああ、退屈だ。数字と羊皮紙の匂いばかりで、鼻が曲がりそうだ。せめて、この殺風景な会議室に、美しい花の一輪でもあれば、私の機嫌も少しは良くなるのだがね」

 その、あまりにも不遜で気まぐれな一言が、追い詰められた外務官僚たちの「禁じ手」を誘発した。



「……というわけだ。エスメラルダ嬢、これは国王陛下のご意向でもある。いや、国家の命運がかかっていると言っても過言ではない」

 会議の休憩時間。呼び出された私は、外務次官ケインズから、信じがたい言葉を投げかけられていた。

 内容はこうだ。交渉が難航しているマクシミリアン王子の機嫌を取るため、私が「美しい添え物」として交渉の席に同席すること。彼の好みに合うとされる華やかなドレスを纏い、ただそこに座っているだけでいい、という。

「機嫌取りの、添え物……。それが、わたくしへの依頼ですの?」

 私は扇で口元を隠し、冷めた視線でケインズを見つめた。
 前世の教師時代、教育委員会の視察の際に「若い女教師を並べておけば印象が良い」などと抜かした、あの無能な教育長を思い出す。どこにでもいるのだ、女の美貌を政治的な道具としか見なせない、想像力に欠けた男というものは。

 ケインズは、私の沈黙を「戸惑い」だと勘違いしたのか、卑俗な笑みを浮かべて畳み掛けた。

「そう難しく考える必要はない。余計な口は開かず、ただ美しく微笑んでいてくれれば良いのだ。難しい交渉の話など、君にはどうせ理解できまい? 学園で少し成績が上がったからと自惚れているようだが、これは本物の外交だ。……君のような無能でも、その容姿さえあれば務まる、楽な仕事だよ」

 背後で、控えていたマリアの拳がワナワナと震えているのが分かった。
 しかし、私は逆に、心の中で冷徹な計算を始めていた。

(……面白いじゃない。無能な添え物、大いに結構。相手が私を「お飾りの花」だと思って油断してくれるなら、これほど好都合な状況はないわ)

 私は、わざとらしく不安げな表情を作り、瞳を潤ませて見せた。

「……わたくしに、そのような大役が務まるでしょうか。交渉のことは、本当に何も分かりませんのよ?」

「ああ、それで良い! その無知こそが、マクシミリアン殿下の警戒を解くのだ。いいか、絶対に口を挟むな。置物のように座っていれば、それでミッテラン家の忠義は果たされる」

 ケインズは満足げに頷き、去っていった。
 その後ろ姿を見送りながら、私はマリアに向かって、不敵な笑みを浮かべた。

「マリア。今夜、最高に『美しく』仕上げてちょうだい。ただし、ルミナリアの寒冷な気候に合わせた、あちらの貴族が好む毛皮をあしらったスタイルでね。……相手の土俵に、花びらを撒きに行くわよ」

「……お嬢様。そのお顔、また何か『教育』をなさるおつもりですね?」

「ええ。外交というものが、いかに繊細な『対話』の積み重ねであるか……。あの自称『有能な交渉官』たちと、傲慢な王子様に、たっぷりと分からせて差し上げましょう」

 こうして、私は国家の命運を賭けた交渉の場に、「お飾りの花」として投入されることとなった。
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