「姉なんだから妹に従え」と命じる両親。でも、その妹、お父様の子じゃありませんよ?

恋せよ恋

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協力者の登場

  屋敷を飛び出したマデリーンが向かったのは、避難先でも、修道院でもなかった。
 王都の端に位置する、重厚な石造りの別邸。そこは、社交界の覇者であり、王国最強の権力を握るカークランド公爵バーナードが、極秘の政務を行う際に使用する場所だった。

 「狂っている」と周囲に囁かれるほど無謀な行動。だが、マデリーンには勝算があった。

「コルディア伯爵家が第一女、マデリーンでございます。公爵閣下に、ご一族の『失われた黄金』の行方と、その対価についてお話しに参りました」

 門番に告げた言葉は、ほどなくして最奥の執務室へと通された。
 
 豪奢なソファに深く腰掛け、冷徹な光を宿した黄金の瞳でマデリーンを見据える男。彼こそが、母の不貞相手の兄であり、父が崇めるオーレリアの兄――現当主バーナードだった。

「……面白い娘だ。我が弟の不始末と、妹への歪んだ執着。それを盾に私に謁見を求めるとは。本来なら、その口を永遠に封じるのが公爵家のやり方だが?」

 バーナードの声は低く、部屋の温度を数度下げるような威圧感に満ちていた。しかし、マデリーンは一歩も引かなかった。

「閣下。私を消しても、証拠の写しはすでに信頼できる第三者の手に渡っております。私が定時に合図を送らなければ、明朝には王都中の掲示板に、貴家の醜聞が踊ることになるでしょう」

 マデリーンは、持参した魔導録音機と手紙の写しを、迷いのない所作で机に置いた。

「ですが、私は公爵家を破滅させたいわけではありません。……私は、自分の『自由』を買い取りたいだけなのです」

 バーナードは、マデリーンが差し出した証拠品を一つ一つ吟味するように眺め、やがて低く笑った。

「自由、だと? マデリーン嬢。君は、家族や婚約者からの謝罪や、奪われた地位の奪還を望まないのか」

「そんな価値のないものは、あの方々に差し上げますわ。私が望むのは、コルディア家からの完全な除籍。そして、今後一切の干渉を許さない法的・魔術的な保護。……加えて、私が一人の平民として、学問に専念するための資金援助。それだけです」

 マデリーンの瞳には、復讐心よりも深い「決別」の意志が宿っていた。
 家族に愛されることを諦め、守られることを捨て、自らの知性だけでこの魔王と対峙している。その孤高な姿に、バーナードはふと興味深げに目を細めた。

「これほどまでに濁りのない理知の瞳を持つ者がいたとはな。……いいだろう。弟エリックの不始末は私が片付ける。あの男には、二度と王都の土を踏ませぬよう、辺境の監獄塔へ送る手配をしよう」

 バーナードは立ち上がり、マデリーンの前に立った。

「そしてコルディア伯爵家。……我が妹の名を汚し、不貞の子を偶像として崇めた罪は重い。あの家門は、公爵家に対する不敬罪として、爵位剥奪と全財産没収を命じる。……それで、満足か?」

「十分ですわ、閣下。……これでようやく、私は、ただの一人の令嬢になれます」

 マデリーンが深く一礼すると、バーナードは彼女の顎を指先で軽く持ち上げた。

「マデリーン。君のその知性は、平民として腐らせるには惜しい。……どうだ、公爵家の『補佐官』として、私の下で働かないか? 君が暴いた真実の精度、そしてこの私を脅した度胸。それこそが、今の我が家には必要なものだ」

 思わぬ提案に、マデリーンは初めて小さく目を見開いた。
 
 協力者の登場。
 それは、失った婚約者や家族よりもずっと強大で、恐ろしくも心強い「盾」の出現だった。

「……私の知性が、閣下のお役に立てるというのであれば」

 マデリーンは微笑んだ。
 かつての、フローディアに怯えていた「背景」の微笑みではない。
 自分の価値を自覚し、未来を掴み取った一人の女性としての、誇り高い微笑みだった。

 夜が明ける頃、王都には激震が走ることになる。
 だが、その嵐の中心から最も遠い場所で、マデリーンは新しい人生の扉を、静かに、そして力強く叩いていた。
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