婚約者が義妹とバックハグしながらお茶しています。生理的に無理なので婚約破棄します!

恋せよ恋

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醜悪な現場の目撃

  その日は、驚くほど静かな午後だった。
 空はどこまでも高く、澄み渡っている。そんな美しい日に、私は人生で最も「醜悪なもの」を目の当たりにすることになった。

 事の始まりは、兄サイラスが掴んだ一つの情報だった。

「ジェームズ殿が、リリアン嬢を連れてライト家の別邸へ向かった。両親には『静かな環境で義妹の傷心を癒やしてやりたい』と告げているようだが、様子がおかしい」

 その報告を受け、私は父ダニエルと共にライト侯爵邸へ向かった。そこで待っていたのは、沈痛な面持ちのマイケル侯爵と、顔を真っ青にしたパトリシア侯爵夫人だった。

「……信じたくはない。だが、あの子たちの執着は、親の目から見ても常軌を逸し始めている」

 マイケル侯爵の絞り出すような声に、私は確信した。
 今日、すべてが終わるのだと。

 私たちは四人で連れ立ち、森の奥にひっそりと佇む別邸へと馬車を走らせた。
 別邸の管理人は、侯爵の突然の訪問に狼狽えながらも、「ジェームズ様とリリアンお嬢様は二階の奥の部屋におられます。お二人だけで過ごしたいと仰せで……」と白状した。

 一歩、一歩、重厚な絨毯を踏みしめて階段を上がる。
 背後でパトリシア様が祈るように胸元を握りしめているのがわかった。彼女もまた、実の娘が「取り返しのつかない過ち」を犯しているのではないかと、恐怖に震えていた。

 奥の部屋の前。
 扉越しに、微かに声が漏れていた。

「……ああ、リリアン。君はなんて愛らしいんだ。レオンのことなんて忘れなさい。僕がこうして、君だけを愛してあげるから」

「お義兄様……。あんな怖い人たち、大嫌い。私には、お義兄様だけがいればいいの。ねえ、もっと……もっと抱きしめて?」

 甘ったるい、粘りつくような声。

 それは兄が妹に向ける慈しみでも、妹が兄に向ける信頼でもなかった。
 男と女が、互いの欲望を確かめ合うための、淫靡な囁き。

 マイケル侯爵の顔が、怒りと絶望で赤黒く染まる。
 彼は震える手でドアノブを掴むと、一気にその扉を蹴破るようにして開け放った。

「貴様ら……っ! 何をしている!!」

 部屋の中に、鋭い怒号が響き渡った。
 視界に飛び込んできた光景に、私は思わず目を背けそうになった。

 寝台の上。
 ジェームズ様は上着を脱ぎ捨て、シャツのボタンを大きく外していた。そしてその腕の中には、薄いシュミーズ一枚になったリリアン様が、まるで蛇が絡みつくように彼にしがみついていた。

 二人の唇は、私たちが踏み込む直前まで重なっていたのだろう。リリアン様の唇は赤く腫れ、ジェームズ様の頬には彼女の口紅がべったりと付着していた。

「……ち、父上……!」

 ジェームズ様が、幽霊でも見たかのように顔を強張らせた。

「お、お母様……どうしてここに……」

 リリアン様は慌ててシーツを被り、ジェームズ様の背後に隠れた。しかし、その瞳には恐怖だけでなく、どこか「見せつけてやった」というような歪んだ愉悦が混じっているのを、私は見逃さなかった。

 パトリシア様が、その場に崩れ落ちた。

「ああ……ああ……リリアン! なんてことを、なんて破廉恥なことを……!」

「お母様、違うの! これは、お義兄様が私を慰めてくれていただけで……」

「黙れ!!」

 マイケル侯爵の声が、雷鳴のように響く。彼は大股で歩み寄ると、立ち上がろうとしたジェームズ様の頬を、渾身の力で殴り飛ばした。

 鈍い音がして、ジェームズ様が床に転がる。

「父上! なぜ、なぜ殴るのですか! 僕はただ、傷ついたリリアンを……」

「慰めるために服を脱ぎ、唇を重ねるのか!? 貴様、自分が何をしているかわかっているのか! サブリナ嬢という素晴らしい婚約者がいながら、義理とはいえ妹に手を出すなど……ライト侯爵家の名を、これほどまでに汚すとは!」

 マイケル侯爵の全身から、凄まじい怒気が立ち上る。
 父ダニエルは、私の前に立ち、汚らわしいものから隠すように腕を広げた。

「マイケル侯爵。……これが、貴殿が仰っていた『仲の良い義兄妹』の真実ですか」

 父の声は、氷のように冷たかった。

「我がフォックス伯爵家は、娘をこのような破廉恥な男に嫁がせるつもりはありません。今この瞬間をもって、婚約は白紙とさせていただく」

「待ってくれ、ダニエル伯爵! これは……これは何かの間違いなんだ!」

 ジェームズ様が床に這いつくばったまま、父の足元にすがろうとした。だが、その視線が私とぶつかった瞬間、彼は言葉を失った。

 私は、彼を見ていた。
 泣いてもいない。怒ってもいない。
 ただ、心の底から——ゴミを見るような、冷ややかな目で。

「ジェームズ様。……あなたって、最後の最後まで『気持ち悪い』方でしたわね」

 私が静かに告げると、ジェームズ様は雷に打たれたように硬直した。

「サブリナ……君、今、なんて……」

「ずっと、思っていたのです。あなたたちが『家族愛』と称して行っていたすべての行為が、生理的に受け付けないほどに不快だったと。同じスプーンを使うことも、私の前で抱き合うことも……。そして今、この光景を見て、ようやく確信しました」

 私は一歩、前へ出た。

「あなたは、愛を知らない人です。ただ自分を全肯定してくれる甘い毒に溺れ、責任からも義務からも逃げ出した。……リリアン様、おめでとうございます。あなたの望み通り、この方はあなたのものですわ。廃嫡され、地位も名誉も失った『ただの男』としてね」

「廃嫡……? 父上、何を言っているんですか! 僕は嫡男だ、たかが義妹と少し寄り添ったくらいで……」

「黙れ、この愚か者が!」

 マイケル侯爵は、息子を見捨てた。

「貴様にライト侯爵家を継ぐ資格はない。今すぐこの別邸に幽閉し、追って沙汰を下す。……そしてリリアン、お前もだ。パトリシア、この娘を連れて行け。二度とジェームズに近づけるな」

「嫌! お義兄様、助けて! 私は悪くないわ、お義兄様が誘ったのよ!」

 リリアン様は、形勢が不利になったと見るや、平然とジェームズ様を裏切る言葉を吐いた。
 ジェームズ様は呆然とした顔で彼女を見つめた。それが、彼が信じていた「純粋な妹」の正体だった。

 阿鼻叫喚の地獄絵図を背に、私は父と共に部屋を出た。

 廊下の角で、一人、壁にもたれて待っている人影があった。

「……終わりましたね、サブリナ様」

 ヘンリー様だった。
 彼はすべてを悟ったような目で私を見つめ、そっと自分の上着を脱いで、私の肩にかけた。

「汚らわしいものを見てしまいましたね。……さあ、帰りましょう。あなたの帰る場所は、あんな不潔な部屋ではなく、もっと光の差す場所にあるべきだ」

 ヘンリー様の温かさに触れた瞬間、ようやく私の中で「婚約者サブリナ」としての糸が切れた。私は彼の胸に顔を埋め、声を上げずに、ただ静かに涙を流した。

 それは悲しみの涙ではなく、ようやく「気持ち悪い」世界から抜け出せたことへの、安堵の涙だった。
__________

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