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女狐を打ち負かす
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セリーヌは、エリザベート伯爵夫人が「友人の娘だから」と、特別に目をかけてくれることを、まるで自分の権利のように受け止めていた。
そのためか、周囲の侍女たちや使用人に対しても、自然と距離を置く。
「私は……使用人じゃないんだから」
小さく呟きながら、セリーヌは背筋をピンと伸ばす。視線はいつも高く、周囲の動きなど意に介さないように振る舞う。
同じ屋敷で働く者たちからは、ため息と小さな呆れの視線が向けられる。だがセリーヌにとって、それすらも気にならない――伯爵夫人の特別な好意さえあれば、それで十分だと心の奥で信じていたのだから。
「旦那様、忘れ物をお届けに……」
夜の静けさを割るように、セリーヌが甘い声でアルベールの部屋に現れる。
まるで夜這いのような態度に、アルベールは眉をひそめる。
「セリーヌ、もうやめろ。前にも注意したはずだ。君は、そういう対象じゃない」
険しい顔つきのアルベールから拒絶され、渋々、自室へと引き返して行く。
翌朝、あえて皆がそろう朝食の席でアルベールがセリーヌの行いを叱責する。
「夜に忘れ物を届ける必要はない。今後は家令を通せ。そんなに夜に働きたいのなら他にもっと相応しい職場があるだろう」
彼の低く響く声に、セリーヌは少し怯む。だが図々しさは変わらない。一瞬、驚きの表情を見せるが、すぐに頭を下げる。
「お、お許しください……」
エリザベート伯爵夫人がセリーヌを庇い、口を開く。
「かわいそうな子なのですもの。伯爵家に置いてあげなさい」
ロクサーヌは微笑みを浮かべ、ゆったりと話しかける。
「そうですか。では失礼ながら、倫理観が少し違うのかしら、と申し上げますわ」
彼女の言葉に、部屋の空気がぴりりと引き締まる。そして、思わず口を滑らせるように、ロクサーヌは続けた。
「それに、ロジェ伯爵も市井に愛人を囲っているとか……」
室内に一瞬の静寂が訪れる____。
まるで誰もが耳を疑う暴露だが、ロクサーヌの声には柔らかさがある。わざとらしい演出のように、軽やかに。
しかし、エリザベート伯爵夫人は表情も取り繕えず、負けじと反論する。
「ロクサーヌだってアルベールに浮気されまくっているじゃないの!」
ロクサーヌは優雅に眉を上げ、柔らかく、しかし鋭く切り返す。
「38歳にもなって、17の小娘に取り乱すなど……お里が知れますわね」
その一言で場の空気は完全にロクサーヌのものとなった。
伯爵夫人の顔が紅潮したのを、ロクサーヌは微笑みながら見逃さない。
(……ふふ、やはり所詮は不貞にすがる男爵令嬢ね)
部屋の中に漂うのは、圧倒的な存在感と冷静な高潔さ。セリーヌはその威光の前に、静かに伯爵家を去った。
アルベールはこの場にいながら__生前の母を思い出していた。
父ロジェ伯爵と後妻エリザベート伯爵夫人。
(……父上も、実母を不貞で裏切ったくせに。あの後妻――エリザベート夫人も、陰で笑っていたのか)
少年時代の胸のざらつく感触が蘇る。父の裏切り、母の死後にやってきた後妻の勝ち誇った微笑み――どれも、心に深く刻まれていた。
だからこそ、アルベールは父や後妻に対して強い嫌悪感を抱く。
彼らの不誠実さや権力への執着を目にするたび、胸の奥がもやもやと疼いた。そこに自身も不貞を行っていることは結びつかない。
だが同時に、彼は心の奥底で気づいていた。
(……ロクサーヌだけは違う。彼女は、何があっても真っすぐだ)
浮気や夜会の噂があっても、ロクサーヌは清廉で、毅然としている。
アルベールの心に芽生えた信頼と愛情は、父や後妻への嫌悪を霞ませるほど強く、彼女だけに向けられていた。
そんな彼にロクサーヌが冷たい目を向けていたことには気が付かなかったーーー。
