「地味な女は嫌だ」と仰いましたよね? なら結構、私は王太子妃より外交官になります!

恋せよ恋

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語学の才能が露見する夜会

「若緑の舞踏会」は中盤に差し掛かり、華やかな音楽が会場を包んでいた。
 私はチャールズ殿下からの毒舌攻撃をやり過ごし、ようやく会場の隅で静かな時間を手に入れた……はずだった。

 だが、会場の中央、ひときわ格式高い一角から、何やら不穏な怒鳴り声が響き渡った。
 見れば、今夜の主賓格である商業大国フィレンツの使節団と、北方のエデル王国の使節が、顔を真っ赤にして言い争っているではないか。

「(フィレンツ語)無礼な! 提示された通商条約の条件が、あの日交わした約束と全く違うではないか!」

「(エデル語)何を言っている! 我が国は正当な対価を要求しているだけだ。言葉が通じないのをいいことに、我々を愚弄するつもりか!」

 間に挟まれた王宮通訳官は、あまりの剣幕と、互いに母国語でまくし立てるカオスな状況に完全にパニックに陥っている。周囲の貴族たちは遠巻きに眺めるばかり。言葉の壁は、時に剣よりも鋭い断絶を生む。

(……ああ、もう。見ていられないわ)

 外交官を目指す者として、この状況を放置することは死を意味する。私は無意識に、地味なドレスの裾を翻して人だかりを割って入った。

「(フィレンツ語)失礼いたします、フィレンツの書記官閣下。まずはお心を鎮めてください。先ほどの『約束』とは、三年前の夏季会談での附帯条項のことですね?」

「なっ……! なぜそれを?」

「(エデル語)そしてエデルの特使閣下。貴国が懸念されているのは、港湾の関税率における特例措置の解釈違いではありませんか?」

「な、何者だ、この娘は……」

 私は一瞬、背後にチャールズ殿下が立ち尽くしていることに気づいたが、構わず言葉を繋げた。今ここでまとめなければ、国家間の亀裂になりかねない。

「(大陸共通語)お二人とも、共通語でお話ししましょう。私が双方の主張を整理します。フィレンツ側は『期間』の延長を、エデル側は『範囲』の明確化を求めている。これは対立ではなく、単なる『翻訳の欠落』による誤解ですわ」

 淀みなく、かつ凜とした響きで三つの言語が私の口から飛び出す。
 私は、両国の主張を正確に、そして互いの面子を傷つけないよう慎重に選んだ言葉で通訳し、わずか数分のうちに、一触即発だった空気を見事なまでの「建設的な議論」へと変えてみせた。

「……素晴らしい。まさかこんな若き令嬢が、我が国の古語に近いエデル語まで解するとは」

「我が国の商慣習まで理解している。君は、最高の外交官になれる才能の持ち主だ」

 使節団の面々が感嘆の声を上げ、私に握手を求めてくる。
 ようやく我に返った私は、周囲の静寂に気づいた。ルミナリアの貴族たちが、まるで未知の生き物を見るような目で私を凝視している。

 そして――。
 目の前には、拳を固く握りしめたまま、一言も発せずに立ち尽くすチャールズ殿下がいた。

「……殿下?」

 また「地味な女が目立つな」と怒られるのかと思い、私は身構えた。
 しかし、彼のアメジストの瞳は、これまでに見たことがないほど熱く、激しく揺れていた。

「……フローレンス、お前……」

 殿下の声が震えている。
 彼は私の手を取りたいのか、あるいは抱きしめたいのか、迷うように腕を微かに動かした。その瞳には、私の知らない情熱と、そして圧倒的な「独占欲」の色が混じり合っている。

 彼は、私の地味なドレスなど見ていなかった。
 三ヶ国語を操り、男たちの諍いを一瞬で鎮めた、その鮮やかで、誰よりも知的な私の横顔に――完全に、心を奪われていたのだ。

(まずいわ……。これじゃ『無能な令嬢』どころか、『唯一無二の賢女』に見えちゃったじゃないの! お父様、ヘルプ・ミー!)

 殿下の熱視線から逃げるように、私は深くカーテシーをしてその場を後にした。
 自由への道が、また一歩遠のいた音がした。
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