7 / 11
隠しきれない真価
王立学園の喧騒は、ジェニファーにとって、常に奇妙な乖離を伴う場所だった。
中庭の噴水が陽光を弾き、華やかな学生たちが談笑するその裏側で、彼女は一人、静かに「無能」という名の仮面を被り続けている。
学園のクラス分けは厳格だ。成績と素行によって、最上位のSクラスから順に振り分けられる。姉のカサンドラは、ジェニファーが夜通し作成した対策ノートを丸暗記し、華々しくSクラスに君臨していた。
一方、ジェニファー自身は、試験の点数を意図的に操作し続けながらも、隠しきれない地力によって上から二番目のAクラスに籍を置いている。
「――では、スワロフ嬢。この帝政中期の法改正における、貴族特権の制限について。当時の法相が込めた真の意図を述べなさい」
歴史学の授業中、教壇に立つ老教師が眼鏡の奥の目を光らせて指名した。
教室内に、わずかな緊張が走る。それは、専門の学者でも議論が分かれる難問だったからだ。
ジェニファーは静かに起立した。
「はい。表面上は王権の強化とされていますが、法相の回顧録によれば、真の狙いは地方領主の放漫経営による徴税漏れを防ぐことにありました。具体的には、第三条の例外規定が――」
立て板に水。ジェニファーの口から漏れる言葉は、教科書の内容を遥かに超え、当時の社会情勢や経済的背景までを緻密に紐解いていく。
回答が終わると、教室は一瞬、水を打ったような静寂に包まれた。
「……完璧だ。資料室にしかない未翻訳の文献まで読み込んでいるのか。素晴らしい」
老教師は感嘆の溜息をついた。
Aクラスのクラスメイトたちは、複雑な表情でジェニファーを見つめる。彼らは知っているのだ。授業中の彼女が、誰よりも深く、誰よりも鋭い知性を持っていることを。
「ねえ、今の聞いた? スワロフ家の次女って、本当は凄く頭が良いんじゃないかしら」
「ええ。でも不思議よね。いつも、なんでも完璧に答えるのに、試験になるといつも平均点以下なんて」
「極度のあがり症なのかしら……。だとしたら、勿体ないわね」
放課後の職員室。そこは、学園で唯一、ジェニファーの「真価」の断片を知る者たちが集まる場所だった。
「ジェニファー・スワロフ。彼女の知識量は学園でも五本の指に入るでしょう。しかし、結果が伴わない。やはり本番に弱いタイプなのでしょうか。あんなに聡明な瞳をしているのに、試験用紙に向かうと手が止まってしまうなんて、不憫でなりませんな」
一人の教師が嘆息すると、隣のベテラン教師が身を乗り出した。
「いや、実は先日、こんなことがあったんですよ……」
その教師は、興奮を抑えきれない様子で語り始めた。
「講義のために私が準備した参考資料に、一箇所、ごく小さな数値の誤りがあったんです。専門家でも見落とすような古いデータの引用ミスでした。そこに彼女が、放課後、遠慮がちに声をかけてきましてね」
『先生、差し出がましいようですが……この三項目の計算式、十五年前の旧法に基づいた係数ではありませんか? 現行の関税率と照らし合わせると、最終的な算出結果に僅かな乖離が生じるかと思いまして』
「最初は私も、何を言っているんだと怪訝な顔をしてしまったのですが……。彼女は淀みなく、最新の専門用語や法改正の経緯を交えて詳しく説明し始めたんです。その緻密な論理構築は、到底、学園生のレベルではありませんでしたよ」
周囲の教師たちも、驚きに目を見開いて聞き入っている。語る教師の熱量はさらに上がっていく。
「こちらも興味が湧いて、つい最近の専門誌に発表されたばかりの、王立アカデミーの論文を例に出してみたんです。意地悪な質問だとは分かっていましたが……なんと! 彼女はその論文も既に読み込んでおられたようで。それどころか、『筆者の結論は保守的すぎます。輸送路の魔導具活用を前提にすれば、さらに三割のコストダウンが可能でしょう』と、独自の興味深い理論を話しだしましてね。いやあ、時間を忘れて非常に有意義な議論ができました。あれは……天才の思考ですよ」
「やはりそうですか! 私も、彼女が提出する任意課題の裏面に書かれた、ごく短い考察を読んで震えたことがあります。姉上のカサンドラ嬢も優秀ですが、あの方は『既存の知識を完璧に模倣する』秀才。対してジェニファー嬢は、誰も辿り着いていない『真理を自ら導き出す』本物の知性をお持ちだ」
「それにしても、可哀想に。…… 姉上があまりに完璧を演じようとするから、無意識に自分を追い詰め、試験という『枠』にはめられると才能が萎縮してしまうのでしょうか……」
教師たちは、ジェニファーが「わざと」点数を落としているなどとは夢にも思わず、その才能を惜しんで肩を落とす。
「もし彼女が本気を出せば、学園の歴史を塗り替える成績を残すでしょうに」
教師たちが同情の眼差しを向けていることなど、ジェニファーは露ほども知らない。
彼女が守っているのは、自分の心ではなく、姉の「プライド」という名の呪縛なのだから。
___________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
📢新連載🌹【地味な女は嫌だ」と仰いましたよね? なら結構、私は王太子妃より外交官になります!】
