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公爵の婚約者、華麗なる再起
昨夜の喧騒が嘘のように、ノータリー侯爵邸の朝食会は静まり返っていた。
普段なら領地の運営や社交の話題で活気に溢れる食卓だが、今朝は銀食器が触れ合う微かな音さえ、重苦しく響く。
ビオレッタは、淡いクリーム色の朝用ドレスに身を包み、背筋を伸ばして席に着いていた。目の下に微かな隈はあるものの、その表情は落ち着いていた。
「……ビオレッタ」
父、セバスチャン侯爵が、絞り出すような声で口を開いた。
「昨日、ステファン・ノースクリフ卿が正式に君との婚約を申し込んできた。……本来なら、ロマリオ殿との一件が片付くまでは控えるべきだが、公爵家からの申し出だ。何より、君の『名誉』を守るには、これ以上の後ろ盾はない」
隣で兄のルイスが、複雑な表情でフォークを置く。
「ビオレッタ。ステファン卿は……遊び人としての浮名が絶えない男だ。もし、君が無理をして自分を犠牲にしようとしているのなら、私はたとえ公爵家相手でも戦う覚悟がある。……あの夜のことは、事故だったと……」
「お兄様、ありがとうございます」
ビオレッタは、ルイスの言葉を遮るように、穏やかに微笑んだ。その瞳には、昨日までの迷いや悲しみは一切残っていない。
「私は、ノースクリフ卿との婚約をお受けしますわ。……自暴自棄になったわけではありません。ただ、奪われたものを取り戻すには、それ相応の力が必要だと悟ったのです」
「奪われたもの」――それは家柄の誇りであり、六年間捧げた献身への報いだ。
ビオレッタは、ステファンという「猛毒」を敢えて飲み干す決意を固めていた。彼に利用されるのではなく、彼を利用してでも、自分を蔑んだ者たちを奈落へ突き落とす。
「……分かった。ビオレッタ、お前がそう決めたのなら、我々家族は全力でお前を支えよう」
父の重みのある言葉に、ビオレッタは深く頷いた。
ステファンがノータリー侯爵邸を訪れ、両親との電撃的な婚約合意を取り付けてから数日。
ビオレッタは自室のソファに身を預け、ボーッと窓の外を眺める時間が増えていた。
あの日、朝日の中で隣に眠る「稀代の遊び人」の姿を見た時の衝撃。そして、恥辱に震えながら逃げ帰った自分を、彼は逃さなかった。あろうことか正面から家を訪れ、両親を言いくるめ、外堀を完璧に埋めてしまったのだ。
「失礼いたします、ビオレッタお嬢様。……ノースクリフ公爵令息がお見えです」
侍女の声に、ビオレッタの肩が跳ねるように揺れた。
逃げたい。けれど、もはや彼は正式な「婚約者」なのだ。
応接間に足を踏み入れると、そこには窓からの陽光を背に、絵画のように美しい男が立っていた。
ステファン・ノースクリフ。
あの夜、自分を壊し、上書きした男。
「……ご機嫌よう、ステファン様」
ビオレッタは精一杯の虚勢を張り、貴婦人の礼を捧げた。だが、伏せた視線の先、彼の一点の曇りもない磨き抜かれた靴が見えるだけで、あの夜の、肌を焼くような熱情が蘇ってしまう。
「顔を上げてくれないか。私の婚約者が、床の絨毯の模様にこれほど熱心だとは知らなかった」
からかうような、低いバリトンの声。
ビオレッタがおずおずと顔を上げると、ステファンは不敵な、それでいてどこか楽しげな微笑を浮かべていた。
__________
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普段なら領地の運営や社交の話題で活気に溢れる食卓だが、今朝は銀食器が触れ合う微かな音さえ、重苦しく響く。
ビオレッタは、淡いクリーム色の朝用ドレスに身を包み、背筋を伸ばして席に着いていた。目の下に微かな隈はあるものの、その表情は落ち着いていた。
「……ビオレッタ」
父、セバスチャン侯爵が、絞り出すような声で口を開いた。
「昨日、ステファン・ノースクリフ卿が正式に君との婚約を申し込んできた。……本来なら、ロマリオ殿との一件が片付くまでは控えるべきだが、公爵家からの申し出だ。何より、君の『名誉』を守るには、これ以上の後ろ盾はない」
隣で兄のルイスが、複雑な表情でフォークを置く。
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「お兄様、ありがとうございます」
ビオレッタは、ルイスの言葉を遮るように、穏やかに微笑んだ。その瞳には、昨日までの迷いや悲しみは一切残っていない。
「私は、ノースクリフ卿との婚約をお受けしますわ。……自暴自棄になったわけではありません。ただ、奪われたものを取り戻すには、それ相応の力が必要だと悟ったのです」
「奪われたもの」――それは家柄の誇りであり、六年間捧げた献身への報いだ。
ビオレッタは、ステファンという「猛毒」を敢えて飲み干す決意を固めていた。彼に利用されるのではなく、彼を利用してでも、自分を蔑んだ者たちを奈落へ突き落とす。
「……分かった。ビオレッタ、お前がそう決めたのなら、我々家族は全力でお前を支えよう」
父の重みのある言葉に、ビオレッタは深く頷いた。
ステファンがノータリー侯爵邸を訪れ、両親との電撃的な婚約合意を取り付けてから数日。
ビオレッタは自室のソファに身を預け、ボーッと窓の外を眺める時間が増えていた。
あの日、朝日の中で隣に眠る「稀代の遊び人」の姿を見た時の衝撃。そして、恥辱に震えながら逃げ帰った自分を、彼は逃さなかった。あろうことか正面から家を訪れ、両親を言いくるめ、外堀を完璧に埋めてしまったのだ。
「失礼いたします、ビオレッタお嬢様。……ノースクリフ公爵令息がお見えです」
侍女の声に、ビオレッタの肩が跳ねるように揺れた。
逃げたい。けれど、もはや彼は正式な「婚約者」なのだ。
応接間に足を踏み入れると、そこには窓からの陽光を背に、絵画のように美しい男が立っていた。
ステファン・ノースクリフ。
あの夜、自分を壊し、上書きした男。
「……ご機嫌よう、ステファン様」
ビオレッタは精一杯の虚勢を張り、貴婦人の礼を捧げた。だが、伏せた視線の先、彼の一点の曇りもない磨き抜かれた靴が見えるだけで、あの夜の、肌を焼くような熱情が蘇ってしまう。
「顔を上げてくれないか。私の婚約者が、床の絨毯の模様にこれほど熱心だとは知らなかった」
からかうような、低いバリトンの声。
ビオレッタがおずおずと顔を上げると、ステファンは不敵な、それでいてどこか楽しげな微笑を浮かべていた。
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