10 / 24
家族の別れと、熱い不倫
三週間の冬の休暇は、瞬く間に過ぎ去った。
出発の朝、オッティ子爵邸の玄関ホールには、引き裂かれるような子供たちの泣き声が響き渡っていた。
「ちち上! 行かないで! もっと一緒にいて!」
五歳のスティーブが、普段の聞き分けの良さをかなぐり捨ててジュリアンのコートの裾に縋り付く。その隣では、三歳のジェニファーが顔を真っ赤にして、「お父たま、抱っこ、お父たま!」と、ちぎれんばかりに小さな手を伸ばしていた。
子供たちにとって、この三週間は夢のような時間だった。不在だった父が自分たちを抱き上げ、笑いかけ、一緒に遊んでくれた。その温もりが消えてしまう恐怖に、幼い心は耐えきれなかったのだ。
「スティーブ、ジェニファー……。ああ、すまない。父様も、君たちと片時も離れたくないんだ」
ジュリアンは、跪いて子供たちを強く抱きしめた。その瞳には、本心から溢れ出た切ない涙が光っている。
彼にとって、この三週間は紛れもない幸福だった。妻を慈しみ、子供たちの成長に目を細める。その時間は彼自身の魂を癒やすものであり、家族への愛に嘘など一片もなかった。
「メラニア、子供たちを頼む。……君を置いていくのが、これほど辛いなんて」
「ジュリアン……。あなたのそのお心だけで、私はあと一年間待てますわ」
メラニアの目にも、熱い涙がこみ上げていた。ジュリアンは名残惜しそうに何度も家族を振り返り、身を切られるような思いで馬車に乗り込んだ。
――だが、馬車の扉が閉まり、屋敷の姿が雪の向こうに消えた瞬間。ジュリアンの胸の内に、もう一つの「本心」がむくむくと鎌首をもたげた。
彼は深く座席に背を預け、ネクタイを緩めた。
家族と離れる悲しみは、確かにそこにある。胸を締め付けるような痛みも本物だ。しかし、それと同時に、隣国で自分を待っているマルタの、あの湿った熱を帯びた瞳が脳裏をよぎる。
(……ようやく、自由になれる)
家族を愛している。だが、同時に家族は、彼にとって「正しく、清らかであらねばならない」という重圧そのものでもあった。聖女のような妻と無垢な子供たちの前では、彼は決して「男の欲望」を剥き出しにすることはできない。
その抑圧から解放される高揚感が、別れの悲しみをじわじわと侵食し、心地よい痺れとなって全身に回っていく。ジュリアンは、自分の内側にあるこの矛盾した熱情を、止めることができなかった。
馬車が隣国の国境に近い港町へ着くと、そこには一人の女が待っていた。燃えるような赤毛を隠しもせず、茶色の大きな瞳を期待に輝かせたマルタだ。
「ジュリアン様!」
彼女が駆け寄り、ジュリアンの胸に飛び込む。ジュリアンは、つい数時間前に子供たちを抱きしめたその同じ腕で、今度は貪るようにマルタの腰を引き寄せた。
「待たせたね、マルタ。……会いたかった」
その囁きもまた、偽らざる彼の本音だった。
「ご家族とのお別れは、お済みになりましたの?」
マルタわざとらしく小首を傾げて尋ねる。ジュリアンは複雑な痛みを一瞬だけ瞳に宿したが、すぐにそれを快楽への期待で塗りつぶした。
「ああ。……でも、今は君のことだけを考えたい。さあ、行こう。君が望んでいた、湖畔の宿へ」
二人が向かったのは、深い森に囲まれた人里離れた隠れ家的な宿だった。
そこには、メラニアとの生活にあるような「節度」も、そして「父親としての責任」もない。
暖炉の火が赤々と燃える部屋で、ジュリアンはマルタと肌を重ね、溺れるような快楽の中にいた。
「……ああ、マルタ。君といると、自分が自分に戻れる気がするんだ」
「うれしい。ジュリアン様、もっと私を……奥様のことも、お子様のことも、全部忘れてしまうくらいに愛して?」
ジュリアンは、マルタの白い肌に顔を埋め、理性をかなぐり捨てた。
メラニアには「大切にしたいから」と言って触れることさえ拒んだその手が、マルタの体を執拗に愛撫する。子供たちの頭を撫でたその指先が、今は背徳的な悦びに震えている。
彼は、二つの世界を器用に切り替え、そのどちらも「真実の自分」として享受していた。
その頃、本国のオッティ子爵邸。
メラニアは、泣き疲れて眠った子供たちの枕元で、独り、ジュリアンが残していった温もりを探していた。
「……ジュリアン。あなたは今頃、もう赴任地へ着かれたのかしら。お一人で、寂しい思いをされていないかしら」
