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最果ての地へ
王都を出てから二週間。景色は次第に色を失い、窓の外には果てしない灰色の空と、刺さるような白銀の世界が広がっていた。
メリンダを乗せた軍の補給馬車は、北部の国境近くにある駐屯地へと向かって、雪を蹴立てて進む。ガタガタという振動は、もはや体の一部のように馴染んでしまっていたが、蓄積した疲労は確実に彼女の体力を削り取っていた。
(……寒い。王都の冬とは、比べ物にならないわ)
貸し与えられた厚手の毛布にくるまりながら、メリンダは白く濁った吐息を吐き出した。
心は、まだあの夜の闇に置き去りにされたままだ。カイルに組み敷かれ、尊厳を奪われた屈辱。けれど、不思議なことに、今この極寒の地で彼女の脳裏に浮かぶのは、そんな「最悪な記憶」ではなかった。
ーーなぜか、幸せだった頃のことばかりが、陽炎のように立ち上るのだ。
初めて二人で王都の公園へ行った日。カイルが「お祝いだ」と言って買ってくれた、安く甘すぎたリンゴ飴。
「いつか俺が、もっと美味しくて高いお菓子を毎日食べさせてやるからな」
そう言って、自分の頬についた水飴を指で拭ってくれた、あの少年の指の温もり。
冬の寒い夜、一つのスープ皿を二人で囲み、「来月は鶏肉を入れられるように頑張ろう」と笑い合った、湯気の向こう側の笑顔。
(どうして……。あんなに酷いことをされたのに。あんなに、私を蔑んだ男なのに……)
辛かった記憶を思い出して、彼を心の底から憎めたら、どれほど楽だろう。
だが、目を閉じれば、カイルがまだ自分だけを愛していた頃の「優しい声」が聞こえてくる。それが、今のメリンダには何よりも残酷な毒だった。思い出せば出すほど、今の孤独が際立ち、抉られた心に北風が吹き込んでくるようだった。
「おい、娘さん。もうすぐ着くぞ。……大丈夫か? 顔色が真っ白だ」
御者台から顔を出したのは、ひげ面の退役軍人の男だった。彼はメリンダが一度も弱音を吐かずに揺られ続けているのを案じて、道中、何度か干し肉を分けてくれた。
「はい……。大丈夫です。ありがとうございます」
「無理はするな。北の雪は、人の命を簡単に持っていくからな」
馬車が大きく揺れ、やがて視界の先に、切り立った岩壁にへばりつくような石造りの要塞が見えてきた。北部駐屯地。王都の華やかさとは無縁の、鉄と石と雪だけの世界だ。
馬車が止まると同時に、激しい吹雪がメリンダを襲った。
一歩踏み出した足が雪に埋まり、あまりの寒さに肺が凍りつくかと思った。足元がふらつき、膝を突きそうになったその時。
「おっと。危ないぞ」
太い、鉄のような腕がメリンダの体を支えた。
見上げると、そこには熊のような巨体をした男たちが立っていた。全身を黒い毛皮と鎧で包み、顔の半分が髭で覆われている。王都の騎士たちのような優雅さは微塵もないが、その瞳にはどこか落ち着いた静けさがあった。
「王都から来た新しい調理員か? えらく細い娘だな。……おい、こっちへ。まずは火にあたれ」
男ーーこの駐屯地の副隊長であるバルガスは、メリンダの小さな鞄をひょいと肩に担ぐと、彼女を促して食堂へと向かった。
重い石造りの扉が開くと、中には大きな暖炉が赤々と燃えていた。
「おい野郎ども! 王都から新しい『食い物の女神様』がお越しだ。歓迎の準備をしろ!」
バルガスの荒っぽい声に、食堂にいた十数人の騎士たちが一斉に顔を上げた。
王都の人間なら、メリンダのような地味な格好をした女を「食堂のおばさん予備軍」として鼻で笑うだろう。だが、ここにいる男たちは違った。
「おお、よく来たな! こんな最果てに、わざわざ……」
「寒かっただろう。ほら、ここが一番暖かいぞ」
騎士の一人が、自分が座っていた暖炉の前の特等席を譲ってくれた。別の騎士は、無骨な手で丁寧に淹れたであろう、湯気の立つハーブティーを差し出してきた。
「王都の洒落た茶じゃねえが、体は温まる。飲んでくれ」
差し出されたマグカップを受け取ると、その温かさが、かじかんだ指先からじわりと全身に広がっていった。
