政略結婚した浮気男が、今さら本気で愛を囁いてきます!

恋せよ恋

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結婚の誓約

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 トフォーレ伯爵夫人主催の茶会のざわめきは、少し離れたこの場所まで届かない。
 ロクサーヌは母レオニーと並び、庭園の片隅で咲き誇る花々を静かに眺めた。
 柔らかな風が花びらを揺らし、微かな香りが二人を包む。

「ロクサーヌ。あなたが婚約期間を置かずに嫁ぐことになったのは、世間の噂話に傷ついてほしくなかったからよ」
 母の声は穏やかだが、その奥には確かな決意があった。

 ロクサーヌは微笑んだ――辛くても微笑む。それは、十年間の教育で身につけた淑女の礼儀だった。しかし、その微笑みの奥には、戸惑いが潜んでいた。

 家族は本当に自分を見守ってくれていたのだろうか。
 本当は、自分の振る舞いに失望していたのではないだろうか。

 母であるオッティ侯爵夫人の言葉の温かさと、胸のざわめきが、静かな庭園の空気の中でせめぎ合う。

 「アルベール・ベルネール伯爵子息は、第二王子アルベルト殿下の側近であり、ご友人でもあるわ。その縁が、あなたを守る盾にもなるの」
 母レオニーは少しだけ目を伏せた。

 「アルベール様は――確かに女性関係が派手だと聞くわ。でも、相手はみな分をわきまえた婦人ばかり。噂は多くとも醜聞はない。王妃殿下も、彼を有能だと認めておられたの。...... でも、さっきの騒動で“醜聞“が生まれちゃったわね」
 レオニーは怒りと呆れを秘めた低い声音で呟いた。
 
 ロクサーヌは、そっと息をつく。
「お父様も、彼に会われたのでしょう?」

 「ええ。ユーノスは、彼の頭脳と胆力を高く買っていたわ。――でもね、あなたが嫌だと思ったら、すぐに戻ってきていいの。最初から“十九歳まで閨ごとは交わさない“と決めてある白い結婚なのだから」
 母の声がわずかに揺れる。
 
 『白い結婚』の真実を聞いた瞬間、ロクサーヌの心は小さく波立った。

「本当に……白い結婚を守る気など、なかったのですわね、何もおっしゃらなかったもの」
 声は穏やかだが、その一言には鋭い刃のような意味がこもっていた。

 母レオニーは微笑み、静かに頷く。
「でも、彼も若いのよ。少し感情に流されやすいところがあるのは仕方ないわ。」

 ロクサーヌは小さく息をつき、視線を庭の花々に落とす。
 ――あいつめ……。

 白い結婚を守る気など、全くなかったのか。その言葉は胸の奥で静かに燃え広がり、思わず額のあたりが熱くなる。

 ――これから、あの男とどう向き合えばいいのか。


「ありがとうございます、お母様。……でも、わたくし、大丈夫ですわ。アルベール様が“美丈夫”であることくらいは、少しの慰めになりますもの、ふふふ」
 
 レオニーはくすりと笑った。
「やっぱり、あなたはユーノスに似て、美しいものが好きなのね、ふふふ」
 母レオニーの声は、穏やかだが確かな響きで、庭園の静けさに溶けていった。

 二人の間に、紅茶の香りが漂い、風に運ばれ庭に花びらが舞っている。

 「幸せになりなさい、ロクサーヌ。私もユーノスも、あなたが誇りよ。辛くなったら、いつでも帰って来なさい。ロジェ侯爵家は、あなたを温かく迎えるわ」

 花々の香りに包まれながら、ロクサーヌは微笑みを崩さず、しかし心の内側では小さな安堵と怒りが交錯していた。

 思いがけない母の優しさと、父ユーノスの考えを知っても、純粋に嬉しいとは思えなかった。

 あの、一人で苦しんだ十五歳の自分が、不憫で、可哀想で――胸が締めつけられる。
 両親の愛情は確かにあるのに、過去の孤独や不安は、今もなお心の奥に影を落としていた。
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