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品評会への反逆
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アナスタシアの視線が、ローワン学長と、学園の淑女教育担当――ジャネット・ガチノー伯爵夫人へと静かに向けられた。
その動きにつられるように、謁見の間の視線も二人へと集束していく。
王が。王妃が。王太子が。
重臣と官僚たちですら――息を呑み、アナスタシアの次の一言を待った。
「お二人にも、お聞きしたいですわ」
優雅な声でありながら、ぞくりとする静かな圧がある。
「教育者とは、“学生の守護者”ですわよね? ……ですが、どうやら違ったようです。失望いたしましたわ。本当に……悲しくて、泣いてしまいそうです」
儚げに伏せられた睫毛。傷ついた少女のように見える――しかし、誰もが気づいていた。そこには、刃がある。
「わたくし、とても裏切られた気持ちですの。ですから――お二人にも、同じ心境を味わっていただきたいのです。……もちろん、よろしゅうございますわね?」
問いかけの形を取ってはいるが、許可を求めているわけではない。
絶対的な主導権は、完全に少女の掌の中にあった。
次に、アナスタシアはローワン学長を真正面から見据えた。
「ローワン卿――あえて、そうお呼びいたします。“賢者”と称される王国随一の知識人が、このような人権を無視した醜悪な場を、黙って眺めていらっしゃるとは。忖度なく申し上げますわね……わたくし、深く失望いたしました」
その瞬間、空気を破るように声が上がった。
「き、君、失礼だろう! ローワン卿は我が王国の宝だぞ!」
ローワン卿を深く尊敬する財務大臣ジョセフが、顔を紅潮させて立ち上がる。
「いくら君でも、許されない発言だ!」
アナスタシアはゆっくりとジョセフへ視線を移し、にこりと微笑んだ。
「あら?……そんなに大声を出されて。ご心配なさらなくても、まだ“あなたの番”ではございませんわよ?それとも――先にあなた様を“片づけて”差し上げたほうがよろしいかしら、ジョセフ・ウィンデサー財務大臣?」
そしてアナスタシアは、抑揚の欠片もなく“情報”を誦じ始めた。その声音は、つい先ほど自分たちが晒された“品評”を完璧に模した、冷たい事務口調。
「ウィンデサー侯爵家当主、四十歳。王立学園 S クラス卒業。容姿は美麗。紳士教育評価 A。学園卒業後、財務補佐官、財務主任補佐官を経て、三十歳で父の後任として財務大臣ご就任、在任十年目。――にもかかわらず、大臣就任以降、国民生活は緩やかに悪化。物価は上昇、賃金は下降。」
淡々と告げるその声が、一層の冷たさを帯びる。
「ちなみに、先日処罰を受けて退任なさった前ノーマン学園長のご在任中には、成績に“下駄を履かせていただいた”そうで……実際の学業成績は――B クラス。」
ざわり、と空気が波打つ。
アナスタシアは何の表情も浮かべずに視線を向ける。その静かな一瞥だけで、数名の閣僚の肩が跳ねた。彼らの表情から血の色が消え、まるで“自分が品評される番になった”と悟ったかのように青ざめた顔が並ぶ。誰ひとり、息をする音さえ立てられない。
「さらに後継のご子息――侍女数名への暴行で訴えられるも、父の権力で握りつぶした。部下の補佐官や侍従への威圧行為や暴挙は日常茶飯事。人格評価は……そうですわね、“自己肯定感と虚栄心だけは一人前の無能の小物。」
ジョセフ・ウィンデサー財務大臣は、アナスタシアの言葉を浴びた瞬間、何かに頭を殴られたように目を見開き――次の瞬間には、声も上げられず椅子へと崩れ落ちていた。頬から血の気が引き、口元が微かに痙攣している。
アナスタシアは、涼しい顔のまま、微笑をほんの少しだけ深めた。
