14 / 23
罠、公爵家への献上物
「いい、ジェニファー。今度の公爵閣下の誕生祭は、スワロフ家の命運がかかっているの。あなたが用意する献上品は、すべて『私が』心を込めて用意したことにしなさい。わかったわね?」
カサンドラは、豪華な私室のソファに深々と腰掛け、爪を磨きながら命じた。彼女が求めているのは、ウィリアムの父であるザイオン公爵――次期国王の側近としても名高い厳格な人物――を唸らせるほどの逸品だ。
「……承知いたしました、お姉様。公爵閣下は、古美術と魔導具の歴史に造詣が深いとお聞きしております。それに相応しい、特別な品をご用意いたしますわ」
ジェニファーは静かに頭を下げた。その口元には、姉には決して見えない、微かな、そして氷のように冷たい微笑が浮かんでいた。
ジェニファーが用意したのは、一点の古びた、しかし気品溢れる『月光の香炉』だった。一見すれば、精緻な彫金が施された美しいアンティークに過ぎない。しかし、これこそがジェニファーが仕掛けた、カサンドラを破滅させるための「時限爆弾」だった。
「お姉様、この香炉は、特殊な魔導回路が組み込まれた非常に珍しい品です。閣下の前で、お姉様ご自身の手で『点火の儀』を行ってください。そうすれば、お姉様の聡明さと奥ゆかしさが、より一層際立つはずですわ」
「あら、素敵じゃない! 私が魔導具を使いこなす姿を見せれば、公爵閣下もウィリアム様も、私をより高く評価してくださるわね」
カサンドラは満足げに頷いた。彼女は、その香炉に刻まれた紋様が何を意味するのか、その構造がどれほど複雑な理論に基づいているのか、一文字も理解していなかった。
誕生祭当日。
ザイオン公爵邸の広間には、錚々たる貴族たちが集まっていた。
スワロフ侯爵夫妻が見守る中、カサンドラは誇らしげに公爵の前へと進み出た。
「公爵閣下、お誕生日おめでとうございます。不肖カサンドラ、閣下のご趣味に合わせて、こちらの『月光の香炉』を、私自身の手で修復し、調整してまいりました」
広間に感嘆の声が上がる。ウィリアムは、無表情のまま、けれどその鋭い視線で、姉の背後に控えるジェニファーを見つめていた。
「ほう……。この時代の魔導回路を修復したというのか。それは相当な知識と技術が必要なはずだが」
公爵が興味深そうに身を乗り出す。カサンドラは、ジェニファーに教え込まれた通りの動作で、香炉に魔力を注いだ。
瞬間、香炉からは幻想的な青い煙が立ち上り、周囲に気高い芳香が漂った。
「素晴らしい。……では、カサンドラ嬢。この香炉の底に刻まれた、この『逆行する三重連鎖』の術式について、君の見解を聞かせてくれないか。この不安定な術式を、どうやって安定させたのかね?」
カサンドラの笑顔が、一瞬で凍りついた。
「……え、あ……それは……」
「さらに、この香炉から漂う『沈香』の香りに混じった、この微かな『月下美人』のエッセンス。これは魔力を中和する性質があるはずだが……あえてこれを配合した意図は何かな?」
質問は、魔導学と薬学の高度な専門知識がなければ答えられないものばかりだった。
カサンドラは助けを求めるように、必死に後ろのジェニファーを振り返る。しかし、ジェニファーは深く頭を下げたまま、一言も発さない。
「どうした、カサンドラ。自分自身で調整したのだろう? 早くお答えしなさい。」
父フィリップが焦りを含んだ声で促すが、カサンドラの口からは、しどろもどろな言葉しか出てこない。
「あ、あの……それは、その……『感覚』で調整いたしましたので……。わたくし、直感に優れているものですから、ホホ、ホホホ……」
会場に、冷ややかな沈黙が流れた。
公爵の目は、もはやカサンドラを捉えてはいなかった。彼は、その背後で静かに佇む、平凡と評される妹――ジェニファーへと視線を移した。
「……ジェニファー嬢。君なら、答えられるのではないか?」
ウィリアムが、静かに、けれど決定的な一言を投げかけた。
ジェニファーはゆっくりと顔を上げた。その瞳には、かつての怯えなど微塵もない。
「恐れ入ります、閣下。……お姉様が、あえて言葉を濁されたのは、私の未熟な手伝いを際立たせるためでしょう。……宜しければ、お姉様の深いお考えの『断片』を、私が代わって説明させていただきますわ」
それは、完璧なまでの宣戦布告だった。
ジェニファーは、淀みない口調で、香炉の構造、術式の矛盾点、そして配合された香料の化学変化について、専門家ですら唸るほどの完璧な解説を始めた。
