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母の書斎の秘密
学園での孤立が深まる中、マデリーンは一時帰宅を余儀なくされた。フローディアが「お姉様が学園で冷たくて、胸が苦しいの」と両親に泣きついたため、父から「マデリーンの性根を叩き直す」という名目で呼び出しがかかったのだ。
コルディア伯爵家の屋敷は、相変わらず沈鬱な茶色の色彩に包まれていた。
だが、その空気は以前よりもいっそう歪んでいる。父は帰宅したマデリーンを罵倒することさえせず、「フローディアを悲しませるな」とだけ言い残して、自身の書斎に引きこもってしまった。
その夜。マデリーンは静まり返った屋敷の中で、ある場所へと向かった。
母、イザベルの書斎だ。
母はマギル伯爵家から嫁いで以来、自身の領地経営の記録や手紙を、父さえも立ち入らせない鍵付きの書斎で管理していた。
(お母様は、なぜあのフローディアを見て『神の贈り物』と呼べるの?)
茶色の両親から、突然変異で金髪碧眼の子が生まれるなど、生物学的にあり得ない。それは知識ある者なら誰でも抱く疑問だ。それなのに、母はフローディアの出自に一点の曇りもないかのように振る舞い、過剰なまでの愛情を注いでいる。その「確信」の出所を知りたかった。
マデリーンは、かつて独学で身につけた簡易的な解錠魔法を指先に込めた。小さな音を立てて、母の執務机の隠し引き出しが開く。
そこには、一通の年季の入った手紙の束と、小さなロケットペンダントが隠されていた。
震える手でロケットを開く。中には、一人の男性の肖像画が収められていた。
その瞬間、マデリーンは息を呑んだ。
肖像画の男は、眩いばかりの金髪に、深いエメラルドグリーンの瞳を持っていた。
フローディアだ。この男の目元、唇の形、そして何より人を惹きつけずにはおかない傲慢なまでの美しさは、フローディアそのものだった。
マデリーンは次に、手紙の束を解いた。
『愛しきイザベル。君との一夜を、私は一生忘れないだろう。
もし、君の腹に私の種が宿ったなら……それはコルディアの地味な血を塗り替える、黄金の奇跡となるだろう。
誰にも気づかれぬよう、大切に育ててほしい。カークランドの血を引く、誇り高き愛の証を』
手紙の最後には、殴り書きのような署名があった。
『アイザック伯爵家当主 エリック』
「……カークランド公爵家? エリック・アイザック伯爵……?」
マデリーンは膝から崩れ落ちそうになるのを、机の角を掴んで耐えた。
エリック・アイザック。当代のカークランド公爵バーナードの弟であり、若かりし頃は浮名を流したことで有名な放蕩貴族だ。
母、イザベルは結婚して間もない頃、あるいは婚約期間中から、この男と通じていたのだ。
フローディアは「神の贈り物」などではない。マデリーンの母が犯した、もっとも卑俗で、もっとも許されざる「裏切りの証」だった。
手紙を読み進めると、さらに吐き気を催すような事実が綴られていた。
母は妊娠が発覚した際、不安に駆られるどころか、エリックに対し『貴方と同じ色の、美しい子が生まれる予感がします。この子が私と貴方を繋ぐ、唯一の絆です』と熱烈な返信を送っていたのだ。
(お母様は、知っていた。最初から、フローディアが誰の子なのかを……!)
そして、父パスカルはどうなのか。
自分の妻が不貞を犯し、自分と似ても似つかぬ子が生まれたというのに、なぜあんなにも狂喜してフローディアを愛でているのか。
マデリーンは、手紙の束を胸に抱きしめた。
紙の擦れる音が、沈黙の書斎でやけに大きく響く。
茶色の家族の中に生まれた黄金の異分子。
それは奇跡でも先祖返りでもなく、母の不貞と、父の何か別の「歪み」が重なって作り出された、偽りの偶像だったのだ。
「……お姉様? こんな夜中に、お母様の部屋で何をしているの?」
背後で、扉が開く音がした。
振り返ると、そこには寝衣を纏い、燭台を手にしたフローディアが立っていた。
暗闇の中で黄金の髪が揺れ、その瞳は、昼間よりもいっそう不気味な光を放っている。
マデリーンは咄嗟に手紙を背後に隠した。
「……ただ、お母様に頼まれた書類を探していただけよ。貴女こそ、早く寝なさい」
「ふふ、お姉様。嘘をつくとき、右の眉が少し上がるわよ? ……まあいいわ。どうせ貴女に何が見つけられたところで、もう手遅れなんだもの」
フローディアはくすくすと笑いながら、ゆっくりと近づいてくる。
「もうすぐパーティーよ。お姉様の居場所が、全部、黄金に染まる、素敵なパーティー。楽しみにしていてね、お・ね・え・さ・ま」
フローディアが去った後、マデリーンは激しく打ち付ける心臓を抑えた。
証拠は揃った。
母の不貞相手、エリック・アイザック。
そして、その姉であるオーレリア・カークランド。
父がフローディアに投影していた「オーレリア」という名の女性と、母の不貞相手が「姉弟」であるという戦慄の事実に、マデリーンは震えが止まらなかった。
この家族は、マデリーンが思っていた以上に、深く、昏い闇の淵に立っている。
「……焼き払ってあげるわ。この、狂った箱庭を」
マデリーンは手紙をしっかりと握りしめ、冷徹な決意と共に暗い部屋を後にした。
____________
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コルディア伯爵家の屋敷は、相変わらず沈鬱な茶色の色彩に包まれていた。
だが、その空気は以前よりもいっそう歪んでいる。父は帰宅したマデリーンを罵倒することさえせず、「フローディアを悲しませるな」とだけ言い残して、自身の書斎に引きこもってしまった。
その夜。マデリーンは静まり返った屋敷の中で、ある場所へと向かった。
母、イザベルの書斎だ。
母はマギル伯爵家から嫁いで以来、自身の領地経営の記録や手紙を、父さえも立ち入らせない鍵付きの書斎で管理していた。
(お母様は、なぜあのフローディアを見て『神の贈り物』と呼べるの?)
