嘘まみれのお姉様はどうぞお幸せに?〜影武者の私が消えた後、お姉様は一人で何ができるのかしら?〜

恋せよ恋

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エミリオの増長と、冷淡な微笑

  学園の放課後。人気のない中庭に、エミリオの苛立った声が響き渡った。
 彼はジェニファーを呼び出すなり、手に持っていた試験の結果表と、先日の夜会での振る舞いを引き合いに出し、滔々と説教を始めたのだ。

「ジェニファー、君のあの態度はなんだ。リチャード様に苦言を呈されるとは、スワロフ侯爵家の、ひいては僕の婚約者としての自覚が足りないんじゃないのか?」

 エミリオは腕を組み、高圧的な視線でジェニファーを見下ろした。
 彼の背後では、最近すっかり「エミリオの相談役」という立ち位置を確立したカサンドラが、表面上は心配そうな、それでいてどこか優越感に満ちた表情でこちらを見ている。

「……申し訳ございません、エミリオ様。以後、気をつけますわ」

 ジェニファーは淡々と答えた。その声には何の感情もこもっていない。しかし、その従順さがかえってエミリオの神経を逆撫でした。

「返事だけは立派だが、行動が伴っていないんだよ! 少しはカサンドラ嬢を見習ったらどうだ。彼女を見ろ。学年上位の成績、非の打ち所のない社交術、そして周囲を惹きつけるあの気品……。同じ家で育って、姉妹で なぜこうも差がつくのか、僕には理解できない」

 エミリオは、カサンドラの方を振り返り、熱っぽい視線を送る。

 カサンドラは「まあ、エミリオ様。わたくしなんて、まだまだですわ。ジェニファーだって、あの子なりに頑張っているのですから……ねえ?」と、わざとらしくジェニファーに同意を求めた。

「カサンドラ嬢、君はいつもそうやって妹を庇うが、それは優しすぎるというものだよ。ジェニファー、君に欠けているのは彼女のような『気品』だ。もっと自分を磨き、姉の背中を追う努力をしろ。今のままでは、僕の隣に立つ資格などないと言っているんだ!」

 エミリオの言葉は、もはや婚約者に対する助言ではなく、ただの罵倒だった。
 彼はカサンドラという「偽りの偶像」を基準にして、目の前のジェニファーを叩き潰すことで、自分の優位性を確認しているに過ぎない。

 かつてのジェニファーなら、ここで顔を青ざめさせ、震える声で謝罪していただろう。しかし、今の彼女の瞳に映っているのは、婚約者への思慕でも、姉への恐怖でもなかった。

「……そうですわね。お姉様は、本当に“特別”ですもの」

 ジェニファーは、ふっと口角を上げた。
 それは、エミリオが期待していた「反省」の表情でも、カサンドラが望んでいた「卑屈」な態度でもない。
 まるで、愚かな子供の遊びを遠くから眺める大人のような、冷たく、冴え渡った微笑だった。

「お姉様のあの筆跡も、あのご見識も……そして、皆様の前で見せるあの完璧な振る舞いも。すべてが、お姉様にしか成し得ない“奇跡”の結晶ですわ。私のような凡人が、どれほど逆立ちしても真似できるものではございません」

「……何だ、その言い草は」

 エミリオが眉をひそめる。
 ジェニファーの言葉は姉を称賛しているように聞こえるが、その響きには、形容しがたい違和感――まるで、毒をたっぷり含んだ蜜のような皮肉が混じっていた。

「お姉様の本当の素晴らしさを、エミリオ様は心の底から理解していらっしゃるのですね。素晴らしいことですわ。……私には、そこまで深くお姉様を“愛でる”ことはできませんから」

 ジェニファーは、カサンドラの目をじっと見つめた。
 カサンドラは、妹の瞳の中に「すべてを知っている」者の冷ややかな光を見つけ、一瞬、背筋に寒いものが走るのを感じた。

(何よ……何なのよ、その目は。今までみたいに、怯えていればいいのよ!)

 カサンドラは動揺を隠すように、エミリオの腕に縋り付いた。

「エミリオ様、もうその辺で……。ジェニファーも、きっと反省していますわ」

「ふん。カサンドラ嬢がそう言うなら、これ以上は言わないが……。ジェニファー、次に会う時までに、少しはマシな令嬢になっておけよ」

 エミリオはカサンドラを連れて、勝ち誇ったようにその場を去っていく。
 遠ざかる二人の背中を見送りながら、ジェニファーは小さく、けれど確かな声で呟いた。

「ええ、そうですわね。……“マシ”な令嬢が、貴方にどんな地獄を見せるか、楽しみにしていてくださいませね」

 彼女は、カバンの中から一通の手紙を取り出した。
 それは、ウィリアムの協力によって入手した、エミリオの父が密かに行っている不法な資金洗浄の証拠の一部だった。

 エミリオが「気品がない」と切り捨てたその手には、今や彼の家の存亡を左右するほどの「力」が握られている。
 ジェニファーの微笑みは、沈みゆく夕日に照らされ、美しくも残酷な影を地面に落としていた。
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