さよなら、愛した人 ~絶望の夜に宿ったのは、かつて二人で夢見た命~

恋せよ恋

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断絶の手紙

  出産から数週間。少しずつ体が回復してきたメリンダは、揺れるランプの火を頼りにペンを走らせていた。

 宛先は、五年前、村中の人々に祝福され、カイルと共に旅立った故郷の村。
 これまで、心配をかけまいと「順調よ」「カイルも頑張っているわ」と、嘘を塗り固めた近況報告を送り続けてきた両親への、初めての真実だった。

『お父さん、お母さん。ずっと嘘をついていてごめんなさい。
 私は今、王都から遠く離れた北の駐屯地で、双子の赤ん坊を産みました。
 カイルとは、もう終わりました。彼は変わってしまいました。私は彼から逃げ出しました』

 ペンを持つ手が震える。書き記すだけで、あの夜の冷酷な瞳が蘇る。けれど、メリンダは涙を堪えて言葉を繋いだ。

『お願いです。もし彼が村へ行っても、私の居場所を絶対に教えないでください。
 彼と同じ空気を吸うだけで、私は息ができなくなるのです。
 この子たちの瞳は、彼によく似ています。けれど、この子たちは私の宝物です。彼には、指一本触れさせたくありません』

 手紙を封じると、メリンダはそれを駐屯地の定期連絡員に託した。
 それが、彼女がかつての愛を完全に葬り去るための、けじめだった。

 
  それから数週間後。
 王都で旅費を工面するために私財をすべて売り払い、文字通り這うような思いで、カイルは故郷の村の土を踏んでいた。
 ボロボロの靴、無精髭の生えた頬。かつての「商会の花形事務員」の面影はない。

「メリンダ……メリンダは、ここに……っ!」

 カイルは、メリンダの実家である農家の門を叩いた。
 出てきたのは、メリンダの父親だった。五年前、カイルが村を出る時、「息子が一人増えたようだ」と涙を浮かべて肩を抱き、送り出してくれた、温厚な男だ。

「おじさん! メリンダは……メリンダはどこですか! 謝らなきゃいけないんだ、俺がバカだったんだ!」

 カイルが縋り付こうとした、その瞬間だった。

「――ど阿呆がッ!!」

 裂帛の気合と共に、岩のような拳がカイルの頬を打ち抜いた。
 凄まじい衝撃。カイルは受け身も取れず、泥にまみれた地面を転がった。

「あ、……が……っ」

「手紙を読んだぞ……! 順調だ、幸せだって、あの子がどんな思いで嘘の手紙を書いていたか……! 貴様、王都で私の娘に何をした!」

 父親の手には、メリンダが送った血を吐くような嘆願の手紙が握られていた。
 温厚だったはずのその瞳には、猛火のような怒りと、娘の苦境に気づけなかった自分への悔しさが溢れている。

「違うんだ、あれは、その……魔が差したっていうか……」

「魔が差して、五年も信じてついてきた女を、雪深い最果てまで一人で逃げ込ませるほど追い詰めるか! 二度とその汚い口で娘の名を呼ぶな!」

 メリンダの父は、倒れ込むカイルをゴミのように見下し、冷たく言い放った。
「メリンダは死んだと思え。貴様には、娘の足跡すら踏ませはせん。……さっさと失せろ。次に来たら、この鍬で首を撥ねてやる」

 背後で、重い門扉が閉まる音がした。
 カイルは泥水の中に顔を伏せ、嗚咽を漏らした。
 
 王都の料理長も、村の両親も、彼女の居場所を知っている。
 世界中で、自分だけが、彼女に拒絶され、その行き先を教えてもらえない。
 
 それは、カイルがメリンダに強いた「孤独」という名の報いだった。
 彼がどれほど泣き叫ぼうとも、閉ざされた門が開くことは二度となかった。
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