「――さて。ご自分が“評価される側”に回ったお気持ちは、いかがかしら?無能は無能なりに、せめて邪魔にならないよう努めることですわ。……でなければ、排除したくなってしまいますもの。」
もはや王太子妃選考の場は、選ぶ側ではなく“選ばれる側”を試す場へと姿を変えつつあった。
◇◇◇
時を同じくして、ローゼンタール王国――トルドー公爵家へ帰国したライナスは、母カトリーヌからの手紙を読み、その場で表情を固くした。
「王太子妃選考会だと……。結局、また誰かに横から掻っ攫われるのを、指を咥えて見ていることしかできないのかっ!」
ギリ、と噛み締めた唇が切れ、赤い血が滲む。身体中の血がアナスタシアを求めて逆巻いているというのに、自分にはどうにもできない――そのどうしようもない無力感に、怒りも焦燥もぶつける場所が見つからなかった。
母の手紙に記された一文――『アナスタシアは所有物ではなく、一人の女性よ』。
その言葉は、鋼のように固まっていたライナスの胸に静かに沈んでいった。
ライナスも分かっている。アナスタシアの相手はローザリア王国の王位継承者――シリル・ローザリア王太子。
大国ローゼンタールの筆頭公爵家であるトルドー公爵家次期当主という並外れた立場をもってしても、他国の王太子という“国家の象徴”を相手に勝敗を競うなど、本来なら話にもならない。
権力で何かを動かそうとしても、王家という絶対的な序列の前では意味をなさない。――勝ち目は、ほとんどない。いや、まったくないのか……。分かっている。思い知らされている。それでも。
アナスタシアを想う気持ちは、諦め方を知らなかった。
(ならば……せめて。奪うのではなく、誠実に。彼女が選んでも恥ずかしくない男にならねばならない。)
次期公爵家当主としてのプライドではなく、一人の男として――アナスタシアの隣に立つに足る男へ。
そしていつの日か。彼女の選んだ道が、もし自分と交わる奇跡が訪れるのなら――その時こそ、もう一度、告白しよう。たとえ何年先になろうとも。もし、その時にまだ間に合うのなら……。
________________
アナスタシアの無双は、ここからさらに冴え渡ります。
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その動きにつられるように、謁見の間の視線も二人へと集束していく。
王が。王妃が。王太子が。
重臣と官僚たちですら――息を呑み、アナスタシアの次の一言を待った。
「お二人にも、お聞きしたいですわ」
優雅な声でありながら、ぞくりとする静かな圧がある。
「教育者とは、“学生の守護者”ですわよね? ……ですが、どうやら違ったようです。失望いたしましたわ。本当に……悲しくて、泣いてしまいそうです」
儚げに伏せられた睫毛。傷ついた少女のように見える――しかし、誰もが気づいていた。そこには、刃がある。
「わたくし、とても裏切られた気持ちですの。ですから――お二人にも、同じ心境を味わっていただきたいのです。……もちろん、よろしゅうございますわね?」
問いかけの形を取ってはいるが、許可を求めているわけではない。
絶対的な主導権は、完全に少女の掌の中にあった。
次に、アナスタシアはローワン学長を真正面から見据えた。
「ローワン卿――あえて、そうお呼びいたします。“賢者”と称される王国随一の知識人が、このような人権を無視した醜悪な場を、黙って眺めていらっしゃるとは。忖度なく申し上げますわね……わたくし、深く失望いたしました」
その瞬間、空気を破るように声が上がった。
「き、君、失礼だろう! ローワン卿は我が王国の宝だぞ!」
ローワン卿を深く尊敬する財務大臣ジョセフが、顔を紅潮させて立ち上がる。
「いくら君でも、許されない発言だ!」
アナスタシアはゆっくりとジョセフへ視線を移し、にこりと微笑んだ。
「あら?……そんなに大声を出されて。ご心配なさらなくても、まだ“あなたの番”ではございませんわよ?それとも――先にあなた様を“片づけて”差し上げたほうがよろしいかしら、ジョセフ・ウィンデサー財務大臣?」
