9 / 11
双子の誕生
北部の冬が本性を現した。
夜を徹して吹き荒れる吹雪が駐屯地の石壁を叩き、窓という窓をガタガタと震わせる。外に出れば一瞬で体温を奪われるような、猛烈な白銀の嵐だ。
そんな中、駐屯地の一室で、メリンダは人生で最も孤独で、かつ最も壮絶な戦いに挑んでいた。
「……っ、あああああ……っ!」
石造りの部屋に、メリンダの悲鳴が響く。
軍医のロルフと、駐屯地の数少ない女性スタッフが彼女の傍らに張り付いていた。外では、バルガスを筆頭にした騎士たちが、落ち着かない様子で廊下を右往左往している。
「いいか、メリンダ。外の嵐に負けるな。お前の命をこの子に分けるんだ!」
ロルフの怒鳴り声に近い励ましに、メリンダは意識が遠のきそうになりながらも、シーツを固く握りしめた。
陣痛の波が襲うたび、かつての記憶が断片的に脳裏をよぎる。
王都の冷たい部屋、カイルの蔑むような瞳、そして無理やり汚されたあの夜。けれど、その泥のような記憶を押し流すように、もっと古い、温かな記憶が彼女の心に光を灯した。
(クリス……ローズ……。あなたたちに、会いたい……)
あの日、貧しい屋根裏部屋で、一つの毛布にくるまりながらカイルと笑い合った。
「男の子ならクリス、女の子ならローズ」
それは、カイルがまだ『優しい許嫁』だった頃、二人が世界で一番幸せだった瞬間に交わした、たった一つの、そして幸せな思い出だ。
最後に渾身の力を込めた。
視界が真っ白になり、肺から空気がすべて絞り出されたその瞬間――。
「……おぎゃあ、ぉぎゃあ……ッ!」
吹雪の音を切り裂くような、力強い産声が響いた。
一つ。そして、間髪入れずにもう一つ。
「……双子だ。男の子と、女の子だぞ!」
ロルフの声が、遠くの方で聞こえた。
メリンダは全身の力が抜け、荒い息を吐きながら、差し出された二つの小さな塊を見つめた。産着に包まれた、猿のように赤い顔をした赤子たち。
やがて、その小さな瞼がゆっくりと開かれた。
メリンダの息が止まった。二人の瞳は、驚くほど澄んだチョコレート色をしていた。かつて自分が心から愛し、今はもうどこにもいない、あの初恋の少年の瞳と全く同じ色。
「……クリス。ローズ」
メリンダは震える手で、二人を胸に抱き寄せた。
カイルとの愛の結末は、最悪だった。五年間の尽くした時間は、無惨に踏みにじられた。けれど、今この腕の中にいる命は、紛れもなく「あの頃の二人」が望んだ希望そのものだ。
不思議と、涙は出なかった。
カイルへの憎しみも、執着も、未練も、赤子たちの瞳を見つめているうちに、吹雪に洗われるように消えていった。
「もう、大丈夫。お母さんが、あなたたちを一生守るわ」
それは、過去のメリンダが死に、新しい一人の母親が生まれた瞬間だった。
カイルと同じ瞳を持つこの子たちは、もはや彼を思い出すための傷跡ではない。彼が捨て去った「良心」と「愛」を、メリンダが引き継いで育てていくための、新しい人生の輝きなのだ。
廊下からは、母子共に無事が伝えられた騎士たちの歓喜の叫びが聞こえてくる。
外はまだ、すべてを飲み込むような吹雪。
けれど、メリンダが抱く二つの小さな命の熱は、どんな猛吹雪よりも強く、確かにその部屋を温めていた。
(カイル……。あなたは、この命の輝きを一生知ることはないのね)
メリンダは赤子たちの額に優しく口づけを落とした。
彼女の心は今、王都の空よりも高く、どこまでも澄み渡っていた。
__________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
夜を徹して吹き荒れる吹雪が駐屯地の石壁を叩き、窓という窓をガタガタと震わせる。外に出れば一瞬で体温を奪われるような、猛烈な白銀の嵐だ。
そんな中、駐屯地の一室で、メリンダは人生で最も孤独で、かつ最も壮絶な戦いに挑んでいた。
「……っ、あああああ……っ!」
石造りの部屋に、メリンダの悲鳴が響く。
軍医のロルフと、駐屯地の数少ない女性スタッフが彼女の傍らに張り付いていた。外では、バルガスを筆頭にした騎士たちが、落ち着かない様子で廊下を右往左往している。
