「地味な女は嫌だ」と仰いましたよね? なら結構、私は王太子妃より外交官になります!

恋せよ恋

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フローレンスの逆襲

  大使館の一角にある面談室。本来は機密事項をやり取りするための防音完備の部屋だが、今は香ばしいバターの香りが漂っていた。
 私は、チャールズ殿下が雨の中から守り抜いたパイを、フォークで一口大に切り分けて口に運ぶ。

「……冷めても美味しいですわね。カスティアのサクサクとした生地は、ルミナリアのものより私の口に合うようです」

「……そうか。それは良かった」

 目の前に座る殿下は、濡れた上着を着替え、温かいハーブティーを啜っている。先ほどまでの情熱的な告白はどこへやら、今は借りてきた猫のように大人しい。

 私はフォークを置くと、ナプキンで口元を拭った。外交官としての「尋問」の時間だ。

「さて、殿下。パイのお礼に、一つ『交渉』の場を設けましょう。私がこれまで ずっと抱いてきた疑問に、誠実にお答えいただけますか?」

 殿下は背筋を正し、覚悟を決めたように私を見つめた。

「ああ。何でも聞いてくれ。今の私に、君に隠し通せることなど何もない」

「では、まず一点目。……なぜ、出会ったあの日から、私を『地味だ』『冴えない』と執拗に仰ったのですか? 私は侯爵家の令嬢として、最低限の礼儀を尽くした装いをしておりました。客観的に見て、そこまで酷評される謂れはないはずです」

 私の問いに、殿下はティーカップを持ったまま凍りついた。
 耳の裏がみるみるうちに赤く染まり、視線が泳ぎ始める。

「……それは……その……」

「殿下?」

「……可愛すぎて、直視できなかったからだ!」

 殿下は、半ば自暴自棄になったように叫んだ。

「あの日、初めて君を見た瞬間、心臓が止まるかと思ったんだ! 清楚で、知性に満ちた瞳。落ち着いた色合いのドレスを着こなす君は、派手なだけの他の令嬢たちとは一線を画していた。……あまりにも眩しくて、正気でいられなかったんだ。だから、君が自分を卑下するように、わざと貶めて……君を私と同じ視線まで引きずり下ろしたかった。そうすれば、少しは私の余裕も取り戻せると思ったんだ!」

「…………」

「……最低だろう。分かっている。自分の器の小ささを認めるのが怖くて、君という輝きを『地味』という言葉で塗り潰そうとしたんだ」

 あまりにも直球すぎる、そしてあまりにも情けない理由に、私は固まった。
 『可愛すぎて、直視できなかった』
 そんな子供じみた理由で、私は「地味な女」というレッテルを貼られ続けたというのか。

「……外交官として言わせていただければ、その戦略は『大失敗』ですわね、殿下」

「……ああ。全くだ」

「ですが。……その失敗を、今ここで認めたことだけは、評価いたします」

 私は、最後の一切れのパイを口に運んだ。
 サクサクとした食感と共に、胸の中にあった最後のわだかまりが、少しずつ甘い香りに溶けていくような気がした。

「次は、あの『カビが生えそう』という発言について、詳細な釈明を求めますわ。よろしいかしら、チャールズ様?」

 私が初めて、役職ではなく名前で呼ぶと、殿下は今度こそ顔全体を真っ赤にして、幸せそうに、そして絶望的に頭を抱えた。

 雨上がりの大使館。
 二人の間の「停戦協定」は、いつの間にか、奇妙で不器用な「対話」へと形を変えていた。
___________

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