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義妹の末路と、幸せの形
ヴォルテール伯爵邸。そこは、かつてリリアンが夢見た「宝石に埋もれる楽園」などではなかった。
「お、お聞きください、閣下……! このドレスはあまりに古臭くて、社交界では笑われてしまいますわ。せめて、あちらの新調された絹のものを……」
「黙れ、リリアン。お前に発言の許可など出していない」
六十を過ぎたヴォルテール伯爵は、冷酷な眼差しでリリアンを射抜いた。
かつてジェームズを虜にしたリリアンの甘い声も、上目遣いの媚態も、この老獪な男には一切通用しなかった。彼にとってリリアンは、愛でる対象ですらなく、ただの「コレクションの一つ」に過ぎなかったのだ。
「お前のような、義理の兄と不貞を働いた汚らわしい女を、我が家が引き取ってやったのだ。感謝こそすれ、贅沢を口にするとは。身の程をわきまえろ」
ヴォルテール伯爵家での生活は、リリアンにとって想像を絶する地獄だった。
外出は一切禁じられ、邸内の窓には鉄格子が嵌められている。食事は一日に二回、最低限のものしか与えられない。そして何より、伯爵の異常なまでの嫉妬深さが、彼女を追い詰めていた。
「お前は、少しでも目を離すと、また男を誘惑するのだろう? 下賤な血は争えんな。……今後は、この部屋から一歩も出ることは許さん。世話係以外の者と口を利いた場合、その舌を抜いてやる」
「そ、そんな……っ! お義兄様、お義兄様、助けて……!!」
思わず口をついて出たのは、かつて都合よく利用していたジェームズの名だった。
どんな我が儘も笑って許し、最高級の菓子とドレスを与え、膝の上で甘えさせてくれた、あの愚かな男。彼が自分に向けた「気持ち悪い」ほどの執着こそが、実は彼女にとって唯一の安全圏だったことに、失って初めて気づいたのだ。
しかし、そのジェームズはもういない。
彼はすでに国境近くの修道院で、泥にまみれた労働の日々を送っている。リリアンを助けに来る王子様は、この世界のどこにも存在しないのだ。
「あ、ああ……。私は、ライト侯爵夫人の妹として、美しく着飾って生きていくはずだったのに……」
冷たい床に這いつくばり、リリアンは泣き崩れた。
鏡に映る自分の顔は、かつての輝きを失い、恐怖と飢えで窶れ果てている。
自らの狡猾さで手に入れたはずの「より良い条件」の結婚は、彼女を永遠に閉じ込める檻へと変貌した。
「気持ち悪い」と嘲笑ったサブリナは、今や王都で最も幸福な淑女として、敬意を集めているというのに。
リリアンに残されたのは、自分を人間として扱わない老伯爵の監視と、二度と開かない鉄の扉だけだった。
数年後。ライト侯爵邸の広大な庭園には、色とりどりの花が咲き誇り、穏やかな春の風が吹き抜けていた。
「サブリナ、あまり無理をしないで。風が冷たくなってきたから、ショールをかけよう」
背後から包み込むようにして、温かなショールが私の肩にかけられた。
振り向くと、そこには凛々しく成長し、当主としての風格を湛えたヘンリーの優しい笑顔があった。
「ありがとうございます、ヘンリー様。……でも、今日は本当に気持ちの良いお天気ですわ」
私は彼の腕にそっと手を添えた。
かつて、ジェームズ様とリリアン様が繰り広げていたあの「不適切な密着」とは違う。
私とヘンリーの間にあるのは、積み重ねてきた信頼と、互いへの深い敬意に裏打ちされた、静かで確かな愛だ。
ヘンリーはライト侯爵家を継いだ後、見事に家勢を立て直した。
かつての醜聞など、今では誰も口にしない。フォックス伯爵家の全面的な支援を受け、サブリナと共に歩む彼の姿は、社交界における理想の夫婦像として語り継がれている。
「サブリナ。あの日、君が僕の手を取ってくれたこと……僕は一生、感謝し続けるよ。君を、この家の闇から救い出すことができて、本当によかった」
ヘンリーが私の指先に、誓いを立てるように唇を寄せた。その温かさに、私の胸は幸福感で満たされる。
ふと、遠い記憶が脳裏をよぎった。
同じスプーンでプディングを回し食いし、膝の上に座って甘ったるい声を出す二人。あの時感じた、胃がせり上がるような不快感。
けれど、今の私には、もうあの思い出は「気持ち悪い」だけのものではなかった。あの違和感があったからこそ、私は自分の足で立ち上がり、真実の愛を見つけることができたのだ。
「サブリナ様、ヘンリー様。ティータイムの準備が整いましたわ」
侍女の声に、私たちは顔を見合わせて微笑んだ。
テーブルの上には、二つのティーカップと、二つの銀のスプーンが用意されている。当たり前の、清潔で、礼節ある光景。
「行きましょう、ヘンリー様」
「ああ、行こう。サブリナ、愛しているよ」
ヘンリーが差し出した手を、私は力強く握り返した。春の光が私たちを包み込み、過去の汚れをすべて洗い流していく。
不純なものはすべて淘汰され、残ったのは、澄み渡るような真実だけ。
私は今、人生で最高の、そして最愛のパートナーと共に、光り輝く未来へと歩み出していた。