彼女は、彼が「仕事のために一週間早く戻る」と言ったその嘘を、一点の曇りもなく信じていた。
彼が自分たちのために身を削っているのだと信じ、その誠実さに報いるために、自分も強くあろうと誓う。
「愛していますわ、ジュリアン。あなたのその真っ直ぐな心が、私たちの誇りです」
彼女がそう祈っているその瞬間。
湖畔の宿では、ジュリアンがマルタの嬌声を聞きながら、心地よい疲労感の中でワインのグラスを傾けていた。
「……なあ、マルタ。妻には、今回の旅行のことは内緒だぞ。彼女は僕を『誠実な夫』だと信じきっている。……僕も、彼女を傷つけたくはないんだ」
自分は誰も傷つけたくない。ただ、どちらの幸せも必要なだけだ――。
そんなジュリアンの身勝手な「優しさ」が、最も残酷な形でメラニアを裏切っていることに、彼はまだ気づいていなかった。
雪に閉ざされた孤独な屋敷と、炎に照らされた熱い情事の宿。二つの真実を抱えた男の、傲慢な一週間が幕を開けた。
__________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
📢✨新作【六歳下の幼馴染に溺れた夫。白い結婚を理由に離縁を申し立てたら、義弟(溺愛)に全力で求婚されました】
出発の朝、オッティ子爵邸の玄関ホールには、引き裂かれるような子供たちの泣き声が響き渡っていた。
「ちち上! 行かないで! もっと一緒にいて!」
五歳のスティーブが、普段の聞き分けの良さをかなぐり捨ててジュリアンのコートの裾に縋り付く。その隣では、三歳のジェニファーが顔を真っ赤にして、「お父たま、抱っこ、お父たま!」と、ちぎれんばかりに小さな手を伸ばしていた。
子供たちにとって、この三週間は夢のような時間だった。不在だった父が自分たちを抱き上げ、笑いかけ、一緒に遊んでくれた。その温もりが消えてしまう恐怖に、幼い心は耐えきれなかったのだ。
「スティーブ、ジェニファー……。ああ、すまない。父様も、君たちと片時も離れたくないんだ」
ジュリアンは、跪いて子供たちを強く抱きしめた。その瞳には、本心から溢れ出た切ない涙が光っている。
彼にとって、この三週間は紛れもない幸福だった。妻を慈しみ、子供たちの成長に目を細める。その時間は彼自身の魂を癒やすものであり、家族への愛に嘘など一片もなかった。
「メラニア、子供たちを頼む。……君を置いていくのが、これほど辛いなんて」
「ジュリアン……。あなたのそのお心だけで、私はあと一年間待てますわ」
メラニアの目にも、熱い涙がこみ上げていた。ジュリアンは名残惜しそうに何度も家族を振り返り、身を切られるような思いで馬車に乗り込んだ。
――だが、馬車の扉が閉まり、屋敷の姿が雪の向こうに消えた瞬間。ジュリアンの胸の内に、もう一つの「本心」がむくむくと鎌首をもたげた。
彼は深く座席に背を預け、ネクタイを緩めた。
家族と離れる悲しみは、確かにそこにある。胸を締め付けるような痛みも本物だ。しかし、それと同時に、隣国で自分を待っているマルタの、あの湿った熱を帯びた瞳が脳裏をよぎる。
(……ようやく、自由になれる)
家族を愛している。だが、同時に家族は、彼にとって「正しく、清らかであらねばならない」という重圧そのものでもあった。聖女のような妻と無垢な子供たちの前では、彼は決して「男の欲望」を剥き出しにすることはできない。
その抑圧から解放される高揚感が、別れの悲しみをじわじわと侵食し、心地よい痺れとなって全身に回っていく。ジュリアンは、自分の内側にあるこの矛盾した熱情を、止めることができなかった。
馬車が隣国の国境に近い港町へ着くと、そこには一人の女が待っていた。燃えるような赤毛を隠しもせず、茶色の大きな瞳を期待に輝かせたマルタだ。
「ジュリアン様!」
彼女が駆け寄り、ジュリアンの胸に飛び込む。ジュリアンは、つい数時間前に子供たちを抱きしめたその同じ腕で、今度は貪るようにマルタの腰を引き寄せた。
「待たせたね、マルタ。……会いたかった」
その囁きもまた、偽らざる彼の本音だった。
「ご家族とのお別れは、お済みになりましたの?」
マルタわざとらしく小首を傾げて尋ねる。ジュリアンは複雑な痛みを一瞬だけ瞳に宿したが、すぐにそれを快楽への期待で塗りつぶした。
