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番外編
鏡の中の亡霊〜エリザベスの手記より〜
ハンプトン侯爵邸の、誰にも開かれることのない隠し棚に一冊の日記がある。それは、マリーローズが帝国へ去った後、完全に正気を失う直前のエリザベス・ハンプトンが、書き遺した「罪の告白」であった。
---------------------------
今日、マリーローズがまた私を冷たい瞳で見た。
あの子の瞳は、紫色の宝石のように美しい。けれど、その輝きが鋭ければ鋭いほど、私の胸はナイフで抉られるような痛みに襲われる。
あの子は、私が愛し、そして私を裏切ったダニエルの高潔な部分を、すべて抜き出したかのような子供だ。あの子を見ていると、自分の至らなさ、醜さ、そして夫に「愛されていないのではないか」という不安が、鏡のように突きつけられる。
一方で、ジュリエットはどうだろう。
あの子の茶色の髪、柔らかな笑顔、そして私に縋り付いてくる幼い仕草。あの子は私に似ている。いいえ、「私になりたがっている」のだわ。私という欠けた器を、あの子の甘い言葉が埋めてくれる。あの子を抱きしめている時だけ、私は自分が「完璧な母親」であると錯覚できる。
ロザリン(ジュリエットの実母)が私に言った言葉が、耳の奥で鳴り止まない。
『エリザベス、あなたは本物には愛されない。本物はあなたを裁く。けれど偽物は、あなたを全肯定してくれるわ』
ああ、恐ろしい。私は、自分の娘が自分を追い越していくのが怖いのだわ。
マリーローズが五歳の時、彼女は私に言った。
『お母様、刺繍の糸が絡まっていますわ。私が直して差し上げましょうか?』
その時の、あの子の慈悲に満ちた顔。五歳の子供に憐れまれたのだと、私は屈辱で震えた。なぜ「お母様、教えてください」と泣きつかないのか。なぜ、私より上手くこなしてしまうのか。
だから私は、あの子を「可愛げがない」と定義した。
そうしなければ、私という人間が、あの子の完璧さの影に隠れて消えてしまいそうだったから。
ジュリエットがマリーローズのドレスを汚した時、私は心の中で喝采を叫んだ。
汚れ一つないあの子の人生を、泥で汚してやりたかった。
泣き叫ぶジュリエットを抱き寄せながら、毅然と立ち尽くすマリーローズを見た時、私は確信した。
この子は、私がいなくても生きていける。
なら、私を必要としてくれるジュリエットに、すべてを与えて何が悪いというの?
……けれど、夜、一人で眠る時、夢を見る。
銀色の髪の少女が、遠い異国で、私など一度も振り返らずに笑っている夢を。
その時、私は猛烈な孤独に襲われる。
私が捨てたのは、マリーローズではない。私自身の、唯一の誇りだったのではないか。
最近、鏡を見ると、自分の顔がひび割れているように見える。
ジュリエットが笑うたび、私の精神が少しずつ削り取られていく。あの子は私を愛しているのではない。私という「地位」と「後ろ盾」を愛しているのだと、心の奥底では気づいている。
それでも、私はもう、マリーローズの元へは帰れない。
マリーローズ、あの子を泥棒に仕立て上げる計画を立てた。これで、あの子は二度とハンプトンの名を名乗れなくなる。
そうすれば、あの子は私の足元に膝をつき、「お母様、助けて」と泣いてくれるだろうか?もし、あの子が泣いてくれたなら。私はすべてを許して、あの子を抱きしめてあげよう。
……いいえ。あの子は泣かない。
あの子はきっと、あの紫の瞳で、私を永遠に軽蔑する。それでいい。それでいいのよ。軽蔑しなさい、マリーローズ。私を憎みなさい。
そうして、私という腐った土壌から離れて、誰も届かない高みへ咲きなさい。これが、私にできる唯一の「教育」なのだから。
---------------------------
日記の最後は、支離滅裂な線と、血の混じった涙の跡で汚れていた。
エリザベス・ハンプトンは、娘を愛さなかったのではない。己の劣等感という怪物に、愛を食い尽くされた哀れな女に過ぎなかった。
帝国の大公妃となったマリーローズが、後年、この日記を手にし、暖炉へ投げ入れた。
「……お母様。あなたの愛など、今の私には、もう重すぎるだけですわ」
燃え盛る炎の中に、王国の狂気は吸い込まれていった。
マリーローズの横では、リュシアンが彼女の肩を抱き、温かな静寂が部屋を満たしていた。
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今日、マリーローズがまた私を冷たい瞳で見た。
あの子の瞳は、紫色の宝石のように美しい。けれど、その輝きが鋭ければ鋭いほど、私の胸はナイフで抉られるような痛みに襲われる。
あの子は、私が愛し、そして私を裏切ったダニエルの高潔な部分を、すべて抜き出したかのような子供だ。あの子を見ていると、自分の至らなさ、醜さ、そして夫に「愛されていないのではないか」という不安が、鏡のように突きつけられる。
一方で、ジュリエットはどうだろう。
あの子の茶色の髪、柔らかな笑顔、そして私に縋り付いてくる幼い仕草。あの子は私に似ている。いいえ、「私になりたがっている」のだわ。私という欠けた器を、あの子の甘い言葉が埋めてくれる。あの子を抱きしめている時だけ、私は自分が「完璧な母親」であると錯覚できる。
ロザリン(ジュリエットの実母)が私に言った言葉が、耳の奥で鳴り止まない。
『エリザベス、あなたは本物には愛されない。本物はあなたを裁く。けれど偽物は、あなたを全肯定してくれるわ』
ああ、恐ろしい。私は、自分の娘が自分を追い越していくのが怖いのだわ。
マリーローズが五歳の時、彼女は私に言った。
『お母様、刺繍の糸が絡まっていますわ。私が直して差し上げましょうか?』
その時の、あの子の慈悲に満ちた顔。五歳の子供に憐れまれたのだと、私は屈辱で震えた。なぜ「お母様、教えてください」と泣きつかないのか。なぜ、私より上手くこなしてしまうのか。
だから私は、あの子を「可愛げがない」と定義した。
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なら、私を必要としてくれるジュリエットに、すべてを与えて何が悪いというの?
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私が捨てたのは、マリーローズではない。私自身の、唯一の誇りだったのではないか。
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それでも、私はもう、マリーローズの元へは帰れない。
マリーローズ、あの子を泥棒に仕立て上げる計画を立てた。これで、あの子は二度とハンプトンの名を名乗れなくなる。
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……いいえ。あの子は泣かない。
あの子はきっと、あの紫の瞳で、私を永遠に軽蔑する。それでいい。それでいいのよ。軽蔑しなさい、マリーローズ。私を憎みなさい。
そうして、私という腐った土壌から離れて、誰も届かない高みへ咲きなさい。これが、私にできる唯一の「教育」なのだから。
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燃え盛る炎の中に、王国の狂気は吸い込まれていった。
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