「いいか、メリンダ。外の嵐に負けるな。お前の命をこの子に分けるんだ!」
ロルフの怒鳴り声に近い励ましに、メリンダは意識が遠のきそうになりながらも、シーツを固く握りしめた。
陣痛の波が襲うたび、かつての記憶が断片的に脳裏をよぎる。
王都の冷たい部屋、カイルの蔑むような瞳、そして無理やり汚されたあの夜。けれど、その泥のような記憶を押し流すように、もっと古い、温かな記憶が彼女の心に光を灯した。
(クリス……ローズ……。あなたたちに、会いたい……)
あの日、貧しい屋根裏部屋で、一つの毛布にくるまりながらカイルと笑い合った。
「男の子ならクリス、女の子ならローズ」
それは、カイルがまだ『優しい許嫁』だった頃、二人が世界で一番幸せだった瞬間に交わした、たった一つの、そして幸せな思い出だ。
最後に渾身の力を込めた。
視界が真っ白になり、肺から空気がすべて絞り出されたその瞬間――。
「……おぎゃあ、ぉぎゃあ……ッ!」
吹雪の音を切り裂くような、力強い産声が響いた。
一つ。そして、間髪入れずにもう一つ。
「……双子だ。男の子と、女の子だぞ!」
ロルフの声が、遠くの方で聞こえた。
メリンダは全身の力が抜け、荒い息を吐きながら、差し出された二つの小さな塊を見つめた。産着に包まれた、猿のように赤い顔をした赤子たち。
やがて、その小さな瞼がゆっくりと開かれた。
メリンダの息が止まった。二人の瞳は、驚くほど澄んだチョコレート色をしていた。かつて自分が心から愛し、今はもうどこにもいない、あの初恋の少年の瞳と全く同じ色。
「……クリス。ローズ」
メリンダは震える手で、二人を胸に抱き寄せた。
カイルとの愛の結末は、最悪だった。五年間の尽くした時間は、無惨に踏みにじられた。けれど、今この腕の中にいる命は、紛れもなく「あの頃の二人」が望んだ希望そのものだ。
不思議と、涙は出なかった。
カイルへの憎しみも、執着も、未練も、赤子たちの瞳を見つめているうちに、吹雪に洗われるように消えていった。
「もう、大丈夫。お母さんが、あなたたちを一生守るわ」
それは、過去のメリンダが死に、新しい一人の母親が生まれた瞬間だった。
カイルと同じ瞳を持つこの子たちは、もはや彼を思い出すための傷跡ではない。彼が捨て去った「良心」と「愛」を、メリンダが引き継いで育てていくための、新しい人生の輝きなのだ。
廊下からは、母子共に無事が伝えられた騎士たちの歓喜の叫びが聞こえてくる。
外はまだ、すべてを飲み込むような吹雪。
けれど、メリンダが抱く二つの小さな命の熱は、どんな猛吹雪よりも強く、確かにその部屋を温めていた。
(カイル……。あなたは、この命の輝きを一生知ることはないのね)
メリンダは赤子たちの額に優しく口づけを落とした。
彼女の心は今、王都の空よりも高く、どこまでも澄み渡っていた。
__________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
王家の賠償金請求
章槻雅希
恋愛
王太子イザイアの婚約者であったエルシーリアは真実の愛に出会ったという王太子に婚約解消を求められる。相手は男爵家庶子のジルダ。
解消とはいえ実質はイザイア有責の破棄に近く、きちんと慰謝料は支払うとのこと。更に王の決めた婚約者ではない女性を選ぶ以上、王太子位を返上し、王籍から抜けて平民になるという。
そこまで覚悟を決めているならエルシーリアに言えることはない。彼女は婚約解消を受け入れる。
しかし、エルシーリアは何とも言えない胸のモヤモヤを抱える。婚約解消がショックなのではない。イザイアのことは手のかかる出来の悪い弟分程度にしか思っていなかったから、失恋したわけでもない。
身勝手な婚約解消に怒る侍女と話をして、エルシーリアはそのモヤモヤの正体に気付く。そしてエルシーリアはそれを父公爵に告げるのだった。
『小説家になろう』『アルファポリス』に重複投稿、自サイトにも掲載。
冷たい王妃の生活
柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。
