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二度目の約束
「……本当に、ここに来るとは思いませんでしたわ」
柔らかな春の陽光が降り注ぐ、ジャッカス伯爵邸の裏庭。
ウィステリアは、十年前と同じ――あの日、幼い恋が形作られた大きな樫の木の木陰に立っていた。
数日前、公爵邸での騒動を経て、ウィステリアは一度実家へと戻った。アルバートとの関係を「精算」し、対等な立場で向き合うための冷却期間が必要だったからだ。
リチャードは相変わらずアルバートを苦々しく思っていたが、妹の清々しい表情を見て、しぶしぶ彼が門を潜ることを許した。
「……君との思い出は、ここで止まったままだったからね」
背後から聞こえた声は、かつての「お兄様」の演技でも、数日前の「執着する怪物」の響きでもない。ただ一人の、恋に不器用な男の生の声だった。
振り返ると、アルバートが立っていた。
公爵としての豪奢な上着を脱ぎ、白いシャツにベストという、どこか昔を彷彿とさせる軽装。その手には、一本の藤の花枝が握られていた。
「五年前、私は君を『子供』だと切り捨てた。……だが、本当に子供だったのは私の方だ。君の愛を信じきれず、傷つくことを恐れて、独りよがりの『守護』に逃げ込んだ。君の人生を歪ませ、五年間もの時間を奪った罪は、一生かかっても償いきれないだろう」
アルバートは、ゆっくりとウィステリアの前に歩み寄り、その場に片膝をついた。
デジャヴのような光景。けれど、五歳の時に見上げた姿よりも、今の彼の肩は広く、背負っている後悔の重さが伝わってくる。
「ウィステリア。私はもう、君を檻に閉じ込めたりはしない。借金も、事業の債権も、すべて無条件で君の父上に返上した。君を縛る鎖は、もう何一つない」
ウィステリアは息を呑んだ。
彼にとって、それは唯一彼女を繋ぎ止めるための「武器」だったはずだ。それを自ら手放すということは、彼女が今この瞬間に背を向けて去ることを、完全に許容するという意味だった。
「……私を、自由にするの?」
「ああ。君が私を拒み、他の誰かと歩む道を選ぶなら……私はそれを見届ける。……それが、君を傷つけた私にできる、唯一の誠実さだと思うから」
アルバートの手が、微かに震えていた。
冷酷な切れ者と謳われた男が、たった一人の女性の「去就」に、文字通り命を懸けて震えている。
ウィステリアは、じっと彼を見つめた。
五年前の裏切り、その後の孤独、男性不信……。辛いことはたくさんあった。
けれど、今目の前で無防備に心臓を差し出しているこの男を、どうしても見捨てることはできなかった。
「……馬鹿な人。自由にしてあげるなんて、今さら格好をつけないでください」
ウィステリアはふっと笑い、彼の前に屈み込んで、その大きな手を両手で包み込んだ。
「あなたが私の周りの男を全員追い払ったせいで、私はもう、あなた以外とは結婚できない『拗らせ令嬢』になってしまったのですよ? 責任を取ってくださらないと困りますわ」
「ウィステリア……?」
「条件があります。……隠し事はなし。他の女性で済ませるのも厳禁。私が泣いていたら、仕事なんて放り出して抱きしめにくること。……守れますか?」
アルバートの青い瞳に、じわりと涙が浮かぶ。
彼は彼女の手を、壊れ物を扱うように、けれど二度と離さないという強い意志を込めて握り締めた。
「……ああ。命に代えても守るよ」
アルバートは懐から、一つの小さな箱を取り出した。
中に入っていたのは、五年前のあの日、彼が少年の頃から、彼女のためにと探していた、純白の見事な真珠の指輪だった。
「ウィステリア・ジャッカス。……政略でも、義務でも、償いでもなく。私の魂のすべてをかけて、君を愛している。……私と、結婚してくれないだろうか」
「……はい。喜んで、アルバート様」
十年前の「口約束」が、今、真実の誓いへと書き換えられた。
二度目の約束は、もう誰にも壊せない、二人だけの絆となったのだ。
見守っていた木々の隙間から、リチャードの「ちっ、結局そうなるのかよ!」という盛大な舌打ちが聞こえてきたが、二人は幸せな笑みを交わし、深く、静かに唇を重ねた。
