「地味な女は嫌だ」と仰いましたよね? なら結構、私は王太子妃より外交官になります!

恋せよ恋

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隠しきれないハイスペック

  勝負の日がやってきた。
 王城で行われる『第二次選考・適性試験』。本日のメインイベントは、近隣諸国からの使節団を招いた「模擬晩餐会」だ。

 この試験の目的は、未来の王太子妃としての社交性、マナー、そして何より不測の事態への対応力を見極めることにある。

(今日こそ、私は完璧な『』を演じきってみせる!)

 鏡の前に立つ私は、気合を込めて最終チェックを行う。
 ドレスは流行から三周半は遅れたであろう、主張の欠片もないくすんだモスグリーン。髪型も華やかさを徹底的に削ぎ落とした、事務的なまとめ髪だ。

 これぞ地味の中の頂点、いわば『ベスト・オブ・地味』。我が国が誇る「金の獅子」チャールズ王太子殿下の目には、一輪の雑草……いえ、ただの背景の苔か何かにしか映らないはず。完璧だわ!

 会場となる大広間には、色とりどりの民族衣装を纏った使節団の面々が集まっていた。
 父ギルバート侯爵は、外務大臣として隅の方で厳しい目を光らせている。私と目が合うと、父は「約束を忘れるなよ」とでも言いたげに、わずかに眉を動かした。

 分かっています、お父様!私は今日、この場所で「ただ突っ立っているだけの置物」になるのです。

 ところが――。
 私の「無能化計画」は、開始早々に暗雲が立ち込め始めた。

 まず、準備中の資料コーナーでのことだ。
 フィレンツ語を話す使節団の書記官が、山積みの資料を抱えて困り果てていた。

「(フィレンツ語)……困ったな、あの右側の三冊目の赤いノートを取ってもらえますか?」

 近くにいた私は、考えるよりも先に体が動いた。
 意識の外で「赤いノート」という単語を認識し、流れるような動作で手を伸ばす。

「はい、こちらですね」

「ああ、ありがとう! 助かりましたよ、お嬢さん」

「……あ」

 受け取った書記官が去ってから、私は凍りついた。
 今、私、普通にフィレンツ語に反応してノート渡さなかった?
 冷や汗が背中を伝うが、まだ大丈夫だ。周囲にいたのは下働きの者ばかり。見られていない、はず。きっと!絶対!

 気を取り直して、次は会場の装飾を手伝っているふりをして、適当に過ごそうとした時だ。
 今度はカスティア語を話す装飾担当者が、高い脚立の上で首を傾げていた。

「(カスティア語)上の青い飾りを、もう少し左にずらして結んでください。誰か見てくれないか!」

 まただ。脳が自動的に言語を変換し、私の腕が勝手に「最適解」を求めて動く。

「あ、それならもう少し左です。そう、そこ! そこで結んでください」

「おお、完璧だ! 視界がすっきりしたよ」

「……はっ!」

 またやってしまった。
 私は慌てて口を抑え、周囲を見渡した。幸い、殿下や他の令嬢たちは遠くにいる。セーフ、セーフだと言い聞かせる。

 しかし、不運……あるいは私の明晰すぎる頭脳は止まらない。
 いざ晩餐会が始まると、私の周囲はまさに「言語の地雷原」となった。

 北方エデル語を話す恰幅の良い紳士が、配膳された皿を前に首を傾げている。

「(エデル語)これは、鶏肉ですか? 私は宗教上の理由で酒は飲めないのですが、これは調理に酒を使っていますか? 食べても大丈夫ですか?」

 近くにいた給仕は困惑している。エデル語を解する使用人は少ないのだ。
 見かねた私は、気づけば給仕の肩を叩いていた。

「(エデル語)ご安心を。こちらは蒸した鶏胸肉で、アルコール分は一切含まれておりません。調理にはハーブの蒸留水のみを使用しております」

「(ルミナリア語)……という風に、彼が言っているから伝えてあげて」

 給仕は「さすがセンローラン侯爵家のご令嬢!」と感銘を受けた顔で、テキパキと対応を始めた。
 ……違う。違うのよ。私は「何も分からないフリ」をしなきゃいけないのに!
 焦りが募る私の背後から、今度は大陸共通語で話し合う声が聞こえた。
 伝統衣装に身を包んだ貴婦人が、自分の髪飾りを指している。

「(共通語)この髪飾りは我が一族の伝統的な紋様なのですが。ルミナリアの紋様とよく似ていますが、何か決定的な違いがあるはずなんです。うーん、気になるけれど何かしら?」

 その声に、私の知的好奇心が爆発した。
 気づいた時には、私は彼女の隣に立ち、明快な解説を披露していた。

「(共通語)それは、中央の『星』のカットが異なるからですわ。ルミナリアのものは六角形ですが、貴国のものは八角形にカッティングされています。これは古代の守護神の数に由来しておりまして――」

「まあ! 素晴らしいわ! まさか我が国の歴史にこれほど精通している令嬢がいるなんて!」

 夫人との会話が盛り上がる中、ふと視線を感じて振り返ると、そこにはアメジストの瞳を限界まで見開いたチャールズ殿下がいた。

 そして、その隣には顔を引きつらせた父ギルバートが……。


  極めつけは、晩餐会の終盤。
 少し離れた場所で、他国の民族衣装を着た男性が真っ青な顔で壁にもたれかかっていた。

「(他国語)少し気分が悪くて。……どこか人目につかない、静かに休める場所はないでしょうか?」

 周囲の人間が戸惑う中、私は迷わず歩み寄り、王宮の配置図を脳内に展開した。

「(他国語)こちらへどうぞ。すぐ隣に医療班が待機している休憩室がございます。……(ルミナリア語で王宮事務次官に)そこのあなた! 至急、第三控え室を確保して、医師と冷たい水を用意して。あと、この方の同行者の方にも一報を!」

 テキパキと指示を飛ばす私の姿は、もはや「令嬢」ではなく「現場指揮官」そのものだった。
 指示が一段落し、ふと我に返ると――。

 会場全体が、しんと静まり返っていた。
 他国の使節たちは、私を「ルミナリアの至宝」とでも見るような尊敬の眼差しで見つめている。

 友人であるマーガレットは、ニヤニヤしながら「やるじゃん」と親指を立てている。
 そして大本命のはずのメルローズ様さえも、「あら、私の出番はなさそうね」とでも言いたげに微笑んでいた。

 一番奥で、父ギルバートが深く額を押さえて天を仰いでいるのが見えた。

( あー、フローレンス……。もうダメだ。隠しているつもりだろうが、君の優秀さがバレバレじゃないか。地味なドレスを着ているのに、今の君は会場で一番目立っているよ……。これは、もう、最終選考に残るどころか、確定だろうな……)

 父の心の声が、物理的な音を伴って聞こえてきた気がした。
 私は恐る恐る、チャールズ殿下の方を見た。
 彼は顔を林檎のように真っ赤にし、握り締めた拳を震わせながら、私のことだけを凝視している。

 その瞳に宿っているのは、お茶会の時のような蔑みではない。
 強烈な、あまりにも強烈な熱を帯びた「」だった。

(う、嘘でしょ……。私、完璧に『無能』を演じて、落選を勝ち取るはずだったのに!)

 私の夢である「自由な外交官」への道に、かつてないほどの巨大な暗雲が立ち込めた。
 優秀すぎる自分の頭脳を、これほど恨めしく思った日は、後にも先にもこの日だけである。
___________

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