【完結】王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

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違約は、静かに成立する

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 晩餐の翌日。

 王宮では、いつもと変わらぬ朝が始まった。
 官僚たちは書類を運び、侍女たちは足音を殺して回廊を行き交う。

 誰もが口を揃えて言った。

「無事に終わりましたな」
「さすがは、ヴェルデン公爵令嬢。聡明で、場を乱さぬ」
「王家の安定は、これで盤石でしょう」

 ――王家は、そう思った。

 実際、何も起きていない。
 公式記録にも、問題発言はない。
 晩餐は「和やかに終了」と記される。

 ただひとつ。

 婚約書の再確認という名目で、法務局に回された書類があった。

 そこには、アナスタシアの条件が、淡々と明記されている。

 ――「王家は、婚約に影響し得る全情報を、故意または過失を問わず、開示する義務を負う」

 誰も、今は深く考えなかった。

「形式的な文言だ」
「賢い令嬢らしい保身だろう」

 だが、その一文は――後に“側妃制度そのもの”を違約対象に含め得る鍵だった。




 一方、世論はーー

 新聞や社交界では、奇妙な評価が広がっていく。

「王太子妃は、感情的にならない方ですって」
「場を荒立てず、確認だけなさったのが立派」
「女の戦い方を知っている」

 称賛の矛先は、いつの間にか“王家の采配”ではなく、“アナスタシアの理性”に向いていた。

 比較される。

―かつての王家主導の婚約。
―現在の、条件付きの同意。

 人々は、まだ気づいていない。だが、問い始めている。

「王家は、本当に、すべてを誠実に扱っているのか?」




 シリルだけが、その夜も眠れずにいた。

 晩餐の席での、あの一言。

「“知らなかった”という弁明は、なさらないで」

 あれは、王家への言葉ではない。自分への、最後の線引きだった。

(僕は……守ろうとした)

 そう言い訳することさえ、もうできない。

 守るつもりで動いた。だが、確認せず、疑わず、「大丈夫だ」と信じて進めた。

 その“善意”が、彼女から選択権を奪っていたことに――あの瞬間、はっきりと気づいてしまった。

(彼女は、僕に期待していなかったんじゃない)

 期待していたからこそ、黙っていた。それが、何より残酷だった。




 そして、アナスタシア。

 彼女は、翌日も変わらず婚約準備を進めていた。
 微笑み。書類。日程調整。何ひとつ、変わらない。
 だが、彼女の内側では、すべてが整理されている。

(逃げ道は確保しましたわ。攻撃の準備も、同時に)

 誰も気づいていない。

 彼女が、「王太子妃になること」を選んだのではなく、「王家を縛れる立場」を選んだことに。

 晩餐で刃は抜かれた。たった一度。

 だが――

 もう、引き返せる者はいない。

 王家は「安定」を語り続ける。
 その言葉が、いつから自分たちの首を絞め始めているのかも知らずに。

 ――盤は、すでに伏せられている。
 そして次に表へ出るとき、それは「勝負」ではなく、裁定になる。

 王宮法務局の会議室は、静かだった。

 机に並ぶのは、婚約関連文書の写し。
 その中央に置かれた一枚に、王妃セザンヌは指先を止めた。

「……この条文」

 誰もが顔を上げる。

「“婚約に影響し得る全情報の開示義務”――これは、通常の慣例文ですか?」

 老練な法務官が、慎重に答えた。

「いいえ、陛下。通常は“重要事項”と限定されます。この文言は……かなり、広い」

 セザンヌは、ゆっくりと視線を落とす。

「“故意または過失を問わず”……」

 その言葉を、反芻するように口にした。

「つまり、王家が“問題にならないと判断した情報”も、後から“影響し得る”と評価されれば」

 沈黙。

 若い法務官が、喉を鳴らした。

「……違約、となります」

 セザンヌは、そこで初めて息を吐いた。

(この子は……“守り”ではなく、“枠”を作った)

 逃げるための条文ではない。王家を縛るための文言だ。

「側妃制度は?」

 誰も即答できなかった。

「……将来の婚姻関係に影響し得る、と解釈されます」

 その瞬間。

 王妃は、はっきりと理解した。

(アナスタシアは、知らなかったのではない――“見越していた”)




 その日の午後。セザンヌ王妃は、アナスタシアの提出書類を確認していた。

 すべてが、完璧だった。期限、形式、文書――一分の隙もない。

 だが。

(感情が……書かれていない)

 婚約を受ける令嬢の文面に、通常含まれる“期待”や“喜び”が、ない。あるのは、条件と確認だけ。

 王妃は、侍女を下がらせ、ひとり呟いた。

「……盤を伏せたのね」

 誰に言うでもなく。それは、女同士だからこそ分かる違和感だった。





 同じ頃。側妃教育の講義室で、事件は起きた。

「側妃は、王太子妃を補佐し、感情を抑え、私情を交えぬことが求められます」

 講師の声に、コーデリアは静かに頷いた。姿勢も、礼も、完璧。

 だが。

「では、王太子妃の指示が不当だと感じた場合は?」

 問われた瞬間、コーデリアは、ほんの一拍、間を置いた。

「――記録を残し、命令通りに行動いたします」

 教室が、ざわめく。

「“抗議”ではないのですか?」

 講師が眉をひそめる。

 コーデリアは、微笑んだまま答えた。

「命令は遂行いたします。ですが、判断は、後世に委ねます」

 その言葉は、従順でありながら、完全に従っていなかった。

 講師の顔が、青ざめる。

(この子は……駒にならない)

 その日、報告書にはこう記された。

――「コーデリア公爵令嬢、形式的服従を示すも、内心の同意は確認できず」

 それを読んだ王妃セザンヌは、目を閉じた。

(間に合わなかった)

 王家は、二人の令嬢を“同時に敵に回した”。

 しかも、誰一人として、反旗を翻していない。

 だからこそ――止めようがなかった。
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📣 連載中、明日23日、完結!
【浮気男だと思ってた同期の騎士が実は一途でした】
⚔️じれじれ × 💞すれ違い × 騎士団恋愛譚
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