茶色の両親から、突然変異で金髪碧眼の子が生まれるなど、生物学的にあり得ない。それは知識ある者なら誰でも抱く疑問だ。それなのに、母はフローディアの出自に一点の曇りもないかのように振る舞い、過剰なまでの愛情を注いでいる。その「確信」の出所を知りたかった。
マデリーンは、かつて独学で身につけた簡易的な解錠魔法を指先に込めた。小さな音を立てて、母の執務机の隠し引き出しが開く。
そこには、一通の年季の入った手紙の束と、小さなロケットペンダントが隠されていた。
震える手でロケットを開く。中には、一人の男性の肖像画が収められていた。
その瞬間、マデリーンは息を呑んだ。
肖像画の男は、眩いばかりの金髪に、深いエメラルドグリーンの瞳を持っていた。
フローディアだ。この男の目元、唇の形、そして何より人を惹きつけずにはおかない傲慢なまでの美しさは、フローディアそのものだった。
マデリーンは次に、手紙の束を解いた。
『愛しきイザベル。君との一夜を、私は一生忘れないだろう。
もし、君の腹に私の種が宿ったなら……それはコルディアの地味な血を塗り替える、黄金の奇跡となるだろう。
誰にも気づかれぬよう、大切に育ててほしい。カークランドの血を引く、誇り高き愛の証を』
手紙の最後には、殴り書きのような署名があった。
『アイザック伯爵家当主 エリック』
「……カークランド公爵家? エリック・アイザック伯爵……?」
マデリーンは膝から崩れ落ちそうになるのを、机の角を掴んで耐えた。
エリック・アイザック。当代のカークランド公爵バーナードの弟であり、若かりし頃は浮名を流したことで有名な放蕩貴族だ。
母、イザベルは結婚して間もない頃、あるいは婚約期間中から、この男と通じていたのだ。
フローディアは「神の贈り物」などではない。マデリーンの母が犯した、もっとも卑俗で、もっとも許されざる「裏切りの証」だった。
手紙を読み進めると、さらに吐き気を催すような事実が綴られていた。
母は妊娠が発覚した際、不安に駆られるどころか、エリックに対し『貴方と同じ色の、美しい子が生まれる予感がします。この子が私と貴方を繋ぐ、唯一の絆です』と熱烈な返信を送っていたのだ。
(お母様は、知っていた。最初から、フローディアが誰の子なのかを……!)
そして、父パスカルはどうなのか。
自分の妻が不貞を犯し、自分と似ても似つかぬ子が生まれたというのに、なぜあんなにも狂喜してフローディアを愛でているのか。
マデリーンは、手紙の束を胸に抱きしめた。
紙の擦れる音が、沈黙の書斎でやけに大きく響く。
茶色の家族の中に生まれた黄金の異分子。
それは奇跡でも先祖返りでもなく、母の不貞と、父の何か別の「歪み」が重なって作り出された、偽りの偶像だったのだ。
「……お姉様? こんな夜中に、お母様の部屋で何をしているの?」
背後で、扉が開く音がした。
振り返ると、そこには寝衣を纏い、燭台を手にしたフローディアが立っていた。
暗闇の中で黄金の髪が揺れ、その瞳は、昼間よりもいっそう不気味な光を放っている。
マデリーンは咄嗟に手紙を背後に隠した。
「……ただ、お母様に頼まれた書類を探していただけよ。貴女こそ、早く寝なさい」
「ふふ、お姉様。嘘をつくとき、右の眉が少し上がるわよ? ……まあいいわ。どうせ貴女に何が見つけられたところで、もう手遅れなんだもの」
フローディアはくすくすと笑いながら、ゆっくりと近づいてくる。
「もうすぐパーティーよ。お姉様の居場所が、全部、黄金に染まる、素敵なパーティー。楽しみにしていてね、お・ね・え・さ・ま」
フローディアが去った後、マデリーンは激しく打ち付ける心臓を抑えた。
証拠は揃った。
母の不貞相手、エリック・アイザック。
そして、その姉であるオーレリア・カークランド。
父がフローディアに投影していた「オーレリア」という名の女性と、母の不貞相手が「姉弟」であるという戦慄の事実に、マデリーンは震えが止まらなかった。
この家族は、マデリーンが思っていた以上に、深く、昏い闇の淵に立っている。
「……焼き払ってあげるわ。この、狂った箱庭を」
マデリーンは手紙をしっかりと握りしめ、冷徹な決意と共に暗い部屋を後にした。
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