中庭の噴水が陽光を弾き、華やかな学生たちが談笑するその裏側で、彼女は一人、静かに「無能」という名の仮面を被り続けている。
学園のクラス分けは厳格だ。成績と素行によって、最上位のSクラスから順に振り分けられる。姉のカサンドラは、ジェニファーが夜通し作成した対策ノートを丸暗記し、華々しくSクラスに君臨していた。
一方、ジェニファー自身は、試験の点数を意図的に操作し続けながらも、隠しきれない地力によって上から二番目のAクラスに籍を置いている。
「――では、スワロフ嬢。この帝政中期の法改正における、貴族特権の制限について。当時の法相が込めた真の意図を述べなさい」
歴史学の授業中、教壇に立つ老教師が眼鏡の奥の目を光らせて指名した。
教室内に、わずかな緊張が走る。それは、専門の学者でも議論が分かれる難問だったからだ。
ジェニファーは静かに起立した。
「はい。表面上は王権の強化とされていますが、法相の回顧録によれば、真の狙いは地方領主の放漫経営による徴税漏れを防ぐことにありました。具体的には、第三条の例外規定が――」
立て板に水。ジェニファーの口から漏れる言葉は、教科書の内容を遥かに超え、当時の社会情勢や経済的背景までを緻密に紐解いていく。
回答が終わると、教室は一瞬、水を打ったような静寂に包まれた。
「……完璧だ。資料室にしかない未翻訳の文献まで読み込んでいるのか。素晴らしい」
老教師は感嘆の溜息をついた。
Aクラスのクラスメイトたちは、複雑な表情でジェニファーを見つめる。彼らは知っているのだ。授業中の彼女が、誰よりも深く、誰よりも鋭い知性を持っていることを。
「ねえ、今の聞いた? スワロフ家の次女って、本当は凄く頭が良いんじゃないかしら」
「ええ。でも不思議よね。いつも、なんでも完璧に答えるのに、試験になるといつも平均点以下なんて」
「極度のあがり症なのかしら……。だとしたら、勿体ないわね」
放課後の職員室。そこは、学園で唯一、ジェニファーの「真価」の断片を知る者たちが集まる場所だった。
「ジェニファー・スワロフ。彼女の知識量は学園でも五本の指に入るでしょう。しかし、結果が伴わない。やはり本番に弱いタイプなのでしょうか。あんなに聡明な瞳をしているのに、試験用紙に向かうと手が止まってしまうなんて、不憫でなりませんな」
一人の教師が嘆息すると、隣のベテラン教師が身を乗り出した。
「いや、実は先日、こんなことがあったんですよ……」
その教師は、興奮を抑えきれない様子で語り始めた。
「講義のために私が準備した参考資料に、一箇所、ごく小さな数値の誤りがあったんです。専門家でも見落とすような古いデータの引用ミスでした。そこに彼女が、放課後、遠慮がちに声をかけてきましてね」
『先生、差し出がましいようですが……この三項目の計算式、十五年前の旧法に基づいた係数ではありませんか? 現行の関税率と照らし合わせると、最終的な算出結果に僅かな乖離が生じるかと思いまして』
「最初は私も、何を言っているんだと怪訝な顔をしてしまったのですが……。彼女は淀みなく、最新の専門用語や法改正の経緯を交えて詳しく説明し始めたんです。その緻密な論理構築は、到底、学園生のレベルではありませんでしたよ」
周囲の教師たちも、驚きに目を見開いて聞き入っている。語る教師の熱量はさらに上がっていく。
「こちらも興味が湧いて、つい最近の専門誌に発表されたばかりの、王立アカデミーの論文を例に出してみたんです。意地悪な質問だとは分かっていましたが……なんと! 彼女はその論文も既に読み込んでおられたようで。それどころか、『筆者の結論は保守的すぎます。輸送路の魔導具活用を前提にすれば、さらに三割のコストダウンが可能でしょう』と、独自の興味深い理論を話しだしましてね。いやあ、時間を忘れて非常に有意義な議論ができました。あれは……天才の思考ですよ」
「やはりそうですか! 私も、彼女が提出する任意課題の裏面に書かれた、ごく短い考察を読んで震えたことがあります。姉上のカサンドラ嬢も優秀ですが、あの方は『既存の知識を完璧に模倣する』秀才。対してジェニファー嬢は、誰も辿り着いていない『真理を自ら導き出す』本物の知性をお持ちだ」
「それにしても、可哀想に。…… 姉上があまりに完璧を演じようとするから、無意識に自分を追い詰め、試験という『枠』にはめられると才能が萎縮してしまうのでしょうか……」
教師たちは、ジェニファーが「わざと」点数を落としているなどとは夢にも思わず、その才能を惜しんで肩を落とす。
「もし彼女が本気を出せば、学園の歴史を塗り替える成績を残すでしょうに」
教師たちが同情の眼差しを向けていることなど、ジェニファーは露ほども知らない。
彼女が守っているのは、自分の心ではなく、姉の「プライド」という名の呪縛なのだから。
___________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
📢新連載🌹【地味な女は嫌だ」と仰いましたよね? なら結構、私は王太子妃より外交官になります!】
あなたにおすすめの小説