「ああ。……でも、今は君のことだけを考えたい。さあ、行こう。君が望んでいた、湖畔の宿へ」
二人が向かったのは、深い森に囲まれた人里離れた隠れ家的な宿だった。
そこには、メラニアとの生活にあるような「節度」も、そして「父親としての責任」もない。
暖炉の火が赤々と燃える部屋で、ジュリアンはマルタと肌を重ね、溺れるような快楽の中にいた。
「……ああ、マルタ。君といると、自分が自分に戻れる気がするんだ」
「うれしい。ジュリアン様、もっと私を……奥様のことも、お子様のことも、全部忘れてしまうくらいに愛して?」
ジュリアンは、マルタの白い肌に顔を埋め、理性をかなぐり捨てた。
メラニアには「大切にしたいから」と言って触れることさえ拒んだその手が、マルタの体を執拗に愛撫する。子供たちの頭を撫でたその指先が、今は背徳的な悦びに震えている。
彼は、二つの世界を器用に切り替え、そのどちらも「真実の自分」として享受していた。
その頃、本国のオッティ子爵邸。
メラニアは、泣き疲れて眠った子供たちの枕元で、独り、ジュリアンが残していった温もりを探していた。
「……ジュリアン。あなたは今頃、もう赴任地へ着かれたのかしら。お一人で、寂しい思いをされていないかしら」
彼女は、彼が「仕事のために一週間早く戻る」と言ったその嘘を、一点の曇りもなく信じていた。
彼が自分たちのために身を削っているのだと信じ、その誠実さに報いるために、自分も強くあろうと誓う。
「愛していますわ、ジュリアン。あなたのその真っ直ぐな心が、私たちの誇りです」
彼女がそう祈っているその瞬間。
湖畔の宿では、ジュリアンがマルタの嬌声を聞きながら、心地よい疲労感の中でワインのグラスを傾けていた。
「……なあ、マルタ。妻には、今回の旅行のことは内緒だぞ。彼女は僕を『誠実な夫』だと信じきっている。……僕も、彼女を傷つけたくはないんだ」
自分は誰も傷つけたくない。ただ、どちらの幸せも必要なだけだ――。
そんなジュリアンの身勝手な「優しさ」が、最も残酷な形でメラニアを裏切っていることに、彼はまだ気づいていなかった。
雪に閉ざされた孤独な屋敷と、炎に照らされた熱い情事の宿。二つの真実を抱えた男の、傲慢な一週間が幕を開けた。
__________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
📢✨新作【六歳下の幼馴染に溺れた夫。白い結婚を理由に離縁を申し立てたら、義弟(溺愛)に全力で求婚されました】
あなたにおすすめの小説
夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。
三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。
だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。
レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。
イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。
「子供の親権も放棄しろ!」と言われてイリスは戸惑うことばかりで、どうすればいいのか分からなくて混乱した。
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
あなたに嘘を一つ、つきました
小蝶
恋愛
ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…
最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ
「愛も信頼も消えた」妻を苦しめた夫一家の結末
佐藤 美奈
恋愛
マリアンナ・グランヴィル男爵令嬢は、ジョナス・バーネット子爵令息と結婚し、子爵家に嫁いだ。当初は歓迎されたものの、彼の家族はすぐに本性を現し、マリアンナに厳しく接した。そんな中、マリアンナは夫のジョナスが通信魔石で楽しそうに話しているのを耳にしてしまう。
――夫は、私以外の人と関係を持っていたのだ。
