【完結】平民の娘と侮ったこと、後悔なさい 〜偽りの姿を捨てた私を、初恋に狂う王太子が逃しません〜

恋せよ恋

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いざ、公爵家での幕開け

  葬儀を終え、正式に養女として迎えられたデイジーがカークランド公爵邸の門を潜ったとき、そこに出迎えの主はいなかった。
 玄関ホールには冷ややかな空気が流れ、整列した使用人たちの目には、平民育ちの少女に対する露骨な蔑みが浮かんでいた。

 唯一、家令のセバスチャンだけが、深く頭を下げて彼女を待っていた。

「お待ちしておりました、デイジーお嬢様」

「ええ、ありがとう。セバスチャン。今日からよろしくお願いするわね」

 その再会の挨拶を遮るように、一人の年嵩の女性が一歩前に出た。侍女長のダイアンだ。

「……まあ、どこのどなたかと思えば。平民の商会の娘が、よくもまあ図々しく公爵家の敷居を跨げたものですわね。泥のついた靴で、大理石を汚さないでいただけますかしら」

 周囲からクスクスと忍び笑いが漏れる。

 デイジーは歩みを止め、ゆっくりと彼女に向き直った。そして、おもむろに眼鏡を外し、被っていた地味なカツラをその場に落とした。

 眩い黄金の髪が波打ち、現れたその美貌に、嘲笑していた使用人たちの喉が凍りつく。

「あなた、わたくしを誰だと思っているのかしら?」

 デイジーの青い瞳が、ダイアンを射抜いた。

「あら、お気の毒に。お年かしら? 目だけではなく、頭の出来も悪いのね。そんな曇った瞳では仕事もままならないでしょう。さあ、今すぐ荷物をまとめて医療院にでも向かうといいわ。……さあ、早く」

「な……なにおっ! 平民の小娘の分際で、この私に……!」

 子爵家出身の誇りを持つダイアンが、顔を真っ赤にして叫ぶ。

「あら、あらあら。公爵家に正式に迎えられ、養女となったに、その物言いは何かしら? ……あなた、?」

 デイジーの声は驚くほど静かだった。しかし、その奥に潜む「殺気」とも呼べる圧迫感に、周囲の空気が一変する。

「護衛! この者を地下牢へ!」

「なっ、何を……閣下! 奥様! 助けてくださいませ!」

「貴族法第三十条第二項。公爵家に無礼を働いた者に関しては、公爵家にて相応の処罰を下す権利がある。……採用の際の契約時にサインしたでしょう?  忘れちゃったかしら? 『サイレーン子爵家出身のダイアン』。それとも、実は読み書きもできないのかしら?」

 デイジーが懐から取り出したのは、公爵のサイン入りの権限譲渡書だった。

 ダイアンは泡を食って叫ぶ。

「しっ、しかし! あなたになんの権限があるというのですか! 公爵ご夫妻がお怒りになるはずです!」

「はあ……。バカと話すのって、本当に疲れるのね。わたくしの周りにはいないタイプだわ」

 デイジーは深くため息をつき、冷徹な一瞥をくれた。

「権限もないのに、沙汰を下すわけがないでしょう。わたくしの発言は、すべて『お祖父様』と『お祖母様』の、公印済みの承認を得ているわ。わかったかしら? ……もういいわ。連れて行って。不愉快よ」

 抵抗するダイアンは、デイジーの気迫に押された護衛たちによって、引きずられるようにして地下へ連行されていった。うるさい悲鳴が遠ざかると、デイジーは周囲に集まっていた使用人たちをゆっくりと見回した。

 そして、ふわりと優雅に微笑んでみせた。

「これからよろしくね、皆さん。わたくし、お馬鹿さんは嫌いなの。自分の発言には責任を持ってもらいますから、そのおつもりで」

 デイジーの背筋は、誰よりも真っ直ぐに伸びていた。

「わたくしは平民の生まれです。しかし、それを恥じてはおりません。もし、わたくしの公爵令嬢という立場に納得のいかない者がいれば、この場で仰って。わたくしの何が至らないのか、わたくしに勝てるものが何かあるのか……意見はあるかしら?」

 広いホールに、針が落ちるような静寂が流れる。
 もはや、彼女を「平民の娘」と侮る者はいなかった。その気品、知略、そして有無を言わせぬ王者の風格。それはまさに、かつてこの邸を統治した「生まれながらの真の貴族」そのものだったからだ。

「……いないようね。では、セバスチャン。部屋に案内してちょうだい。足りないものがないか確認したいわ」

「はい!かしこまりました、お嬢様」

 デイジーの足音が階段を上っていく。

 残された使用人たちは、しばらくの間、声も出せずにその場に立ち尽くしていた。ただ一人、セバスチャンだけが、亡きフランソワへの手向けのように、満足げな微笑を浮かべていた。
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