「義姉が気の毒だ」 は?彼女は泥棒猫の従姉ですわ、婚約者様

恋せよ恋

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学園の女王と道化師

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 王立ラザフォード学園。この国最高の教育機関であり、次代を担う貴族の子女が集う場所だ。

 オーデリアが登校すると、周囲の視線がいつもとは違うことに気づく。それは憧れや敬意ではなく、どこか遠巻きに様子を伺うような、粘り気のある好奇心だった。

「……あら、皆様、おはようございます」
 オーデリアが完璧な礼を返すと、令嬢たちは顔を見合わせ、コソコソと囁き合う。

「聞いた?フィッツ侯爵令嬢、あんなに澄ました顔をしているけれど、家では行き場のない義理のお姉様を冷遇しているんですって」
「まあ、お可哀想に。お衣装も満足に与えられず、オーデリア様の『お下がり』を着せられているらしいわよ」

 そんな噂の出所は、廊下の向こうからやってきた集団の中心にいた。

「皆様、そんなにオーデリアを責めないで。彼女はとっても優秀だから、私みたいな不器用な『姉』にイライラしてしまうのも無理はないわ」

 茶色の髪を巻いて、色っぽく着飾ったパメラだ。彼女はフィッツ侯爵家の家紋が入った馬車から、あたかも主役のような顔をして降り立ち、朝から周囲に同情を振りまいていた。

「パメラ様、なんてお優しい……。血が繋がっていないとはいえ、義理の妹にあんなに冷たくされて……」

「いいの。私にはアルバート様がついていてくださるから。彼はいつも『僕が君を守る』って言ってくださるのよ」
 パメラはうっとりと頬を染め、オーデリアの婚約者との「仲睦まじさ」をこれ見よがしに宣伝する。

 そこへ、オーデリアの親友であるイザベル・ザウス侯爵令嬢が早足でやってきた。彼女は扇で口元を隠し、怒りに震える声で囁く。

「ちょっと、オーデリア!あの『パメラお義姉様』とやらの言い草、聞いた?自由にさせておいていいの?」

 オーデリアは教科書を胸に抱き、穏やかに微笑んだ。

「イザベル、落ち着いて。彼女が何を言おうと、事実は変わりませんわ」

「事実は変わらなくても、あなたの評判が傷ついているのよ!あの女、『義姉』ですらないんでしょ?ただの居候の子爵令嬢じゃない。なのに、まるでもうすぐ公爵家に入るような大きな態度で……。アルバート様もアルバート様だわ。あんな見え透いた誘惑に引っかかって、学園中の晒し者よ」

 イザベルの言う通りだった。

 アルバートは、オーデリアをエスコートすべき登校時も、パメラの隣を歩いていた。パメラが「教科書が重くて……」と甘えれば、公爵家の嫡男でありながら、率先して彼女の荷物を持つ始末だ。

「オーデリア、君ももう少しパメラ嬢を見習ったらどうだ?彼女は自分の弱さを素直に見せてくれる。君はいつも一人で何でも完璧にこなそうとするから、可愛げがないんだよ」

 昼休みの学園の中庭。アルバートはオーデリアに対し、またしても説教を始めた。その隣では、パメラがアルバートの腕を掴み、勝ち誇ったような視線をオーデリアに投げている。

「アルバート様。私は学園に学びに来ております。弱さを見せて周囲の同情を買うことが、公爵夫人の務めだとは教わっておりません」

「またそうやって可愛くないことを!パメラ嬢を見ろ。彼女は君の冷たい態度にどれだけ傷ついているか……。今日の放課後の観劇も、パメラ嬢を連れていくからそのつもりで。三人で行くのが一番角が立たない」

 オーデリアは、ふっと息を吐いた。
 彼女の中の「何か」が、完全に冷え切った瞬間だった。

「いいえ。私は遠慮いたしますわ」

「……何だって?」

「放課後は図書室で調べ物がございますの。パメラを待つ時間も、アルバート様から小言をいただく時間も、今の私にはもったいなくて。お二人で、どうぞご自由に『三人行動』ならぬ『二人行動』をお楽しみくださいませ」

「オーデリア!君、婚約者の誘いを断るのか!?」

「ええ、お断りいたします。おひとり様って、本当に気楽ですわ。……では、失礼」
 オーデリアは優雅に一礼し、唖然とする二人を置いて立ち去った。

 背後でパメラが「まあ、オーデリアったら、怒っちゃったのかしら。怖い……!」とわざとらしく怯える声が聞こえたが、もうどうでもよかった。

 一人で図書室へ向かう廊下。背後から声をかけられた。

「オーデリア嬢。……兄上が、また馬鹿な真似をしましたか?」

 振り返ると、そこにはアルバートの二歳下の弟で、クラスメイトのテリオス・バウワーが立っていた。

 十五歳の彼は、兄よりも鋭敏な知性を感じさせる涼やかな顔立ちをしている。兄アルバートが「太陽」なら、弟テリオスは深く静かな「月」のような少年だ。

「テリオス様。……見ていらしたのね」

「ええ。兄上の盲目ぶりには、弟として恥ずかしさを通り越して、恐怖すら感じます。あんな女の茶番に騙されて……」

 テリオスはオーデリアの隣に並んで歩き始めた。

「オーデリア嬢。あなたほど優秀な方が、あんな愚か者のために擦り減る必要はありません。……父上も、兄上の最近の素行には疑問を抱き始めています」

 オーデリアはテリオスの横顔を盗み見た。
 彼は、学園でも秀才として知られている。オーデリアとテリオスは、昔から魔導学や歴史の研究で意見を交わす仲だった。

「テリオス様、あなたは、私が『冷たい義妹』だとは思いませんか?」

「まさか。あなたがパメラ嬢に与えているものは、法的な義務を遥かに超えています。それを『足りない』と喚くのは、ただの強欲です。……そして、それを煽る兄上は、もはや公爵家の次期当主としての資格を疑われるべきだ」

 テリオスの言葉には、確かな熱がこもっていた。

「オーデリア嬢、もし……もしもこの婚約が白紙に戻るとしたら、あなたはどうされますか?」

「そうですわね……。まずは、溜まっていた本をすべて読み尽くしたいわ。それから、父の領地の経営を正式に手伝いたい。……誰かの機嫌を伺うために、自分を殺すのはもう終わりにするの」

「素晴らしい。……それなら、僕も協力させてください」
 テリオスは優しく、しかし意志の強い微笑みを浮かべた。

「兄上とパメラ嬢は、自分たちが何を失おうとしているのか、全く気づいていない。……彼らが絶頂に達した瞬間に、現実という名のどん底へ叩き落としてやりましょう」

 オーデリアとテリオス。学園で最も優秀とされる二人が、静かに手を組んだ。

 一方で、パメラは有頂天だった。
 オーデリアが一人で行動し始めたことを「敗北して逃げ出した」と解釈したのだ。

「やったわ!もうすぐよ。アルバート様は私の虜。このまま卒業まで持ち込めば、公爵夫人の座は私のもの。オーデリアの持ち物も、ドレスも、地位も、全部全部、私のものになるのよ!」

 パメラは、オーデリアから強引に借りた(奪った)宝石を鏡に照らし、醜い欲望を剥き出しにして笑った。

 彼女は知らない。自分が立っているのは、美しく整えられたフィッツ侯爵家の庭園ではなく、オーデリアが仕掛けた「クモの巣」の上だということを。

 そして、運命の卒業パーティー。

 そこが彼らにとっての栄光の終着点であり、同時に地獄の始まりであることを、まだ誰も知らなかった。
______________

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