一口啜ると、少し土臭い、けれど力強い植物の香りが鼻を抜ける。
「……ありがとうございます」
メリンダの声は、自分でも驚くほど震えていた。
王都では、自分が何かをしても「当たり前」だと思われていた。カイルのために尽くしても、掃除をしても、食事を作っても、返ってくるのは不満か、あるいは無関心だけだった。
それなのに、この見ず知らずの、熊のような男たちは、ただ彼女がここに来たというだけで、こんなにも温かく迎え入れてくれる。
「メリンダと言ったか。料理長からの手紙は預かっている」
奥から出てきたのは、駐屯地司令官のロルフだった。彼はメリンダの震える手と、その奥に潜む深い悲しみを見抜いたように、静かに頷いた。
「ここでは、働いた分だけ報われる。誰も君をないがしろにはしない。……まずはしっかり食べて、寝なさい。仕事の話はそれからだ」
出されたのは、大皿に盛られた熱々のポトフと、厚切りにされた黒パンだった。
王都の食堂のような洗練された味ではない。けれど、一つ一つの野菜が大きく切られ、肉の旨味が凝縮されたそのスープは、今のメリンダの心に、どんな言葉よりも深く染み渡った。
(温かい……)
スープを口に運ぶたび、止まっていた涙が、熱を帯びて溢れそうになる。
カイルとの幸せだった日々を思い出すたびに痛んでいた胸の傷が、この無骨な優しさに触れて、少しだけ和らいでいくのを感じていた。
外では依然として激しい吹雪が吹き荒れている。けれど、この石造りの建物の中には、確かに人の温もりがあった。
メリンダは、自分を囲んで「もっと食え」「肉を足してやろうか」と笑い合う騎士たちの顔を眺めながら、心の底で誓った。
もう、後ろは振り向かない。この温かい人たちのために、自分の技術のすべてを使って、美味しい食事を作ろう。
それが、自分を捨てた過去への、唯一の決別になるのだと信じて。メリンダは、ゆっくりと、けれど確かに、二週間ぶりに心の底から深い息を吐いたのだった。
__________
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メリンダを乗せた軍の補給馬車は、北部の国境近くにある駐屯地へと向かって、雪を蹴立てて進む。ガタガタという振動は、もはや体の一部のように馴染んでしまっていたが、蓄積した疲労は確実に彼女の体力を削り取っていた。
(……寒い。王都の冬とは、比べ物にならないわ)
貸し与えられた厚手の毛布にくるまりながら、メリンダは白く濁った吐息を吐き出した。
心は、まだあの夜の闇に置き去りにされたままだ。カイルに組み敷かれ、尊厳を奪われた屈辱。けれど、不思議なことに、今この極寒の地で彼女の脳裏に浮かぶのは、そんな「最悪な記憶」ではなかった。
ーーなぜか、幸せだった頃のことばかりが、陽炎のように立ち上るのだ。
初めて二人で王都の公園へ行った日。カイルが「お祝いだ」と言って買ってくれた、安く甘すぎたリンゴ飴。
「いつか俺が、もっと美味しくて高いお菓子を毎日食べさせてやるからな」
そう言って、自分の頬についた水飴を指で拭ってくれた、あの少年の指の温もり。
冬の寒い夜、一つのスープ皿を二人で囲み、「来月は鶏肉を入れられるように頑張ろう」と笑い合った、湯気の向こう側の笑顔。
(どうして……。あんなに酷いことをされたのに。あんなに、私を蔑んだ男なのに……)
辛かった記憶を思い出して、彼を心の底から憎めたら、どれほど楽だろう。
だが、目を閉じれば、カイルがまだ自分だけを愛していた頃の「優しい声」が聞こえてくる。それが、今のメリンダには何よりも残酷な毒だった。思い出せば出すほど、今の孤独が際立ち、抉られた心に北風が吹き込んでくるようだった。
「おい、娘さん。もうすぐ着くぞ。……大丈夫か? 顔色が真っ白だ」
御者台から顔を出したのは、ひげ面の退役軍人の男だった。彼はメリンダが一度も弱音を吐かずに揺られ続けているのを案じて、道中、何度か干し肉を分けてくれた。
