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密会
真実の断片を繋ぎ合わせたマデリーンは、ある確信を持って再び実家へと向かった。学園での孤立、婚約者の心変わり、そして両親の狂気。すべてを終わらせるには、決定的な「現場」を押さえる必要がある。
母イザベルの書斎で見つけた手紙の束。そこには、エリック・アイザック伯爵との密会場所が暗号めいた記述で残されていた。
『いつもの、月明かりの届かぬバラの離宮で』。
それは、伯爵家の屋敷から少し離れた場所にある、放置された古い温室のことだった。
夜の帳が下りる頃、マデリーンは姿隠しの外套を纏い、庭園の奥深くへと足を進めた。
冷たい夜気が頬を刺すが、胸の中に燃える冷徹な怒りが彼女を突き動かす。
やがて、生い茂る蔦に覆われたガラス張りの建物が見えてきた。かつては異国のバラを育てていたというその場所は、今や崩れかけた廃墟同然だ。しかし、その内部からは、不自然に揺れる灯火が漏れていた。
マデリーンは呼吸を殺し、割れたガラスの隙間から中を覗き込んだ。
「……ああ、エリック。今日も来てくださるなんて」
母、イザベルの声だった。
学園でマデリーンを冷たく突き放し、フローディアを「神の贈り物」と崇める時の厳格な表情はどこにもない。そこには、一人の情欲に溺れた女の顔があった。
彼女が縋り付いているのは、黄金の髪を無造作に流した、退廃的な色気を放つ男。
エリック・アイザック伯爵。
フローディアがそのまま男になったかのような、残酷なまでに美しい横顔がそこにあった。
「君の夫は相変わらず、あの黄金の娘を私の姉だと思い込んで拝んでいるのかい? 滑稽だな」
エリックは皮肉げに唇を歪め、イザベルの顎を乱暴に持ち上げた。
「ええ。パスカル様は、私のついた『先祖返り』という嘘を盲信していらっしゃいますわ。あの方は本当に扱いやすい男ですこと。おかげで、私たちはずっとこうして繋がっていられる……」
その言葉を、マデリーンは氷のような無表情で聞き流した。
(……いいえ、お母様。それは違うわ)
数日前、マデリーンが目撃した父の姿が脳裏に蘇る。眠るフローディアの傍らで、父は確かに呟いていた。
『あのアバズレが、私に最高の贈り物を運んできた』
『エリックが、私の妻に植え付けた種が』……と。
父パスカルは、すべてを知っているのだ。
妻が不貞を犯し、自分を裏切り、他人の子を腹に宿したことを。
そして彼は、その裏切りに怒るどころか、歓喜して受け入れた。なぜなら、愛してやまないオーレリアの弟であるエリックが、妻を寝取ったことで――自分と血の繋がらない「カークランドの純然たる血筋」が、合法的に自分の手に入ったからだ。
父にとって、妻イザベルはもはや一人の女性ですらない。
憧れのオーレリア様の血を引く「複製」を産み落とすための、ただの不潔な苗床に過ぎなかった。
「フローディアのあの『色彩』は、本当に貴方そっくり。人を狂わせる、罪な黄金だわ」
「ふん。私の血が濃く出すぎたか。まあいい、コルディア家が公爵家の隠れ蓑として機能する限り、あの娘は最高の駒だろう」
マデリーンは、握りしめた魔導録音機に、その醜悪な会話のすべてを刻み込んでいった。
母は夫を騙しているつもりで、その実、夫の狂気の掌で踊らされている。
父は妻を「アバズレ」と蔑みながら、彼女が持ち帰った「不貞の黄金」を亡霊の身代わりに崇めている。
そして二人は協力して、真実を知らぬ「本物の娘」を犠牲にして、この歪な均衡を保とうとしている。
(反吐が出るわ。……全員、狂っている)
マデリーンは静かにその場を離れた。
『姉なんだから』という言葉でマデリーンを縛り、犠牲を強いてきた理由のすべてが、この腐りきった温室の中に詰まっていた。
彼らは、自分たちの欲望と狂気を守るために、マデリーンの人生を「背景」として使い潰そうとしたのだ。
「……お望み通り、最高の背景になってあげるわ。この腐った箱庭が、一番美しく燃え上がるためのね」
夜風に舞うマデリーンの茶色の髪は、暗闇に溶けて見えなかった。
けれど、その瞳に宿った殺意に近い冷徹な光だけは、誰にも消せない真実を射抜いていた。
