【完結】「それならいっそ、本当に不貞してみる?」〜浮気婚約者に濡れ衣を着せられたので、本物の恋で復讐します〜

恋せよ恋

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反撃のワルツ、愚か者への断罪

  王都で最も格式高いと言われる宝石店『エトワール』。
 その豪奢な店構えの前に、一台の馬車が停まった。漆黒のボディに金糸で刻まれたケイン侯爵家の紋章を目にした瞬間、店主は泡を食って飛び出してきた。

「こ、これはバーナード様! 本日はどのようなご用向きで……」

「婚約者に、これまでの無礼を詫びるための贈り物を。……ああ、元婚約者ピエールからの安物の首飾りは、すべて叩き割って捨てさせたのでね。それに代わる、最高級のものを頼む」

 バーナードは、隣に立つロザリンドの肩を抱き寄せ、店主を射抜くような鋭い視線で告げた。
ロザリンドは、彼の「婚約者」という言葉と、腰に回された腕の強さに心臓が跳ね上がった。

(……バーナード様、演技が本格的すぎますわ!)

 内心で悲鳴を上げつつも、彼女は伯爵令嬢としての気品を保ち、優雅に微笑んだ。

「まあ、バーナード様。あんな石ころのようなもの、気になさらないで。……でも、あなたの選んでくださるものなら、喜んでお受けしますわ」
 
 二人が店内の特別室へと案内された、その時。
 運命の悪戯か、あるいはバーナードが仕組んだ筋書きか。店の隅で、店員に無理難題を押し付けていた一組の男女と鉢合わせた。

「だから! このコレットに相応しい、一番大きなダイヤを出しなさいと言っているのよ! 私は未来の公爵夫人なのよ!?」

「そ、そうだよ! ドリトン公爵家を敵に回すつもりか!」

 喚き散らしていたのは、ピエールとコレットだった。
 二人は、ロザリンドから奪い取る予定に慰謝料という名の横領金を手に、贅沢三昧を楽しもうとしていたらしい。

 だが、バーナードとロザリンドが姿を現した瞬間、二人の顔は一気に引き攣った。

「ロ、ロザリンド……!? なぜお前がここに……。不貞の罪で修道院へ送られる準備でもしているのかと思ったぞ!」

 ピエールが虚勢を張って怒鳴る。その隣で、コレットが勝ち誇ったように鼻で笑った。

「まあ、バーナード様をその気にさせたのですか? 凄いですわね、なりふり構わぬ女の執念って」

 コレットの毒を含んだ言葉。
 並の令嬢なら泣き崩れるような侮辱だが、今のロザリンドには、隣に最強の盾がいる。

「……『なりふり構わぬ女』、ですか。コレット様、それはご自分の鏡を見てから仰る言葉ではなくて?」

 ロザリンドは、扇を優雅に閉じ、凛とした声で返した。

「私の不貞を疑う前に、ご自分の『魔法具の購入履歴』を心配なさった方がよろしいのでは? 筆跡を模倣する禁制品を、男爵領の裏ルートで購入された記録……。バーナード様の調査能力を、甘く見すぎではありませんこと?」

「なっ……!?」

 コレットの顔から一気に血の気が引いた。

「何を馬鹿なことを! コレットがそんなことをするはずが……」

「黙れ、無能ピエール

 バーナードの声が、ナイフのように空気を切り裂いた。
 彼はピエールを一瞥もせず、店主に命じた。

「この店で最も価値のある、あの『蒼氷の涙』を持ってこい。……ああ、それから。そこの下品な男爵家庶子コレットが触れようとした石はすべて不浄だ。まとめて買い取ってやるから、今すぐ裏で叩き割っておけ。代金はケイン侯爵家が持つ」

「は、はいいっ!!」

 店主は、現職の公爵令息であるピエールよりも、今まさに魔王のような威圧感を放つバーナード侯爵令息の命に従った。

 コレットが欲しがっていたダイヤが、目の前で無造作に箱に詰められ、「廃棄品」として運び去られていく。

「な、何を……! 僕は公爵家の跡継ぎだぞ! バーナード、貴様、正気か!?」

「跡継ぎ? ……ああ、まだ聞いていなかったのか。君の父親である公爵閣下には、今朝、私から直々に『報告』を入れさせてもらった。君が私の名を騙り、不当に不貞の証拠を捏造したこと。そして、王家への侮辱罪に当たる虚偽の申し立てを行ったこと。……今頃、君の廃嫡の手続きが始まっているはずだ」

「……え?」

 ピエールの膝が、目に見えてガクガクと震え始めた。

「そ、そんな……父上が僕を見捨てるはずがない……!」

「愛想を尽かされたのよ、ピエール」

 ロザリンドは、哀れみすらこもらない冷徹な瞳で彼を見つめた。

「あなたは私を捨てたつもりでしょうけれど、実際に捨てられたのは、あなたの方よ。……さようなら、元婚約者様。これからは、その素晴らしい『独創性』を活かして、の中で物語でも綴ってはいかが?」

「ひいっ……! あ、ああああ!」

 絶叫して店を飛び出そうとしたピエールだったが、入り口にはすでにケイン侯爵家の私兵たちが立ち塞がっていた。
 コレットも、あまりの事態に腰を抜かし、床にへたり込んで震えている。

「連れて行け。……あとは法廷で会おう」
 
 バーナードの短い命令で、かつての婚約者たちは引きずられるように連行されていった。静まり返った店内に、バーナードは満足げに頷くと、ロザリンドに向き直った。

「……さて。邪魔者が消えたところで、本当の『贈り物』を選ぼうか。ロザリンド」

 彼は、店主が震える手で持ってきた深海のような青色のサファイアを手に取ると、それをロザリンドの細い首筋に宛てた。
 冷たい石の感触。そして、それを支えるバーナードの指の、熱い感触。

「……バーナード様。これ、本当に演技……ですのよね?」

 ロザリンドが微かに震える声で尋ねると、バーナードは彼女の耳元に唇を寄せた。

「さあ、どうかな。……少なくとも、私は一度も『演技だ』とは言っていないつもりだが?」

「え……」

「君を救うのは、私の義務だ。……そして、君を私のものにするのは、私の『夢』だと言ったら、君はどうする?」

 ロザリンドは、あまりに強烈な彼の熱視線に、もはや言い返す言葉も見つからなかった。
 ピエールへの復讐は、完膚なきまでに果たされた。
 けれど、彼女の本当の波乱は――この「氷の侯爵」の執着という名の熱い檻の中で、今まさに始まったばかりだったのだ。
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