カサンドラの顔は、屈辱と焦燥で真っ赤に染まっていく。
自分が「やったこと」にすればするほど、その詳細を語る妹の知性が、自分の無知を際立たせていく。
ウィリアムは、その光景を眺めながら、満足げに薄く微笑んだ。
影武者がその役割を終え、真の主役が光を浴びる瞬間。カサンドラが積み上げてきた「優秀な慈愛の淑女」という城が、その根底から音を立てて崩れ始めた。
___________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
カサンドラは、豪華な私室のソファに深々と腰掛け、爪を磨きながら命じた。彼女が求めているのは、ウィリアムの父であるザイオン公爵――次期国王の側近としても名高い厳格な人物――を唸らせるほどの逸品だ。
「……承知いたしました、お姉様。公爵閣下は、古美術と魔導具の歴史に造詣が深いとお聞きしております。それに相応しい、特別な品をご用意いたしますわ」
ジェニファーは静かに頭を下げた。その口元には、姉には決して見えない、微かな、そして氷のように冷たい微笑が浮かんでいた。
ジェニファーが用意したのは、一点の古びた、しかし気品溢れる『月光の香炉』だった。一見すれば、精緻な彫金が施された美しいアンティークに過ぎない。しかし、これこそがジェニファーが仕掛けた、カサンドラを破滅させるための「時限爆弾」だった。
「お姉様、この香炉は、特殊な魔導回路が組み込まれた非常に珍しい品です。閣下の前で、お姉様ご自身の手で『点火の儀』を行ってください。そうすれば、お姉様の聡明さと奥ゆかしさが、より一層際立つはずですわ」
「あら、素敵じゃない! 私が魔導具を使いこなす姿を見せれば、公爵閣下もウィリアム様も、私をより高く評価してくださるわね」
カサンドラは満足げに頷いた。彼女は、その香炉に刻まれた紋様が何を意味するのか、その構造がどれほど複雑な理論に基づいているのか、一文字も理解していなかった。
誕生祭当日。
ザイオン公爵邸の広間には、錚々たる貴族たちが集まっていた。
スワロフ侯爵夫妻が見守る中、カサンドラは誇らしげに公爵の前へと進み出た。
「公爵閣下、お誕生日おめでとうございます。不肖カサンドラ、閣下のご趣味に合わせて、こちらの『月光の香炉』を、私自身の手で修復し、調整してまいりました」
広間に感嘆の声が上がる。ウィリアムは、無表情のまま、けれどその鋭い視線で、姉の背後に控えるジェニファーを見つめていた。
「ほう……。この時代の魔導回路を修復したというのか。それは相当な知識と技術が必要なはずだが」
公爵が興味深そうに身を乗り出す。カサンドラは、ジェニファーに教え込まれた通りの動作で、香炉に魔力を注いだ。
瞬間、香炉からは幻想的な青い煙が立ち上り、周囲に気高い芳香が漂った。
「素晴らしい。……では、カサンドラ嬢。この香炉の底に刻まれた、この『逆行する三重連鎖』の術式について、君の見解を聞かせてくれないか。この不安定な術式を、どうやって安定させたのかね?」
カサンドラの笑顔が、一瞬で凍りついた。
「……え、あ……それは……」
「さらに、この香炉から漂う『沈香』の香りに混じった、この微かな『月下美人』のエッセンス。これは魔力を中和する性質があるはずだが……あえてこれを配合した意図は何かな?」
質問は、魔導学と薬学の高度な専門知識がなければ答えられないものばかりだった。
カサンドラは助けを求めるように、必死に後ろのジェニファーを振り返る。しかし、ジェニファーは深く頭を下げたまま、一言も発さない。
「どうした、カサンドラ。自分自身で調整したのだろう? 早くお答えしなさい。」
父フィリップが焦りを含んだ声で促すが、カサンドラの口からは、しどろもどろな言葉しか出てこない。
「あ、あの……それは、その……『感覚』で調整いたしましたので……。わたくし、直感に優れているものですから、ホホ、ホホホ……」
会場に、冷ややかな沈黙が流れた。
公爵の目は、もはやカサンドラを捉えてはいなかった。彼は、その背後で静かに佇む、平凡と評される妹――ジェニファーへと視線を移した。
「……ジェニファー嬢。君なら、答えられるのではないか?」
ウィリアムが、静かに、けれど決定的な一言を投げかけた。
ジェニファーはゆっくりと顔を上げた。その瞳には、かつての怯えなど微塵もない。