三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。
王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。
孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。
「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。
自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。
やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。
嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
毒を飲んだ令嬢は、二度目の人生で誠実な恋を選ぶ
ゆぷしろん
恋愛
幼いころからずっと隣にいて、いつか結ばれるのだと信じていた幼馴染エドガー。
けれど学園へ入ってから彼は少しずつ変わり、創立記念パーティーの夜、レティシアは彼が別の令嬢と口づけを交わす姿を目撃してしまう。やがて告げられたのは、「君が拒んだからだ」という身勝手な別れの言葉だった。結婚前に口づけや身体を許さなかったことさえ責められ、婚約は解消。噂に傷つき、生きる気力を失ったレティシアは、黒い森の魔女から毒を受け取り、自ら命を絶とうとする。
けれど次に目を覚ましたとき、彼女は幼いころへと戻っていた。
もう二度と、幼馴染に人生を預けない。そう決意したレティシアは、将来エドガーと結ばれる流れを少しずつ変えていく。そして二度目の人生で、前世で傷ついた自分に唯一優しい言葉をかけてくれた伯爵令息ルシアンと、今度こそ最初から出会い直す。穏やかで誠実な彼は、決して急かさず、傷ついた彼女の心を静かにほどいていく。
これは、恋に傷つき死を選んだ令嬢が、もう一度与えられた春の中で、自分の気持ちと向き合いながら、本当に大切にしてくれる人を選び直して幸せになるまでのやり直し恋愛譚。
「今度こそ、私は自分で選ぶ」
毒を飲んだ令嬢は、二度目の人生でようやく知る。幸せとは、誰かに選ばれることではなく、自分を大切にしてくれる人を、自分の意志で選び取ることなのだと。
『「ママは我慢してればいいんでしょ?」と娘に言われた日、私は妻をやめた』~我慢をやめた母と、崩れていく家族、そして再生~
まさき
恋愛
私はずっと「いい妻」でいようとしてきた。
夫に逆らわず、空気を読み、波風を立てないように生きる。
それが、この家を守る唯一の方法だと思っていた。
娘にも、そうであってほしかった。
けれど──
その願いは、静かに歪んでいく。
夫の言葉をなぞるように、娘は私を軽んじるようになった。
そしてある日、夕食の後片付けをしていた私に、娘は言った。
「ママはさ、我慢してればいいんでしょ?」
その一言で、何かが壊れた。
我慢することが、母である証だと思っていた。
だがそれは、私自身をすり減らすだけの“呪い”だった。
──もう、我慢するのはやめる。
妻であることをやめ、母として生き直すために。
私は、自分の人生を取り戻す決意をした。
その選択は、家族を大きく揺るがしていく。
崩れていく夫婦関係。
離れていく娘の心。
そして、待ち受ける“ざまぁ”の行方。
それでも私は問い続ける。
母とは何か。
家族とは何か。
そして──私は、どう生きるべきなのか。
田舎娘をバカにした令嬢の末路
冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。
それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。
――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。
田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。