「はい……。大丈夫です。ありがとうございます」
「無理はするな。北の雪は、人の命を簡単に持っていくからな」
馬車が大きく揺れ、やがて視界の先に、切り立った岩壁にへばりつくような石造りの要塞が見えてきた。北部駐屯地。王都の華やかさとは無縁の、鉄と石と雪だけの世界だ。
馬車が止まると同時に、激しい吹雪がメリンダを襲った。
一歩踏み出した足が雪に埋まり、あまりの寒さに肺が凍りつくかと思った。足元がふらつき、膝を突きそうになったその時。
「おっと。危ないぞ」
太い、鉄のような腕がメリンダの体を支えた。
見上げると、そこには熊のような巨体をした男たちが立っていた。全身を黒い毛皮と鎧で包み、顔の半分が髭で覆われている。王都の騎士たちのような優雅さは微塵もないが、その瞳にはどこか落ち着いた静けさがあった。
「王都から来た新しい調理員か? えらく細い娘だな。……おい、こっちへ。まずは火にあたれ」
男ーーこの駐屯地の副隊長であるバルガスは、メリンダの小さな鞄をひょいと肩に担ぐと、彼女を促して食堂へと向かった。
重い石造りの扉が開くと、中には大きな暖炉が赤々と燃えていた。
「おい野郎ども! 王都から新しい『食い物の女神様』がお越しだ。歓迎の準備をしろ!」
バルガスの荒っぽい声に、食堂にいた十数人の騎士たちが一斉に顔を上げた。
王都の人間なら、メリンダのような地味な格好をした女を「食堂のおばさん予備軍」として鼻で笑うだろう。だが、ここにいる男たちは違った。
「おお、よく来たな! こんな最果てに、わざわざ……」
「寒かっただろう。ほら、ここが一番暖かいぞ」
騎士の一人が、自分が座っていた暖炉の前の特等席を譲ってくれた。別の騎士は、無骨な手で丁寧に淹れたであろう、湯気の立つハーブティーを差し出してきた。
「王都の洒落た茶じゃねえが、体は温まる。飲んでくれ」
差し出されたマグカップを受け取ると、その温かさが、かじかんだ指先からじわりと全身に広がっていった。
一口啜ると、少し土臭い、けれど力強い植物の香りが鼻を抜ける。
「……ありがとうございます」
メリンダの声は、自分でも驚くほど震えていた。
王都では、自分が何かをしても「当たり前」だと思われていた。カイルのために尽くしても、掃除をしても、食事を作っても、返ってくるのは不満か、あるいは無関心だけだった。
それなのに、この見ず知らずの、熊のような男たちは、ただ彼女がここに来たというだけで、こんなにも温かく迎え入れてくれる。
「メリンダと言ったか。料理長からの手紙は預かっている」
奥から出てきたのは、駐屯地司令官のロルフだった。彼はメリンダの震える手と、その奥に潜む深い悲しみを見抜いたように、静かに頷いた。
「ここでは、働いた分だけ報われる。誰も君をないがしろにはしない。……まずはしっかり食べて、寝なさい。仕事の話はそれからだ」
出されたのは、大皿に盛られた熱々のポトフと、厚切りにされた黒パンだった。
王都の食堂のような洗練された味ではない。けれど、一つ一つの野菜が大きく切られ、肉の旨味が凝縮されたそのスープは、今のメリンダの心に、どんな言葉よりも深く染み渡った。
(温かい……)
スープを口に運ぶたび、止まっていた涙が、熱を帯びて溢れそうになる。
カイルとの幸せだった日々を思い出すたびに痛んでいた胸の傷が、この無骨な優しさに触れて、少しだけ和らいでいくのを感じていた。
外では依然として激しい吹雪が吹き荒れている。けれど、この石造りの建物の中には、確かに人の温もりがあった。
メリンダは、自分を囲んで「もっと食え」「肉を足してやろうか」と笑い合う騎士たちの顔を眺めながら、心の底で誓った。
もう、後ろは振り向かない。この温かい人たちのために、自分の技術のすべてを使って、美味しい食事を作ろう。
それが、自分を捨てた過去への、唯一の決別になるのだと信じて。メリンダは、ゆっくりと、けれど確かに、二週間ぶりに心の底から深い息を吐いたのだった。
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