婚約者が義妹とバックハグしながらお茶しています。生理的に無理なので婚約破棄します!

恋せよ恋

文字の大きさ
8 / 13

婚約破棄の宣告

  別邸での醜態から三日後。
 ライト侯爵邸の本館、重厚な扉に閉ざされた応接室には、張り詰めた沈黙が満ちていた。

 出席者は、ライト侯爵マイケル閣下とパトリシア夫人。わが家からは父ダニエルと兄サイラス、そして私、サブリナ・フォックス。そして、廃嫡の危機に瀕し、顔色を土気色に変えたジェームズ様が、末席に座らされていた。

 リリアン様の姿はない。彼女はすでに自室に謹慎を命じられ、外部との接触を一切禁じられていた。

「……さて。ダニエル卿、サブリナ嬢。まず、このたびの件、ライト侯爵家を代表して心より謝罪する」

 マイケル侯爵が深く頭を下げた。名門侯爵家が伯爵家にこれほどまでの低姿勢を見せるのは、異例中の異例だ。それほどまでに、ジェームズ様が犯した不貞——それも義妹との背徳行為は、貴族社会における致命的な汚点であった。

「謝罪は受け入れますが、閣下。話はそれだけでは済みません」

 父が冷徹に言い放ち、私に合図を送った。
 私は頷き、脇に置いていた厚みのある束——あの日から書き溜め、兄サイラスが裏付け調査を行った「記録」を、テーブルの中央へと滑らせた。

「これは……?」

「ジェームズ様とリリアン様の、過去一年半にわたる不適切な接触の記録です」

 私は震えることなく、はっきりとした声で告げた。

「四月十二日。私の目の前でリリアン様の顔を五分以上にわたり撫で回し、その指を彼女が吸うのを見過ごした。五月三日。観劇の最中、婚約者である私の隣で、リリアン様の太腿を服の上から愛撫していた。六月……」

「やめろ! やめてくれ、サブリナ!」

 ジェームズ様が、耐えきれないといった様子で叫び声を上げた。
 だが、私は止めなかった。一文字一文字、彼が私に与え続けた屈辱を、公的な記録として刻みつけるために読み上げる。

「……同じ食器での回し食い、唇以外への執拗な口づけ、さらには二人きりでの昼寝。これらすべて、私は『家族の絆』という言葉で封じ込められてきました。ですが、別邸でのあの一件がすべてを証明しています。これは愛などではなく、ただの不貞行為です」

 読み終えた後、部屋には再び静寂が訪れた。

 パトリシア様は扇で顔を覆い、すすり泣いている。マイケル侯爵は、手元の記録を一頁ずつめくるたびに、その拳を白く握りしめていた。

「サブリナ……君は、そんな昔から僕を疑っていたのか?」

 ジェームズ様が、裏切られたような顔で私を見た。

 信じられない。この男は、今この瞬間になっても、自分が被害者であるかのように振る舞っている。

「疑っていたのではありません。事実を確認していたのです。そして、確信しました。あなたには、一人の淑女を生涯守り抜くという矜持も、家を背負う責任感も欠片さえないのだと」

「ふざけるな!」

 突然、ジェームズ様が立ち上がり、テーブルを叩いた。

「義妹を可愛がって何が悪い! リリアンは寂しがり屋なんだ! 血の繋がらない家族として、絆を深めようとした僕の何が間違いだというんだ! 結局、君が嫉妬に狂って、僕たちの純粋な愛を汚したんじゃないか! 気持ち悪いのは、そんな陰湿な記録をつけていた君の方だ!」

 逆ギレ。
 あまりにも見苦しいその言葉に、私は怒りすら通り越して、ただただ深い虚無感を覚えた。この男の脳内では、未だに「自分たちは悲劇の純愛兄妹」という脚本が回っているらしい。

「純粋な、愛……?」

 私がその言葉を反芻した、その時だった。

 ドゴォッ!!

 凄まじい衝撃音が響き、ジェームズ様の体が横に吹っ飛んだ。

 マイケル侯爵が、椅子から立ち上がりざま、実の息子を本気の拳で殴り飛ばしたのだ。

「ぐ、は……っ!?」

 床に転がり、鼻血を流すジェームズ様。マイケル侯爵は、獲物を屠る獣のような目で息子を見下ろした。

「純粋だと……? 貴様、サブリナ嬢のこの記録を読んでもまだそんな寝言が言えるのか! 婚約者の目の前で他の女とベタつき、家格を汚し、相手方の誇りを踏みにじった! それのどこに愛がある! あるのは貴様の、下劣で独りよがりな欲情だけだ!!」