私が辛い日々を送っているというのに、ジョナスは妻である私を守らず、義母ベアトリスの言いなりになり、愛情は失われていた。逃げ場のない牢獄に閉じ込められたような日々だったが、それでも私は決意した。
――夫の家族に報いを受けてもらうつもりだと。少しファンタジー
「私も新婚旅行に一緒に行きたい」彼を溺愛する幼馴染がお願いしてきた。彼は喜ぶが二人は喧嘩になり別れを選択する。
佐藤 美奈
恋愛
イリス公爵令嬢とハリー王子は、お互いに惹かれ合い相思相愛になる。
「私と結婚していただけますか?」とハリーはプロポーズし、イリスはそれを受け入れた。
関係者を招待した結婚披露パーティーが開かれて、会場でエレナというハリーの幼馴染の子爵令嬢と出会う。
「新婚旅行に私も一緒に行きたい」エレナは結婚した二人の間に図々しく踏み込んでくる。エレナの厚かましいお願いに、イリスは怒るより驚き呆れていた。
「僕は構わないよ。エレナも一緒に行こう」ハリーは信じられないことを言い出す。エレナが同行することに乗り気になり、花嫁のイリスの面目をつぶし感情を傷つける。
とんでもない男と結婚したことが分かったイリスは、言葉を失うほかなく立ち尽くしていた。
妻よりも幼馴染が大事? なら、家と慰謝料はいただきます
佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢セリーヌは、隣国の王子ブラッドと政略結婚を果たし、幼い娘クロエを授かる。結婚後は夫の王領の離宮で暮らし、義王家とも程よい関係を保ち、領民に親しまれながら穏やかな日々を送っていた。
しかし数ヶ月前、ブラッドの幼馴染である伯爵令嬢エミリーが離縁され、娘アリスを連れて実家に戻ってきた。元は豊かな家柄だが、母子は生活に困っていた。
ブラッドは「昔から家族同然だ」として、エミリー母子を城に招き、衣装や馬車を手配し、催しにも同席させ、クロエとアリスを遊ばせるように勧めた。
セリーヌは王太子妃として堪えようとしたが、だんだんと不満が高まる。
もうあなた達を愛する心はありません
佐藤 美奈
恋愛
セラフィーナ・リヒテンベルクは、公爵家の長女として王立学園の寮で生活している。ある午後、届いた手紙が彼女の世界を揺るがす。
差出人は兄ジョージで、内容は母イリスが兄の妻エレーヌをいびっているというものだった。最初は信じられなかったが、手紙の中で兄は母の嫉妬に苦しむエレーヌを心配し、セラフィーナに助けを求めていた。
理知的で優しい公爵夫人の母が信じられなかったが、兄の必死な頼みに胸が痛む。
セラフィーナは、一年ぶりに実家に帰ると、母が物置に閉じ込められていた。幸せだった家族の日常が壊れていく。魔法やファンタジー異世界系は、途中からあるかもしれません。
私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜
恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」
不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。
結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、
「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。
元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。
独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場!
無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。
記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける!
※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。
苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる
物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!