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チャールズ王子の回想
自室の天蓋付きベッドに倒れ込み、僕は腕で顔を覆った。
脳裏に焼き付いて離れないのは、数時間前の夜会で、三ヶ国語を鮮やかに操り、猛々しい使節たちを黙らせたフローレンスの姿だ。
(……格好良すぎだろう、あんなの)
僕は、幼い頃から「神童」と呼ばれてきた。
剣術、馬術、帝王学。そして語学にしても、大陸共通語にフィレンツ語、カスティア語の主要三ヶ国語は十歳でマスターした。周囲の期待に応えるのは当然だと思っていたし、自分にできないことなどない、と傲慢にも信じていたのだ。
だが、彼女はどうだ。
私が名前すら知らないような北方のエデル語まで完璧に操り、あの大臣のような貫禄で場を支配した。
その横顔の凛々しさ。賢明な瞳。
地味だと思っていたあのラベンダー色のドレスが、知性の光を纏った瞬間、会場の誰よりも、メルローズよりも、眩しく見えた。
同時に、最悪な記憶が蘇る。
出会ったあの日。十二歳の夏。
清楚で、どこか遠くを見つめるような瞳をした彼女をひと目見た瞬間、僕の心臓はうるさいほどに鳴り響いた。
一目惚れだった。
だが、初めて抱く「恋」という感情に、僕はパニックを起こしてしまったのだ。
どう声をかければいいのか分からない。優しくして無視されたらどうしよう。そんな恐怖を隠そうとして口から出たのは、あろうことか「地味な女だな。嫌だな」という最低の暴言。
……死にたい。今すぐルミナリアの土になりたい。
「……はあ」
重い溜息をついて起き上がると、扉がノックもなしに勢いよく開いた。
「チャールズ、まだ起きているかしら?」
入ってきたのは、母上であるエスメラルダ王妃殿下。そしてその後ろには父上である国王陛下、さらには二人の弟たちまで揃い踏みだ。
「……何ですか、夜分に。明日の公務に障ります」
僕が精一杯の虚勢を張ると、母上が哀れみを含んだ溜息をついた。
「チャールズ。あのお茶会の後も、今日の夜会も見ていたけれど……アレじゃ、嫌われるわよ」
「……母上」
「本当だぞ。先ほどの使節たちへの対応、フローレンス嬢は完璧だった。それに引き換え、お前は彼女に『カビが生えそうだ』だったか? アレじゃ、婚約は難しいかもしれんな」
父上までが真顔で追い討ちをかけてくる。
さらに、三歳下の第二王子アルバートが、眼鏡を押し上げながら冷静に指摘した。
「兄上。アレでは、好きになってはもらえませんよ。むしろ、嫌がらせによる精神的苦痛で訴えられても文句は言えません」
「兄上……アレじゃ、嫌われるよ。あんなに素敵なフローレンス様なのに。僕が婚約者になりたいくらいだよ」
五歳下の末っ子セバスチャンまでが、呆れたように首を振る。
家族全員からの「アレじゃ、嫌われる」の四連撃。僕の心は既にボロボロだ。
「分かっている! 分かっているんだ……っ」
僕は膝を突き、絨毯を握りしめた。
「彼女に構いたい一心で、つい口が滑るんだ! 本心では、あのドレスだって『君の瞳の色を際立たせているね』と言いたいし、語学の才能だって『君は僕の誇りだ』と抱きしめたいんだ……っ!」
「「「「…………」」」」
家族の冷ややかな沈黙が痛い。
「言えばいいじゃない、そのまま」
母上の乾いたツッコミが響く。
だが、それができないから「金の獅子」などと呼ばれながら、中身はただのこじらせたガキなのだ。
フローレンス。
君が僕を「嫌な王子」として、一分一秒でも早く視界から消したがっていることだけは、肌で感じて絶望していた。
明日こそ。明日こそは、まともな言葉を。
そう決意しながらも、また彼女を前にすると「その髪型、芋虫みたいだな」なんて口走ってしまう僕を受け入れたくなかった。