「父上……だって、僕は……」

「黙れ! ライト侯爵家の名を継ぐ者が、これほどまでに倫理観を欠いた畜生だとは、先祖に合わせる顔がない! ジェームズ、貴様を本日この時をもって廃嫡とする!」

 廃嫡。
 その言葉が突きつけられた瞬間、ジェームズ様の顔から一切の血の気が引いた。

「そ、そんな……。冗談でしょう? 僕は長男ですよ? ライト侯爵家を継ぐのは僕だ! ヘンリーにあんな大役が務まるわけがない!」

「務まるかどうかを決めるのは私だ。そして少なくとも、ヘンリーは貴様のように『義妹のスカートの中』を覗き込むような真似はせん!」

 マイケル侯爵は吐き捨てるように言うと、父ダニエルに向き直った。

「ダニエル卿。この愚か者との婚約は、正式に白紙とする。慰謝料についてはフォックス家の言い値で支払おう。それと……図々しいのを承知で、一つ提案がある」

 侯爵は、私の目を真っ直ぐに見つめた。

「サブリナ嬢。もし、貴女がこのライト侯爵家という場所そのものを忌避していないのであれば……次男ヘンリーとの再婚約を、検討してはいただけないだろうか」

「……っ」

 ジェームズ様が絶叫に近い声を上げたが、兄サイラスがその肩を力強く押さえつけ、黙らせた。

 父ダニエルは私を見た。私の意志を尊重するという目だ。
 私は、部屋の外で待機しているであろう、あの凛とした少年の姿を思い浮かべた。
 あの不潔な兄妹を誰よりも嫌悪し、私を光の差す場所へと連れ出そうとしてくれたヘンリー様。

「……閣下。ヘンリー様とお話しする機会をいただけますか? 私は、家のためではなく、私自身の心で決めたいのです」

「ああ、もちろんだ。……済まない、サブリナ嬢。本当に、済まない……」

 侯爵の震える声を聞きながら、私は床で震える元婚約者を見下ろした。地位を失い、家を追われ、リリアン様からもいずれ見捨てられるであろう哀れな男。

 私の心には、もう一滴の情けも残っていなかった。
 あったのは、ようやくこの「気持ち悪い」呪縛から解き放たれるという、確かな勝利の予感だけだった。
__________

エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇‍♀️

📢新連載🌹【夜の庭園で出会った毒舌暴君は、昼下がりの隠れ家カフェの店主でした】

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。

たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。 彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。 『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』 「……『愛している』、ですか」 いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。

【完結】出逢ったのはいつですか? えっ? それは幼馴染とは言いません。

との
恋愛
「リリアーナさーん、読み終わりましたぁ?」 今日も元気良く教室に駆け込んでくるお花畑ヒロインに溜息を吐く仲良し四人組。 ただの婚約破棄騒動かと思いきや・・。 「リリアーナ、だからごめんってば」 「マカロンとアップルパイで手を打ちますわ」 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結迄予約投稿済みです。 R15は念の為・・

愛される女と利用される女 ~すぐ怪我する義妹と心配する王子、私はお見合いで何を見せられているのでしょうか~

夢窓(ゆめまど)
恋愛
スミッシィ公爵家のひとり娘ハーミヤは、王太子のお見合い相手に選ばれた。 しかし何度会っても、会話は天気と花だけ。毎回、王子の義妹が怪我をして乱入してお見合いは、途中で終わる。 断ったはずのプロポーズ。サインしていない婚約書類。気づけば結婚式の準備だけが、勝手に進んでいた。 これは、思い込みの激しい王子と、巻き込まれた公爵令嬢の話。

幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました

ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。 けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。 やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。 ――もう、この結婚には見切りをつけよう。 夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。 身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。 一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。 幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。

夫は私を愛していないそうなので、遠慮なく離婚します。今さら引き止められても遅いです

藤原遊
恋愛
王妃付き護衛騎士である夫に、「お前を愛したことはない」と告げられた。 理由は単純。 愛などなくても、仕事に支障はないからだという。 ──そうですか。 それなら、こちらも遠慮する必要はありませんね。 王妃の機嫌、侍女たちとの関係、贈り物の選定。 夫が「当然のように」こなしていたそれらは、すべて私が整えていたもの。 離婚後、少しずつ歯車は狂い始める。 気づいたときにはもう遅い。 積み上げてきた信用は、静かに崩れていく。 一方で私は、王妃のもとへ。 今さら引き止められても、遅いのです。

私から略奪婚した妹が泣いて帰って来たけど全力で無視します。大公様との結婚準備で忙しい~忙しいぃ~♪

百谷シカ
恋愛
身勝手な理由で泣いて帰ってきた妹エセル。 でも、この子、私から婚約者を奪っておいて、どの面下げて帰ってきたのだろう。 誰も構ってくれない、慰めてくれないと泣き喚くエセル。 両親はひたすらに妹をスルー。 「お黙りなさい、エセル。今はヘレンの結婚準備で忙しいの!」 「お姉様なんかほっとけばいいじゃない!!」 無理よ。 だって私、大公様の妻になるんだもの。 大忙しよ。

皆さん勘違いなさっているようですが、この家の当主はわたしです。

和泉 凪紗
恋愛
侯爵家の後継者であるリアーネは父親に呼びされる。 「次期当主はエリザベスにしようと思う」 父親は腹違いの姉であるエリザベスを次期当主に指名してきた。理由はリアーネの婚約者であるリンハルトがエリザベスと結婚するから。 リンハルトは侯爵家に婿に入ることになっていた。 「エリザベスとリンハルト殿が一緒になりたいそうだ。エリザベスはちょうど適齢期だし、二人が思い合っているなら結婚させたい。急に婚約者がいなくなってリアーネも不安だろうが、適齢期までまだ時間はある。お前にふさわしい結婚相手を見つけるから安心しなさい。エリザベスの結婚が決まったのだ。こんなにめでたいことはないだろう?」 破談になってめでたいことなんてないと思いますけど?  婚約破棄になるのは構いませんが、この家を渡すつもりはありません。