「姉なんだから妹に従え」と命じる両親。でも、その妹、お父様の子じゃありませんよ?

恋せよ恋

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父の歪んだ視線

  母の書斎で衝撃の証拠を見つけたその夜、マデリーンは興奮と吐き気で眠りにつくことができなかった。手に入れた手紙の束をシーツの下に隠し、冷え切った身体を抱えて闇を見つめていた。

(お父様は……どこまで知っているの?)

 その疑問が、マデリーンの足を突き動かした。深夜。家族も使用人も寝静まった刻限、マデリーンは音を立てずに部屋を抜け出した。

 向かったのは、フローディアの寝室だ。そこには、学園から一時帰宅している妹が、両親に甘えて整えさせた豪奢な天蓋付きベッドで眠っているはずだった。

 フローディアの部屋の前まで来ると、扉がわずかに開いている。
 隙間から漏れ出す淡い光。マデリーンは息を殺して中を覗き込んだ。

 そこには、フローディアの枕元に椅子を引き、じっと動かずに座り込んでいる父・パスカルの背中があった。
 父の手は、眠っているフローディアの金髪を、壊れ物を扱うような手つきで執拗に撫で回している。その指先は震え、漏れ出す吐息は熱を帯びていた。

「ああ……ああ……。やっと、やっと私の手に戻ってきてくれた……」

 父の声は、娘に向ける慈愛のそれではない。狂おしい恋慕に溺れた男の、掠れた独白だった。

「この色……この肌の白さ……。オーレリア様。貴女はあんな男を選び、私を見捨てた。けれど、見てください……。貴女の血は、こうして私の家で花開いた。貴女の弟が、私の妻に植え付けた種が、貴女に生き写しの娘を私に与えてくれたんだ……!」

 マデリーンは衝撃に喉を詰まらせ、口を覆った。

 父は――すべてを知っていたのだ。
 母イザベルが、エリック・アイザックと不貞を働き、フローディアを身籠ったことを。そして、フローディアに流れているのが自分ではなく「カークランドの血」であることを。

「イザベルが妊娠を告げたあの日の歓喜を、私は忘れない。あのアバズレが、私に最高の贈り物を運んできたのだと知った時の喜びを。もし女の子なら、オーレリア様に似た子が生まれるかもしれないと……。そう、お前は私の娘ではない。私の愛したオーレリア様そのものだ……」

 パスカルの瞳は、暗闇の中で異様な光を放っていた。
 彼がフローディアを「神の贈り物」と呼んだのは、家門への祝福などではなかった。かつて自分を拒絶し、別の男へと嫁いだ高嶺の花――オーレリア・カークランド。現パルモン侯爵夫人への、歪んだ執着を満たすための道具だったのだ。

 父にとって、自分に似た茶色の髪を持つ嫡男サミュエルも、マデリーンも、価値のない子に過ぎなかった。
 妻の裏切りすら、憧れの女性の血筋を手に入れるための「手段」として歓迎した狂気。

「……気持ち悪い」

 マデリーンの唇から、声にならない拒絶が漏れた。
 フローディアは、不貞の子。
 父は、その娘に死んだ恋心を投影する狂人。
 母は、いまだに不倫相手を想い続ける裏切り者。
 
 この「コルディア伯爵家」という箱庭の美しさは、すべて吐き気を催すような汚泥の上に成り立っていたのだ。
 
 父は、眠るフローディアの頬に顔を近づけ、深くその香りを吸い込んだ。

「愛しているよ、オーレリア。今度こそ、誰にも渡さない。お前を疎むマデリーンなど、すぐにでも排除してあげよう……。お前がこの家の、唯一の輝きなんだから」

 マデリーンは、それ以上見ていられず、音を立てないよう細心の注意を払ってその場を離れた。
 自室に戻り、鍵をかけると、激しい震えが全身を襲った。

 「姉なんだから、フローディアを守れ」
 父が繰り返したその言葉の真意は、「私のオーレリアフローディアを傷つけるな、お前はそのための盾として死ね」という意味だった。

「……全部、壊してやる」

 暗闇の中で、マデリーンは手紙の束を握りしめた。
 悲しみは、跡形もなく消え失せていた。
 残ったのは、この汚らわしい連中と同じ血が自分の中に流れていることへの、猛烈な嫌悪と、それを上回るほどの冷徹な殺意に近い決意。

 父パスカルが恋い慕う「オーレリア」の実家である、カークランド公爵家。
 母イザベルが不貞を捧げた「エリック」を擁する、カークランド公爵家。
 
 すべての鍵は、そこにある。
 
「お父様。貴方が愛したその黄金は、貴方のすべてを焼き尽くす火種になるのよ」
 
 マデリーンは夜が明けるのを待たず、次なる一手を打つための筆を執った。
 標的は、この狂った愛の源泉である、カークランド家。
 
 茶色の瞳に宿った火は、もう誰にも消せはしなかった。
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