「静かで、退屈な婚約者だった」と切り捨てられたので、最後くらい全部言って去ることにしました
桃我タロー
恋愛
「静かで、退屈な婚約者だった」
婚約破棄のその日、王太子は広間でそう言い捨てた。
三年間、失言を隠し、場を整え、黙って支えてきたのに。
どうやら私に必要だったのは婚約者ではなく、“便利な人”という役割だけだったらしい。
しかも隣には、つい三日前まで殿下の従兄に求婚していた令嬢まで立っていて――。
ならばもう、黙っている理由はない。
これは、最後まで笑って終わるつもりだった令嬢が、自分の声を取り戻す話。
五度目の人生でも「君を愛することはない」と言われたので、私も愛を捨てました
たると
恋愛
「ルチア、私は君を愛することはない。この婚約は単なる義務だ」
冷徹な公爵、アルベルトの声が夜会会場の片隅で響く。
これで、五度目だ。
私は深く、そして軽やかに一礼した。
「承知いたしました。では、今後はそのように」
これまでは泣いて縋り、彼を振り向かせようと必死に尽くしてきた。
だが、死に戻りを五回も繰り返せば、流石に飽きる。
私は彼を愛することを、きっぱりと辞めた。
"病弱な幼馴染"を完治させたら、なぜか怒られました
ばぅ
恋愛
「ルードル様、大変です!レニ様がまたお倒れに!」
婚約者であるルードルには「灰白病」という厄介な病気を抱えた幼馴染のレニがいる。甘いデートはいつも彼女の急な呼び出しによって邪魔され、その度フラウはずっと我慢を強いられていた。しかし、フラウはただの令嬢ではなく、薬師でもあるのだ。ある日ついに、彼女は灰白病の特効薬を完成させた。これで終わりかと思いきや、幼馴染は再び倒れる。
そこでフラウは、ある作戦を実行することにした――。
初恋は叶わないから
ゆぷしろん
恋愛
辺境伯家の令嬢ミレイユは、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した少女。
ある日、王宮の温室で病弱な第一王子エリアスと出会い、静かに恋へ落ちる。
本と薬草を通して少しずつ距離を縮めていく二人。
けれどミレイユは、この世界が前世で読んだ恋愛物語によく似ていることを知っていた。
やがて王子の運命を変える“聖女”が現れ、彼の隣に立つのは自分ではないのだと悟ってしまう。
好きだからこそ、手を伸ばしてはいけない。
想いを抱えたまま距離を取ろうとするミレイユと、そんな彼女を忘れられないエリアス。
すれ違いながらも惹かれ合う二人の恋は、王族としての責務と国の未来の前に、残酷な結末へと向かっていく――。
これは、叶わないと分かっていても止められなかった、
一生に一度の初恋の物語。
幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。
たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。
彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。
『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』
「……『愛している』、ですか」
いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。
最愛の人に裏切られ死んだ私ですが、人生をやり直します〜今度は【真実の愛】を探し、元婚約者の後悔を笑って見届ける〜
腐ったバナナ
恋愛
愛する婚約者アラン王子に裏切られ、非業の死を遂げた公爵令嬢エステル。
「二度と誰も愛さない」と誓った瞬間、【死に戻り】を果たし、愛の感情を失った冷徹な復讐者として覚醒する。
エステルの標的は、自分を裏切った元婚約者と仲間たち。彼女は未来の知識を武器に、王国の影の支配者ノア宰相と接触。「私の知性を利用し、絶対的な庇護を」と、大胆な契約結婚を持ちかける。
愛してくれない人たちを愛するのはやめました これからは自由に生きますのでもう私に構わないでください!
花々
恋愛
ベルニ公爵家の令嬢として生まれたエルシーリア。
エルシーリアには病弱な双子の妹がおり、家族はいつも妹ばかり優先していた。エルシーリアは八歳のとき、妹の代わりのように聖女として神殿に送られる。
それでも頑張っていればいつか愛してもらえると、聖女の仕事を頑張っていたエルシーリア。
十二歳になると、エルシーリアと第一王子ジルベルトの婚約が決まる。ジルベルトは家族から蔑ろにされていたエルシーリアにも優しく、エルシーリアはすっかり彼に依存するように。
しかし、それから五年が経ち、エルシーリアが十七歳になったある日、エルシーリアは王子と双子の妹が密会しているのを見てしまう。さらに、王家はエルシーリアを利用するために王子の婚約者にしたということまで知ってしまう。
何もかもがどうでもよくなったエルシーリアは、家も神殿も王子も捨てて家出することを決意。しかし、エルシーリアより妹の方がいいと言っていたはずの王子がなぜか追ってきて……。
〇カクヨムにも掲載しています