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王太子の決断
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フレイ男爵家に臣籍降下していたエドワード元第一王子は、冷害に強い小麦の品種改良に成功し、ローザリア王国の備蓄穀物対策に大きく貢献した。これにより、ハンブルク公爵位の叙爵が現実味を帯びてきた。
その折、エドワードはヴェルデン公爵家を訪れた。かつての自分の愚かさを詫び、今では客観的に行動を振り返れると語る。
「アナスタシア、君は大丈夫かい? 僕は、君の努力に背を向けた。どれほど酷い行為だったか、今ならよくわかる」
その言葉に、アナスタシアの胸はひりついた。怒りではなく、言いようのない切なさが、胸を締めつける。たった二年で、かつての愚かな青年は大人としての落ち着きと誠実さを手にしていた。
「もし、君が今の立場から逃げたいと思うなら、僕は全力で手助けするよ。それが、僕のできる償いだと思うから」
エドワードは、初めて会った頃のような、柔らかく少しイタズラめいた笑みを浮かべた。
アナスタシアはその笑顔を見つめ、胸の奥でかすかな揺らぎを覚えた。
(……けれど、もう戻れない過去だわ。エドワード様は、わたくしではない方を選ばれたのだから)
泣きたいほどの切なさを覚えたが、涙を零すことはできない。王家の理不尽に立ち向かう者として、泣く暇も許されないのだ。
(それでも、少しだけ……心が、温かくなった)
幼い頃、尊敬と憧れの眼差しで見ていた少年が、今では大人として、自分を気遣い、今は、背を向けずに立ってくれている。その事実だけが、胸を静かに満たす。
アナスタシアは、深く息を吸い、微笑むしかなかった。――心の奥で切なさと安堵が交差する。だが、表には、冷静な令嬢の顔しか見せない。
彼女の中で、二つの感情がせめぎ合っていた。守ってくれる人がいる安心と、王家に抗う孤独。そのすべてを抱え込みながらも、アナスタシアは、静かに立ち上がる覚悟を固めた。
アナスタシアは深く息を吐き、紅茶に手を伸ばす。その手はわずかに震えていたが、瞳には揺るぎない覚悟が宿っていた。
「……ありがとうございます。でも、わたくしの決めた道は変わりません」
エドワードは眉をひそめ、少し驚いた様子で見つめる。
「君が……本当に、やりたいことは何だい?」
アナスタシアは微笑む。しかし、その笑みには喜びも甘えもない。
「わたくしは、王家の婚姻の駒として利用されることは、もう拒みます。だから、シリル殿下の婚約者候補からは降ります……」
沈黙が訪れる。紅茶の湯気だけが、二人の間を淡く漂う。
エドワードは静かに息を吐き、目を細めた。
「……そうか。わかった。君がそう決めるのなら、僕は何も言えない」
しかし、わずかに肩の力を抜いた笑みが、切なさと安堵を同時に伝える。
「君が自分で決めたことだ。僕が口を出すべきじゃないな。でも……それでも、今の君を応援したいと思う気持ちは本当だ」
アナスタシアの胸に、温かさと同時に、孤独も広がる。
(わかってくれる人はいる。でも、わたくしの戦いは、わたくし自身のもの)
紅茶の香りに混ざって、静かに心を満たす感情――切なさ、尊敬、そして少しの安堵。
涙は流れない。けれど、心は確かに震えていた。
「ありがとう、エドワード様。……これで、わたくしは自信を持って前へ進めます」
エドワードは微かに笑み、懐かしい初対面の頃を思い出すように、軽く頭を下げた。
その姿を見つめ、アナスタシアは心の中で呟く。
(もう、後戻りはできない。けれど、わたくしは間違ってない)
二人のあいだには、言葉を交わさずとも通じ合う想いが芽生えていた。
過去の裏切りも、理不尽も、怒りも、悔しさも――すべて抱えながら、アナスタシアは前に進む。
そして、心の奥に静かに灯る光は――自分自身のための光だった。
(わたくしは、もう誰かの“駒”ではない)
胸に刻んだ決意は揺るがない。だが、自由になったからといって、気持ちは軽くならなかった。むしろ、責任が増したような重さを感じる。
自分で選んだ道――その重みは、誰かに助けてもらうわけにはいかない。
学園でのシリル王太子とコーデリアの距離は、以前よりも確実に近づいていた。シリルの視線は、コーデリアに優しく、時折気遣うように向けられている。
「シリル殿下……少し、お疲れではありませんか?」
剣術の後、汗を拭うコーデリアが穏やかに尋ねる。
シリルは答えを返す前に、ふと視線を下ろす。
(……ちょっとした気遣いを嬉しく感じてしまう)
転びそうになった彼女を支えたあの瞬間から、自分の心が揺れていることを、彼自身も認めざるを得なかった。初恋の相手アナスタシアへの憧れは、まだ心の奥にある。だが、目の前のコーデリアは理屈では説明できない感情を呼び覚ます。
――守りたい。守れるなら、守りたい。
「……大丈夫だ。僕がいるから」
言葉は短く、迷いのない口調だった。
コーデリアは微かに目を伏せ、唇をわずかに震わせる。
(――お慕いしても許されるの?こんな立場で……)
それでも、彼の視線に答えるように小さく頷くしかなかった。側妃としての自覚と、秘めた恋慕が胸の奥で絡み合う。
その一瞬、シリルは自覚する。
(アナスタシアへの思いとは違う――この感情は、守りたいという、僕自身の意思だ)
学園の風が二人の間を通り抜け、花や草の匂いが穏やかに漂う。
それでも二人の間の空気は、静かな緊張を帯びていた。互いに想いを理解しつつも、踏み込めない距離感があった。
そして決断が下される。
シリルは悩んだ末、王妃セザンヌの反対を押し切り、コーデリアを選ぶ。