___________
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脳裏に焼き付いて離れないのは、数時間前の夜会で、三ヶ国語を鮮やかに操り、猛々しい使節たちを黙らせたフローレンスの姿だ。
(……格好良すぎだろう、あんなの)
僕は、幼い頃から「神童」と呼ばれてきた。
剣術、馬術、帝王学。そして語学にしても、大陸共通語にフィレンツ語、カスティア語の主要三ヶ国語は十歳でマスターした。周囲の期待に応えるのは当然だと思っていたし、自分にできないことなどない、と傲慢にも信じていたのだ。
だが、彼女はどうだ。
私が名前すら知らないような北方のエデル語まで完璧に操り、あの大臣のような貫禄で場を支配した。
その横顔の凛々しさ。賢明な瞳。
地味だと思っていたあのラベンダー色のドレスが、知性の光を纏った瞬間、会場の誰よりも、メルローズよりも、眩しく見えた。
同時に、最悪な記憶が蘇る。
出会ったあの日。十二歳の夏。
清楚で、どこか遠くを見つめるような瞳をした彼女をひと目見た瞬間、僕の心臓はうるさいほどに鳴り響いた。
一目惚れだった。
だが、初めて抱く「恋」という感情に、僕はパニックを起こしてしまったのだ。
どう声をかければいいのか分からない。優しくして無視されたらどうしよう。そんな恐怖を隠そうとして口から出たのは、あろうことか「地味な女だな。嫌だな」という最低の暴言。
……死にたい。今すぐルミナリアの土になりたい。
「……はあ」
重い溜息をついて起き上がると、扉がノックもなしに勢いよく開いた。
「チャールズ、まだ起きているかしら?」
入ってきたのは、母上であるエスメラルダ王妃殿下。そしてその後ろには父上である国王陛下、さらには二人の弟たちまで揃い踏みだ。
「……何ですか、夜分に。明日の公務に障ります」
僕が精一杯の虚勢を張ると、母上が哀れみを含んだ溜息をついた。
「チャールズ。あのお茶会の後も、今日の夜会も見ていたけれど……アレじゃ、嫌われるわよ」
「……母上」
「本当だぞ。先ほどの使節たちへの対応、フローレンス嬢は完璧だった。それに引き換え、お前は彼女に『カビが生えそうだ』だったか? アレじゃ、婚約は難しいかもしれんな」
父上までが真顔で追い討ちをかけてくる。
さらに、三歳下の第二王子アルバートが、眼鏡を押し上げながら冷静に指摘した。
「兄上。アレでは、好きになってはもらえませんよ。むしろ、嫌がらせによる精神的苦痛で訴えられても文句は言えません」
「兄上……アレじゃ、嫌われるよ。あんなに素敵なフローレンス様なのに。僕が婚約者になりたいくらいだよ」
五歳下の末っ子セバスチャンまでが、呆れたように首を振る。
家族全員からの「アレじゃ、嫌われる」の四連撃。僕の心は既にボロボロだ。
「分かっている! 分かっているんだ……っ」
僕は膝を突き、絨毯を握りしめた。
「彼女に構いたい一心で、つい口が滑るんだ! 本心では、あのドレスだって『君の瞳の色を際立たせているね』と言いたいし、語学の才能だって『君は僕の誇りだ』と抱きしめたいんだ……っ!」
「「「「…………」」」」
家族の冷ややかな沈黙が痛い。
「言えばいいじゃない、そのまま」
母上の乾いたツッコミが響く。
だが、それができないから「金の獅子」などと呼ばれながら、中身はただのこじらせたガキなのだ。
フローレンス。
君が僕を「嫌な王子」として、一分一秒でも早く視界から消したがっていることだけは、肌で感じて絶望していた。
明日こそ。明日こそは、まともな言葉を。
そう決意しながらも、また彼女を前にすると「その髪型、芋虫みたいだな」なんて口走ってしまう僕を受け入れたくなかった。
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