__________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
📢短編🌹【「元カノが忘れられないんでしょう?」と身を引いた瞬間、爽やか彼氏の執着スイッチが入りました】
「お、お聞きください、閣下……! このドレスはあまりに古臭くて、社交界では笑われてしまいますわ。せめて、あちらの新調された絹のものを……」
「黙れ、リリアン。お前に発言の許可など出していない」
六十を過ぎたヴォルテール伯爵は、冷酷な眼差しでリリアンを射抜いた。
かつてジェームズを虜にしたリリアンの甘い声も、上目遣いの媚態も、この老獪な男には一切通用しなかった。彼にとってリリアンは、愛でる対象ですらなく、ただの「コレクションの一つ」に過ぎなかったのだ。
「お前のような、義理の兄と不貞を働いた汚らわしい女を、我が家が引き取ってやったのだ。感謝こそすれ、贅沢を口にするとは。身の程をわきまえろ」
ヴォルテール伯爵家での生活は、リリアンにとって想像を絶する地獄だった。
外出は一切禁じられ、邸内の窓には鉄格子が嵌められている。食事は一日に二回、最低限のものしか与えられない。そして何より、伯爵の異常なまでの嫉妬深さが、彼女を追い詰めていた。
「お前は、少しでも目を離すと、また男を誘惑するのだろう? 下賤な血は争えんな。……今後は、この部屋から一歩も出ることは許さん。世話係以外の者と口を利いた場合、その舌を抜いてやる」
「そ、そんな……っ! お義兄様、お義兄様、助けて……!!」
思わず口をついて出たのは、かつて都合よく利用していたジェームズの名だった。
どんな我が儘も笑って許し、最高級の菓子とドレスを与え、膝の上で甘えさせてくれた、あの愚かな男。彼が自分に向けた「気持ち悪い」ほどの執着こそが、実は彼女にとって唯一の安全圏だったことに、失って初めて気づいたのだ。
しかし、そのジェームズはもういない。
彼はすでに国境近くの修道院で、泥にまみれた労働の日々を送っている。リリアンを助けに来る王子様は、この世界のどこにも存在しないのだ。
「あ、ああ……。私は、ライト侯爵夫人の妹として、美しく着飾って生きていくはずだったのに……」
冷たい床に這いつくばり、リリアンは泣き崩れた。
鏡に映る自分の顔は、かつての輝きを失い、恐怖と飢えで窶れ果てている。
自らの狡猾さで手に入れたはずの「より良い条件」の結婚は、彼女を永遠に閉じ込める檻へと変貌した。
「気持ち悪い」と嘲笑ったサブリナは、今や王都で最も幸福な淑女として、敬意を集めているというのに。
リリアンに残されたのは、自分を人間として扱わない老伯爵の監視と、二度と開かない鉄の扉だけだった。
数年後。ライト侯爵邸の広大な庭園には、色とりどりの花が咲き誇り、穏やかな春の風が吹き抜けていた。
「サブリナ、あまり無理をしないで。風が冷たくなってきたから、ショールをかけよう」
背後から包み込むようにして、温かなショールが私の肩にかけられた。
振り向くと、そこには凛々しく成長し、当主としての風格を湛えたヘンリーの優しい笑顔があった。
「ありがとうございます、ヘンリー様。……でも、今日は本当に気持ちの良いお天気ですわ」
私は彼の腕にそっと手を添えた。
かつて、ジェームズ様とリリアン様が繰り広げていたあの「不適切な密着」とは違う。
私とヘンリーの間にあるのは、積み重ねてきた信頼と、互いへの深い敬意に裏打ちされた、静かで確かな愛だ。
ヘンリーはライト侯爵家を継いだ後、見事に家勢を立て直した。
かつての醜聞など、今では誰も口にしない。フォックス伯爵家の全面的な支援を受け、サブリナと共に歩む彼の姿は、社交界における理想の夫婦像として語り継がれている。
「サブリナ。あの日、君が僕の手を取ってくれたこと……僕は一生、感謝し続けるよ。君を、この家の闇から救い出すことができて、本当によかった」
ヘンリーが私の指先に、誓いを立てるように唇を寄せた。その温かさに、私の胸は幸福感で満たされる。
ふと、遠い記憶が脳裏をよぎった。
同じスプーンでプディングを回し食いし、膝の上に座って甘ったるい声を出す二人。あの時感じた、胃がせり上がるような不快感。
けれど、今の私には、もうあの思い出は「気持ち悪い」だけのものではなかった。あの違和感があったからこそ、私は自分の足で立ち上がり、真実の愛を見つけることができたのだ。
「サブリナ様、ヘンリー様。ティータイムの準備が整いましたわ」
侍女の声に、私たちは顔を見合わせて微笑んだ。
テーブルの上には、二つのティーカップと、二つの銀のスプーンが用意されている。当たり前の、清潔で、礼節ある光景。
「行きましょう、ヘンリー様」
「ああ、行こう。サブリナ、愛しているよ」
ヘンリーが差し出した手を、私は力強く握り返した。春の光が私たちを包み込み、過去の汚れをすべて洗い流していく。
不純なものはすべて淘汰され、残ったのは、澄み渡るような真実だけ。
私は今、人生で最高の、そして最愛のパートナーと共に、光り輝く未来へと歩み出していた。
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