アナスタシアは婚約者の座を降り、王家ももはやその決定を覆せなかった。
しかし、シリルには、この決断が民衆や臣下たちにどれほど大きな波紋を広げるか、予測する余地はなかった。
______________
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その折、エドワードはヴェルデン公爵家を訪れた。かつての自分の愚かさを詫び、今では客観的に行動を振り返れると語る。
「アナスタシア、君は大丈夫かい? 僕は、君の努力に背を向けた。どれほど酷い行為だったか、今ならよくわかる」
その言葉に、アナスタシアの胸はひりついた。怒りではなく、言いようのない切なさが、胸を締めつける。たった二年で、かつての愚かな青年は大人としての落ち着きと誠実さを手にしていた。
「もし、君が今の立場から逃げたいと思うなら、僕は全力で手助けするよ。それが、僕のできる償いだと思うから」
エドワードは、初めて会った頃のような、柔らかく少しイタズラめいた笑みを浮かべた。
アナスタシアはその笑顔を見つめ、胸の奥でかすかな揺らぎを覚えた。
(……けれど、もう戻れない過去だわ。エドワード様は、わたくしではない方を選ばれたのだから)
泣きたいほどの切なさを覚えたが、涙を零すことはできない。王家の理不尽に立ち向かう者として、泣く暇も許されないのだ。
(それでも、少しだけ……心が、温かくなった)
幼い頃、尊敬と憧れの眼差しで見ていた少年が、今では大人として、自分を気遣い、今は、背を向けずに立ってくれている。その事実だけが、胸を静かに満たす。
アナスタシアは、深く息を吸い、微笑むしかなかった。――心の奥で切なさと安堵が交差する。だが、表には、冷静な令嬢の顔しか見せない。
彼女の中で、二つの感情がせめぎ合っていた。守ってくれる人がいる安心と、王家に抗う孤独。そのすべてを抱え込みながらも、アナスタシアは、静かに立ち上がる覚悟を固めた。
アナスタシアは深く息を吐き、紅茶に手を伸ばす。その手はわずかに震えていたが、瞳には揺るぎない覚悟が宿っていた。
「……ありがとうございます。でも、わたくしの決めた道は変わりません」
エドワードは眉をひそめ、少し驚いた様子で見つめる。
「君が……本当に、やりたいことは何だい?」
アナスタシアは微笑む。しかし、その笑みには喜びも甘えもない。
「わたくしは、王家の婚姻の駒として利用されることは、もう拒みます。だから、シリル殿下の婚約者候補からは降ります……」
沈黙が訪れる。紅茶の湯気だけが、二人の間を淡く漂う。
エドワードは静かに息を吐き、目を細めた。
「……そうか。わかった。君がそう決めるのなら、僕は何も言えない」
しかし、わずかに肩の力を抜いた笑みが、切なさと安堵を同時に伝える。
「君が自分で決めたことだ。僕が口を出すべきじゃないな。でも……それでも、今の君を応援したいと思う気持ちは本当だ」
アナスタシアの胸に、温かさと同時に、孤独も広がる。
(わかってくれる人はいる。でも、わたくしの戦いは、わたくし自身のもの)
紅茶の香りに混ざって、静かに心を満たす感情――切なさ、尊敬、そして少しの安堵。
涙は流れない。けれど、心は確かに震えていた。
「ありがとう、エドワード様。……これで、わたくしは自信を持って前へ進めます」
エドワードは微かに笑み、懐かしい初対面の頃を思い出すように、軽く頭を下げた。
その姿を見つめ、アナスタシアは心の中で呟く。
(もう、後戻りはできない。けれど、わたくしは間違ってない)
二人のあいだには、言葉を交わさずとも通じ合う想いが芽生えていた。
過去の裏切りも、理不尽も、怒りも、悔しさも――すべて抱えながら、アナスタシアは前に進む。
そして、心の奥に静かに灯る光は――自分自身のための光だった。
(わたくしは、もう誰かの“駒”ではない)
胸に刻んだ決意は揺るがない。だが、自由になったからといって、気持ちは軽くならなかった。むしろ、責任が増したような重さを感じる。
自分で選んだ道――その重みは、誰かに助けてもらうわけにはいかない。
学園でのシリル王太子とコーデリアの距離は、以前よりも確実に近づいていた。シリルの視線は、コーデリアに優しく、時折気遣うように向けられている。
「シリル殿下……少し、お疲れではありませんか?」
剣術の後、汗を拭うコーデリアが穏やかに尋ねる。
シリルは答えを返す前に、ふと視線を下ろす。
(……ちょっとした気遣いを嬉しく感じてしまう)
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――守りたい。守れるなら、守りたい。
「……大丈夫だ。僕がいるから」
言葉は短く、迷いのない口調だった。
コーデリアは微かに目を伏せ、唇をわずかに震わせる。
(――お慕いしても許されるの?こんな立場で……)
それでも、彼の視線に答えるように小さく頷くしかなかった。側妃としての自覚と、秘めた恋慕が胸の奥で絡み合う。
その一瞬、シリルは自覚する。
(アナスタシアへの思いとは違う――この感情は、守りたいという、僕自身の意思だ)
学園の風が二人の間を通り抜け、花や草の匂いが穏やかに漂う。
それでも二人の間の空気は、静かな緊張を帯びていた。互いに想いを理解しつつも、踏み込めない距離感があった。
そして決断が下される。
シリルは悩んだ末、王妃セザンヌの反対を押し切り、コーデリアを選ぶ。
アナスタシアは婚約者の座を降り、王家ももはやその決定を覆せなかった。
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