「義姉が気の毒だ」 は?彼女は泥棒猫の従姉ですわ、婚約者様

恋せよ恋

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獅子たちの盤上

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「……全く。アルバート殿も、パメラも、あの娘が本当に『おとなしく真面目なだけの令嬢』だと信じ込んでいるのかね」

 フィッツ侯爵邸の執務室。レスリー・フィッツ侯爵は、手元の報告書を読み終えると、呆れたように吐息をついた。その視線の先には、息子サミュエルと、バウワー公爵家の次男テリオスが座っている。

「父上、それは無理もありません。オーデリアは完璧ですから。彼女が一度『淑女の仮面』を被れば、その内側に潜む、相手を徹底的に理詰めで追い詰める猛々しい獅子のような気性は、誰にも見えませんよ」

 サミュエルが皮肉げに、しかし誇らしげに肩をすくめた。

 家族は知っている。オーデリアが五歳の時、自分を侮辱した家庭教師を、一切声を荒らげることなく、ただ「あなたが教壇に立つ資格がない理由」を三百の論理的根拠と共に書き連ねて自主退職に追い込んだことを。

「テリオス君。君はいつから、うちの娘の『本性』に気づいていたのかね?」

 レスリーの問いに、テリオスは、どこか遠くを見るような目で微笑んだ。

「初めてお会いした、七年前の夜会です。兄のアルバートが彼女に『公爵夫人は黙って僕に従えばいい』と傲慢な口を叩いた時、オーデリア様は微塵も表情を変えず、ただ優雅に扇を広げました。……しかし、その扇の隙間から見えた瞳が、兄を哀れな獲物として値踏みしていた。あの冷徹で知的な光に、私は心を奪われたのです」

 テリオスは、兄の愚かさを嘆くよりも先に、オーデリアという至宝を兄のような無能に預けておくことの損失を危惧していた。

「あの日から、私は準備を始めました。兄がパメラ嬢という毒を煽り、オーデリア様を蔑ろにし始めた瞬間、私は勝利を確信したのです」

「……君も、なかなかに執念深いな。バウワー公爵閣下は、この件について何と?」

 レスリーが問うと、テリオスの表情が公爵家の次男としての厳しいものに変わった。

「父上――フレデリック公爵は、当初は兄の変節を『若気の至り』と楽観視していました。しかし、私がパメラ嬢の金銭の流れ、そしてクック子爵領の惨状をデータとして突きつけた時、父の顔から色が消えました。……『バウワーの名を汚す者は、血筋であっても許さぬ』。それが父の結論です」

 三人の男たちは、密かに包囲網を完成させていた。

 パメラがオーデリアの宝石を欲しがり、ドレスを強請るたび、フィッツ侯爵家は「記録」を残した。それが「親族としての支援」ではなく、「一方的な略奪」であることを証明するために。

 アルバートがパメラに同情し、オーデリアに説教をするたび、テリオスはそれを「公爵家次期当主としての資質欠如」の証拠として、バウワー公爵に報告し続けた。

「オーデリアが一人で行動し始めたのは、彼女なりの『最後の慈悲』だったのでしょう。自分が身を引くことで、彼らが自ら破滅の穴に落ちるのを待っていた」

 サミュエルが窓の外を見やりながら呟く。
「彼女は優しい。だからこそ、自分を裏切った者に、自分の手で直接手を下すことを避けようとした。……まあ、結局パメラは、オーデリアが最も大切にしている『知識』と『領民への愛』という領域まで踏み荒らそうとして、彼女の逆鱗に触れたわけですが」

「毒草の件か」レスリーが苦々しく言う。

「あの報告を聞いた時、私は初めてパメラを殺そうと思ったよ。だが、オーデリアは私を止めた。『お父様、汚い水に手を浸す必要はありません。泥を好む者は、泥の中で生涯を過ごせばいいのです』とね」

 オーデリアの復讐は、常にエレガントだ。

 彼女は、パメラとアルバートが最も輝いている瞬間――卒業パーティーという舞台を、あえて放置した。

 逃げ場をなくし、衆人環視の中で彼らの化けの皮が剥がれるのを待っていた。

「あの夜のオーデリアは、本当に美しかった」
 テリオスが独り言のように呟く。

「兄上が婚約破棄を叫んだ時、彼女の背筋がさらに数ミリ伸びた。あれは悲しみではなく、ようやく忌々しい鎖から解き放たれた喜びの重力でした。……私はその隣に立つ権利を得るために、今日までバウワー家の実務をすべて奪い取ってきたのです」

「……君のような男を味方につけて、オーデリアも幸せ者だな」
 レスリーが笑う。

「いや、あるいは一番の策士は、君を自分の騎士に選んだオーデリア本人かもしれん」

 三人は、手元のグラスに注がれた最高級のワインを掲げた。
 それは、愚かな道化師たちへの手向けではなく、これから始まる新しい時代への祝杯だった。

 一方、その頃、フィッツ侯爵夫人のカメリアもまた、王妃との秘密のお茶会で優雅に勝利を報告していた。

「……ええ。あの子、パメラには呆れ果てましたわ。私の大切な娘を『冷酷』と呼び、公爵夫人の座を掠め取ろうとするなんて。……王家への献上品からあの子が盗み出したレース、すべて陛下にお返しいたしましたわ。ええ、もちろん『不敬罪』の記録と共に」

 オーデリアが守られていたのは、彼女自身の知力だけではない。

 彼女がひたむきに努力し、誠実に生きてきた結果、周囲の「最強の大人たち」が、彼女の敵を一人残らず殲滅するために動いていたのだ。

「オーデリアが本気で怒れば、一国が傾く。……次は、彼女と共にこの国をより良くする番だ」

 テリオスが立ち上がり、オーデリアが待つサロンへと向かう。
 扉を開けると、そこには分厚い経済学の書物を閉じ、ふっと柔らかな笑みを浮かべる彼女がいた。

「テリオス様。お仕事は終わりましたの?」

「ああ、完璧に。……これからは、僕たちの時間だ」

 獅子たちの盤上は片付けられ、そこには愛と調和に満ちた、新しい日々の記録が刻まれようとしていた。

 ハッピーエンド
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