「恐れ入ります、閣下。……お姉様が、あえて言葉を濁されたのは、私の未熟な手伝いを際立たせるためでしょう。……宜しければ、お姉様の深いお考えの『断片』を、私が代わって説明させていただきますわ」
それは、完璧なまでの宣戦布告だった。
ジェニファーは、淀みない口調で、香炉の構造、術式の矛盾点、そして配合された香料の化学変化について、専門家ですら唸るほどの完璧な解説を始めた。
カサンドラの顔は、屈辱と焦燥で真っ赤に染まっていく。
自分が「やったこと」にすればするほど、その詳細を語る妹の知性が、自分の無知を際立たせていく。
ウィリアムは、その光景を眺めながら、満足げに薄く微笑んだ。
影武者がその役割を終え、真の主役が光を浴びる瞬間。カサンドラが積み上げてきた「優秀な慈愛の淑女」という城が、その根底から音を立てて崩れ始めた。
___________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
あなたにおすすめの小説
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。
婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢
alunam
恋愛
婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。
既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……
愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……
そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……
これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。
※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定
それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!
冷たい王妃の生活
柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。
三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。
王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。
孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。
「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。
自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。
やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。
嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。
沈黙の指輪 ―公爵令嬢の恋慕―
柴田はつみ
恋愛
公爵家の令嬢シャルロッテは、政略結婚で財閥御曹司カリウスと結ばれた。
最初は形式だけの結婚だったが、優しく包み込むような夫の愛情に、彼女の心は次第に解けていく。
しかし、蜜月のあと訪れたのは小さな誤解の連鎖だった。
カリウスの秘書との噂、消えた指輪、隠された手紙――そして「君を幸せにできない」という冷たい言葉。
離婚届の上に、涙が落ちる。
それでもシャルロッテは信じたい。
あの日、薔薇の庭で誓った“永遠”を。
すれ違いと沈黙の夜を越えて、二人の愛はもう一度咲くのだろうか。
元恋人が届けた、断りたい縁談
待鳥園子
恋愛
シュトルム辺境伯の末娘ソフィに隣国の帝国第二皇子から届けられた『縁談』の使者は、なんと元恋人のジョサイアだった。
手紙ひとつで別れることになったソフィは、素直になれずジョサイアから逃げ回る。
「私に届けなければ、彼は帝国に帰ることが出来ない」
そう思いようやく書状を受け取ろうと決意したソフィに、ジョサイアは何かを言い掛けて!?