___________
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📢新連載🌹【泥棒猫に婚約者を譲ったら、公爵夫人の座が転がり込んできました~契約結婚のはずが全力で溺愛されています~】
柔らかな春の陽光が降り注ぐ、ジャッカス伯爵邸の裏庭。
ウィステリアは、十年前と同じ――あの日、幼い恋が形作られた大きな樫の木の木陰に立っていた。
数日前、公爵邸での騒動を経て、ウィステリアは一度実家へと戻った。アルバートとの関係を「精算」し、対等な立場で向き合うための冷却期間が必要だったからだ。
リチャードは相変わらずアルバートを苦々しく思っていたが、妹の清々しい表情を見て、しぶしぶ彼が門を潜ることを許した。
「……君との思い出は、ここで止まったままだったからね」
背後から聞こえた声は、かつての「お兄様」の演技でも、数日前の「執着する怪物」の響きでもない。ただ一人の、恋に不器用な男の生の声だった。
振り返ると、アルバートが立っていた。
公爵としての豪奢な上着を脱ぎ、白いシャツにベストという、どこか昔を彷彿とさせる軽装。その手には、一本の藤の花枝が握られていた。
「五年前、私は君を『子供』だと切り捨てた。……だが、本当に子供だったのは私の方だ。君の愛を信じきれず、傷つくことを恐れて、独りよがりの『守護』に逃げ込んだ。君の人生を歪ませ、五年間もの時間を奪った罪は、一生かかっても償いきれないだろう」
アルバートは、ゆっくりとウィステリアの前に歩み寄り、その場に片膝をついた。
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ウィステリアは息を呑んだ。
彼にとって、それは唯一彼女を繋ぎ止めるための「武器」だったはずだ。それを自ら手放すということは、彼女が今この瞬間に背を向けて去ることを、完全に許容するという意味だった。
「……私を、自由にするの?」
「ああ。君が私を拒み、他の誰かと歩む道を選ぶなら……私はそれを見届ける。……それが、君を傷つけた私にできる、唯一の誠実さだと思うから」
アルバートの手が、微かに震えていた。
冷酷な切れ者と謳われた男が、たった一人の女性の「去就」に、文字通り命を懸けて震えている。
ウィステリアは、じっと彼を見つめた。
五年前の裏切り、その後の孤独、男性不信……。辛いことはたくさんあった。
けれど、今目の前で無防備に心臓を差し出しているこの男を、どうしても見捨てることはできなかった。
「……馬鹿な人。自由にしてあげるなんて、今さら格好をつけないでください」
ウィステリアはふっと笑い、彼の前に屈み込んで、その大きな手を両手で包み込んだ。
「あなたが私の周りの男を全員追い払ったせいで、私はもう、あなた以外とは結婚できない『拗らせ令嬢』になってしまったのですよ? 責任を取ってくださらないと困りますわ」
「ウィステリア……?」
「条件があります。……隠し事はなし。他の女性で済ませるのも厳禁。私が泣いていたら、仕事なんて放り出して抱きしめにくること。……守れますか?」
アルバートの青い瞳に、じわりと涙が浮かぶ。
彼は彼女の手を、壊れ物を扱うように、けれど二度と離さないという強い意志を込めて握り締めた。
「……ああ。命に代えても守るよ」
アルバートは懐から、一つの小さな箱を取り出した。
中に入っていたのは、五年前のあの日、彼が少年の頃から、彼女のためにと探していた、純白の見事な真珠の指輪だった。
「ウィステリア・ジャッカス。……政略でも、義務でも、償いでもなく。私の魂のすべてをかけて、君を愛している。……私と、結婚してくれないだろうか」
「……はい。喜んで、アルバート様」
十年前の「口約束」が、今、真実の誓いへと書き換えられた。
二度目の約束は、もう誰にも壊せない、二人だけの絆となったのだ。
見守っていた木々の隙間から、リチャードの「ちっ、結局そうなるのかよ!」という盛大な舌打ちが聞こえてきたが、二人は幸せな笑みを交わし、深く、静かに唇を重ねた。
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