「地味な女は嫌だ」と仰いましたよね? なら結構、私は王太子妃より外交官になります!

恋せよ恋

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最終選考前夜の決意

  ルミナリア王立学園の卒業を間近に控え、王都の空気はかつてないほどの緊張感に包まれていた。
 三年前にお茶会から始まった「王太子妃選考」が、ついに最終局面を迎えようとしていたからだ。

 候補者は三人。メルローズ・カークランド公爵令嬢、マーガレット・オマール伯爵令嬢、そして私、フローレンス・センローラン侯爵令嬢。

 明日の夜、建国記念祭の晩餐会において、チャールズ殿下が自ら婚約者の名を告げる。それがこの長い選考の終止符となる。
 私は自室の机に向かい、これまでの「戦歴」を振り返っていた。
 
「……完璧だわ。完璧すぎる」

 私は手元のメモに、自分なりの分析を書き込んでいく。

• 殿下への態度: 会うたびに反論し、可愛げの欠片もない態度を貫徹。
• 殿下からの評価: 「地味」「不気味」「カビが生えそう」等、数々の罵倒をいただくことに成功。
• 周囲の評価: 令嬢たちからは「殿下に嫌われている哀れな女」として認識されている。
• 本命との対比: 隣には常に、美しく完璧なメルローズ様が控えている。

 どこからどう見ても、私が選ばれる道理はない。
 チャールズ殿下は、私を見るたびに苦々しい顔をし、時に顔を赤くして言葉を詰まらせていた。あの不機嫌そうな様子を思い出せば、私が選ばれる可能性は万に一つもないはずだ。

「さあ、仕上げよ。明日の夜、私は人生最大の『落選』を勝ち取るの!」

 私は机の引き出しの奥から、一通の書類を取り出した。
 それは、父ギルバート侯爵との三年前の約束を記した覚書と、既に入学願書を書き終えた「王立外交アカデミー」のパンフレットだ。

「これさえあれば、私は自由になれる。世界中を飛び回り、言葉の壁を越えて国と国を繋ぐ。……王宮の奥で、機嫌の悪い殿下の隣でお飾りになる必要なんてないのよ」

 私は「選ばれないための完璧な作戦」の最終確認に入った。

【作戦その一:視覚的ステルス】

 明日のドレスは、これまでで最も「地味」なものを用意した。
 色は、夜の会場に完全に溶け込む濃紺……と言えば聞こえはいいが、装飾も刺繍も一切ない、まるで修道女の外出着のような簡素なもの。
 宝石も、実家から持ち出した最も小ぶりな、輝きの鈍い石を一つだけ。
 
【作戦その二:徹底した辞退の構え】

 もし、万が一。天変地異が起きて殿下が私を指名しようとしたその瞬間に備え、私は既に五カ国語での「丁重な辞退の言葉」を完璧に暗記している。
 どの言語で問われても、私は「私のような不徳な者は、殿下のお隣には相応しくありません。その席は、真に輝くお方にこそ譲るべきです」と、笑顔で、かつ鋼のような意志を持って答える準備ができている。

【作戦その三:メルローズ様への全幅の信頼】

 メルローズ様は、あの日温室で「私の負けよ」なんて仰っていたけれど、あれはきっと私の実力を試しただけだ。
 彼女ほど王太子妃に相応しい女性はいない。私は彼女が指名された瞬間に、誰よりも早く、心からの拍手を送る練習も終えている。

「ふふ……。これで明日には、私は王太子妃候補のセンローラン侯爵令嬢から、一人の『外交官候補生』に生まれ変わるのね」

 私は窓を開け、夜風に当たった。
 遠くに見える王城の灯りが、今夜はやけに静かに見える。


  だが、その頃。
 王城の自室で、チャールズ殿下もまた、ある「決意」を固めていた。
 
 彼は鏡の前で、三年前から一度も変わることのなかった想いを噛み締めていた。
 自分の不器用な言葉で彼女をどれほど傷つけ、遠ざけてしまったか。
 自分のプライドのせいで、どれほど彼女に「嫌な男」だと思われてしまったか。
 その瞳には悲痛なまでの覚悟が宿っていた。
 
「……フローレンス。君が僕を嫌っていることは分かっている。君が僕の手を取りたくないことも、痛いほど理解している。……だが、それでも」
 
 彼は、机の上に置かれた、金の獅子の紋章が入った婚約指輪を見つめた。
 
「僕は、君以外の誰も、この国母の座に据えるつもりはない。君のその誰よりも賢明な瞳に、一生縛られていたいんだ」
 
 一人は「完璧な逃亡」を。
 一人は「必死の拘束」を。
 
 相反する二つの意志が、建国記念祭の夜に激突しようとしていた。
 
 私はベッドに入り、幸せな外交官としての未来を夢見て、安らかな眠りについた。
 明日、私を待っているのが「ハッピーな落選」ではなく、不器用な王太子による「執念の包囲網」だとは、夢にも思わずに。
___________

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