さよなら、愛した人 ~絶望の夜に宿ったのは、かつて二人で夢見た命~

恋せよ恋

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双子の誕生

  北部の冬が本性を現した。
 夜を徹して吹き荒れる吹雪が駐屯地の石壁を叩き、窓という窓をガタガタと震わせる。外に出れば一瞬で体温を奪われるような、猛烈な白銀の嵐だ。
 そんな中、駐屯地の一室で、メリンダは人生で最も孤独で、かつ最も壮絶な戦いに挑んでいた。

「……っ、あああああ……っ!」

 石造りの部屋に、メリンダの悲鳴が響く。
 軍医のロルフと、駐屯地の数少ない女性スタッフが彼女の傍らに張り付いていた。外では、バルガスを筆頭にした騎士たちが、落ち着かない様子で廊下を右往左往している。

「いいか、メリンダ。外の嵐に負けるな。お前の命をこの子に分けるんだ!」

 ロルフの怒鳴り声に近い励ましに、メリンダは意識が遠のきそうになりながらも、シーツを固く握りしめた。

 陣痛の波が襲うたび、かつての記憶が断片的に脳裏をよぎる。
 王都の冷たい部屋、カイルの蔑むような瞳、そして無理やり汚されたあの夜。けれど、その泥のような記憶を押し流すように、もっと古い、温かな記憶が彼女の心に光を灯した。

(クリス……ローズ……。あなたたちに、会いたい……)

 あの日、貧しい屋根裏部屋で、一つの毛布にくるまりながらカイルと笑い合った。

「男の子ならクリス、女の子ならローズ」

 それは、カイルがまだ『優しい許嫁』だった頃、二人が世界で一番幸せだった瞬間に交わした、たった一つの、そして幸せな思い出だ。

 最後に渾身の力を込めた。
 視界が真っ白になり、肺から空気がすべて絞り出されたその瞬間――。

「……おぎゃあ、ぉぎゃあ……ッ!」

 吹雪の音を切り裂くような、力強い産声が響いた。
 一つ。そして、間髪入れずにもう一つ。

「……双子だ。男の子と、女の子だぞ!」

 ロルフの声が、遠くの方で聞こえた。
 メリンダは全身の力が抜け、荒い息を吐きながら、差し出された二つの小さな塊を見つめた。産着に包まれた、猿のように赤い顔をした赤子たち。
 
 やがて、その小さな瞼がゆっくりと開かれた。
 
 メリンダの息が止まった。二人の瞳は、驚くほど澄んだチョコレート色をしていた。かつて自分が心から愛し、今はもうどこにもいない、あの初恋の少年の瞳と全く同じ色。

「……クリス。ローズ」

 メリンダは震える手で、二人を胸に抱き寄せた。

 カイルとの愛の結末は、最悪だった。五年間の尽くした時間は、無惨に踏みにじられた。けれど、今この腕の中にいる命は、紛れもなく「あの頃の二人」が望んだ希望そのものだ。

 不思議と、涙は出なかった。
 カイルへの憎しみも、執着も、未練も、赤子たちの瞳を見つめているうちに、吹雪に洗われるように消えていった。

「もう、大丈夫。お母さんが、あなたたちを一生守るわ」

 それは、過去のメリンダが死に、新しい一人の母親が生まれた瞬間だった。
 カイルと同じ瞳を持つこの子たちは、もはや彼を思い出すための傷跡ではない。彼が捨て去った「良心」と「愛」を、メリンダが引き継いで育てていくための、新しい人生の輝きなのだ。

 廊下からは、母子共に無事が伝えられた騎士たちの歓喜の叫びが聞こえてくる。

 外はまだ、すべてを飲み込むような吹雪。
 けれど、メリンダが抱く二つの小さな命の熱は、どんな猛吹雪よりも強く、確かにその部屋を温めていた。

(カイル……。あなたは、この命の輝きを一生知ることはないのね)

 メリンダは赤子たちの額に優しく口づけを落とした。
 彼女の心は今、王都の空よりも高く、どこまでも澄み渡っていた。
__________

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