そしてアナスタシアは、抑揚の欠片もなく“情報”を誦じ始めた。その声音は、つい先ほど自分たちが晒された“品評”を完璧に模した、冷たい事務口調。
「ウィンデサー侯爵家当主、四十歳。王立学園 S クラス卒業。容姿は美麗。紳士教育評価 A。学園卒業後、財務補佐官、財務主任補佐官を経て、三十歳で父の後任として財務大臣ご就任、在任十年目。――にもかかわらず、大臣就任以降、国民生活は緩やかに悪化。物価は上昇、賃金は下降。」
淡々と告げるその声が、一層の冷たさを帯びる。
「ちなみに、先日処罰を受けて退任なさった前ノーマン学園長のご在任中には、成績に“下駄を履かせていただいた”そうで……実際の学業成績は――B クラス。」
ざわり、と空気が波打つ。
アナスタシアは何の表情も浮かべずに視線を向ける。その静かな一瞥だけで、数名の閣僚の肩が跳ねた。彼らの表情から血の色が消え、まるで“自分が品評される番になった”と悟ったかのように青ざめた顔が並ぶ。誰ひとり、息をする音さえ立てられない。
「さらに後継のご子息――侍女数名への暴行で訴えられるも、父の権力で握りつぶした。部下の補佐官や侍従への威圧行為や暴挙は日常茶飯事。人格評価は……そうですわね、“自己肯定感と虚栄心だけは一人前の無能の小物。」
ジョセフ・ウィンデサー財務大臣は、アナスタシアの言葉を浴びた瞬間、何かに頭を殴られたように目を見開き――次の瞬間には、声も上げられず椅子へと崩れ落ちていた。頬から血の気が引き、口元が微かに痙攣している。
アナスタシアは、涼しい顔のまま、微笑をほんの少しだけ深めた。
「――さて。ご自分が“評価される側”に回ったお気持ちは、いかがかしら?無能は無能なりに、せめて邪魔にならないよう努めることですわ。……でなければ、排除したくなってしまいますもの。」
もはや王太子妃選考の場は、選ぶ側ではなく“選ばれる側”を試す場へと姿を変えつつあった。
◇◇◇
時を同じくして、ローゼンタール王国――トルドー公爵家へ帰国したライナスは、母カトリーヌからの手紙を読み、その場で表情を固くした。
「王太子妃選考会だと……。結局、また誰かに横から掻っ攫われるのを、指を咥えて見ていることしかできないのかっ!」
ギリ、と噛み締めた唇が切れ、赤い血が滲む。身体中の血がアナスタシアを求めて逆巻いているというのに、自分にはどうにもできない――そのどうしようもない無力感に、怒りも焦燥もぶつける場所が見つからなかった。
母の手紙に記された一文――『アナスタシアは所有物ではなく、一人の女性よ』。
その言葉は、鋼のように固まっていたライナスの胸に静かに沈んでいった。
ライナスも分かっている。アナスタシアの相手はローザリア王国の王位継承者――シリル・ローザリア王太子。
大国ローゼンタールの筆頭公爵家であるトルドー公爵家次期当主という並外れた立場をもってしても、他国の王太子という“国家の象徴”を相手に勝敗を競うなど、本来なら話にもならない。
権力で何かを動かそうとしても、王家という絶対的な序列の前では意味をなさない。――勝ち目は、ほとんどない。いや、まったくないのか……。分かっている。思い知らされている。それでも。
アナスタシアを想う気持ちは、諦め方を知らなかった。
(ならば……せめて。奪うのではなく、誠実に。彼女が選んでも恥ずかしくない男にならねばならない。)
次期公爵家当主としてのプライドではなく、一人の男として――アナスタシアの隣に立つに足る男へ。
そしていつの日か。彼女の選んだ道が、もし自分と交わる奇跡が訪れるのなら――その時こそ、もう一度、告白しよう。たとえ何年先になろうとも。もし、その時にまだ間に合うのなら……。
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