________________________
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皆さまのひと押しが執筆の力になります✨
そのためか、周囲の侍女たちや使用人に対しても、自然と距離を置く。
「私は……使用人じゃないんだから」
小さく呟きながら、セリーヌは背筋をピンと伸ばす。視線はいつも高く、周囲の動きなど意に介さないように振る舞う。
同じ屋敷で働く者たちからは、ため息と小さな呆れの視線が向けられる。だがセリーヌにとって、それすらも気にならない――伯爵夫人の特別な好意さえあれば、それで十分だと心の奥で信じていたのだから。
「旦那様、忘れ物をお届けに……」
夜の静けさを割るように、セリーヌが甘い声でアルベールの部屋に現れる。
まるで夜這いのような態度に、アルベールは眉をひそめる。
「セリーヌ、もうやめろ。前にも注意したはずだ。君は、そういう対象じゃない」
険しい顔つきのアルベールから拒絶され、渋々、自室へと引き返して行く。
翌朝、あえて皆がそろう朝食の席でアルベールがセリーヌの行いを叱責する。
「夜に忘れ物を届ける必要はない。今後は家令を通せ。そんなに夜に働きたいのなら他にもっと相応しい職場があるだろう」
彼の低く響く声に、セリーヌは少し怯む。だが図々しさは変わらない。一瞬、驚きの表情を見せるが、すぐに頭を下げる。
「お、お許しください……」
エリザベート伯爵夫人がセリーヌを庇い、口を開く。
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ロクサーヌは微笑みを浮かべ、ゆったりと話しかける。
「そうですか。では失礼ながら、倫理観が少し違うのかしら、と申し上げますわ」
彼女の言葉に、部屋の空気がぴりりと引き締まる。そして、思わず口を滑らせるように、ロクサーヌは続けた。
「それに、ロジェ伯爵も市井に愛人を囲っているとか……」
室内に一瞬の静寂が訪れる____。
まるで誰もが耳を疑う暴露だが、ロクサーヌの声には柔らかさがある。わざとらしい演出のように、軽やかに。
しかし、エリザベート伯爵夫人は表情も取り繕えず、負けじと反論する。
「ロクサーヌだってアルベールに浮気されまくっているじゃないの!」
ロクサーヌは優雅に眉を上げ、柔らかく、しかし鋭く切り返す。
「38歳にもなって、17の小娘に取り乱すなど……お里が知れますわね」
その一言で場の空気は完全にロクサーヌのものとなった。
伯爵夫人の顔が紅潮したのを、ロクサーヌは微笑みながら見逃さない。
(……ふふ、やはり所詮は不貞にすがる男爵令嬢ね)
部屋の中に漂うのは、圧倒的な存在感と冷静な高潔さ。セリーヌはその威光の前に、静かに伯爵家を去った。
アルベールはこの場にいながら__生前の母を思い出していた。
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(……父上も、実母を不貞で裏切ったくせに。あの後妻――エリザベート夫人も、陰で笑っていたのか)
少年時代の胸のざらつく感触が蘇る。父の裏切り、母の死後にやってきた後妻の勝ち誇った微笑み――どれも、心に深く刻まれていた。
だからこそ、アルベールは父や後妻に対して強い嫌悪感を抱く。
彼らの不誠実さや権力への執着を目にするたび、胸の奥がもやもやと疼いた。そこに自身も不貞を行っていることは結びつかない。
だが同時に、彼は心の奥底で気づいていた。
(……ロクサーヌだけは違う。彼女は、何があっても真っすぐだ)
浮気や夜会の噂があっても、ロクサーヌは清廉で、毅然としている。
アルベールの心に芽生えた信頼と愛情は、父や後妻への嫌悪を霞ませるほど強く、彼女だけに向けられていた。
そんな彼にロクサーヌが冷たい目を向けていたことには気が付かなかったーーー。
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