証拠は揃った。次は、この爆弾を落とす「舞台」を選ぶ番だった。
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📢新連載🌹【「女の子は冷たい男が好き」という幼馴染の嘘を信じた婚約者が、あまりに冷たすぎるので婚約破棄を願い出ます】
母イザベルの書斎で見つけた手紙の束。そこには、エリック・アイザック伯爵との密会場所が暗号めいた記述で残されていた。
『いつもの、月明かりの届かぬバラの離宮で』。
それは、伯爵家の屋敷から少し離れた場所にある、放置された古い温室のことだった。
夜の帳が下りる頃、マデリーンは姿隠しの外套を纏い、庭園の奥深くへと足を進めた。
冷たい夜気が頬を刺すが、胸の中に燃える冷徹な怒りが彼女を突き動かす。
やがて、生い茂る蔦に覆われたガラス張りの建物が見えてきた。かつては異国のバラを育てていたというその場所は、今や崩れかけた廃墟同然だ。しかし、その内部からは、不自然に揺れる灯火が漏れていた。
マデリーンは呼吸を殺し、割れたガラスの隙間から中を覗き込んだ。
「……ああ、エリック。今日も来てくださるなんて」
母、イザベルの声だった。
学園でマデリーンを冷たく突き放し、フローディアを「神の贈り物」と崇める時の厳格な表情はどこにもない。そこには、一人の情欲に溺れた女の顔があった。
彼女が縋り付いているのは、黄金の髪を無造作に流した、退廃的な色気を放つ男。
エリック・アイザック伯爵。
フローディアがそのまま男になったかのような、残酷なまでに美しい横顔がそこにあった。
「君の夫は相変わらず、あの黄金の娘を私の姉だと思い込んで拝んでいるのかい? 滑稽だな」
エリックは皮肉げに唇を歪め、イザベルの顎を乱暴に持ち上げた。
「ええ。パスカル様は、私のついた『先祖返り』という嘘を盲信していらっしゃいますわ。あの方は本当に扱いやすい男ですこと。おかげで、私たちはずっとこうして繋がっていられる……」
その言葉を、マデリーンは氷のような無表情で聞き流した。
(……いいえ、お母様。それは違うわ)
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『あのアバズレが、私に最高の贈り物を運んできた』
『エリックが、私の妻に植え付けた種が』……と。
父パスカルは、すべてを知っているのだ。
妻が不貞を犯し、自分を裏切り、他人の子を腹に宿したことを。
そして彼は、その裏切りに怒るどころか、歓喜して受け入れた。なぜなら、愛してやまないオーレリアの弟であるエリックが、妻を寝取ったことで――自分と血の繋がらない「カークランドの純然たる血筋」が、合法的に自分の手に入ったからだ。
父にとって、妻イザベルはもはや一人の女性ですらない。
憧れのオーレリア様の血を引く「複製」を産み落とすための、ただの不潔な苗床に過ぎなかった。
「フローディアのあの『色彩』は、本当に貴方そっくり。人を狂わせる、罪な黄金だわ」
「ふん。私の血が濃く出すぎたか。まあいい、コルディア家が公爵家の隠れ蓑として機能する限り、あの娘は最高の駒だろう」
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母は夫を騙しているつもりで、その実、夫の狂気の掌で踊らされている。
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(反吐が出るわ。……全員、狂っている)
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彼らは、自分たちの欲望と狂気を守るために、マデリーンの人生を「背景」として使い潰そうとしたのだ。
「……お望み通り、最高の背景になってあげるわ。この腐った箱庭が、一番美しく燃え上がるためのね」
夜風に舞うマデリーンの茶色の髪は、暗闇に溶けて見えなかった。
けれど、その瞳に宿った殺意に近い冷徹な光だけは、誰にも消せない真実を射抜いていた。
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