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独占権の主張
黄金の髪をなびかせ、王太子の腕の中でパーティー会場を去った「デイジー・カークランド」の衝撃は、一夜明けても学園を激しく揺るがしていた。
翌朝、デイジーが教室に足を踏み入れると、そこには昨日までの「侮蔑」や「困惑」を通り越し、腫れ物に触れるような異様な静寂が広がっていた。しかし、彼女を最も驚かせたのは、自分の席の「隣」だった。
本来、そこにあるはずの学友の机が撤去され、代わりに王宮から運び込まれたであろう、豪奢な彫刻が施された黒檀の机と椅子が鎮座していたのである。
「……これは、一体何事かしら?」
デイジーが眉をひそめた瞬間、教室の扉が勢いよく開いた。
現れたのは、本来この教室にいるはずのない、三年生のアンドリュー王太子だった。彼は当然のような顔でデイジーの隣の席に腰を下ろすと、周囲にいた生徒や教師に鋭い視線を向けた。
「今日から、この席は私が使う。……異論のある者は?」
王太子の放つ圧倒的な威圧感に、教師ですら声を失い、首を横に振るのが精一杯だった。デイジーは、隣の王太子をジロリと睨んだ。
「殿下。学年が違うはずですが。公務やご自身の講義はどうされたのですか?」
「すべて終わらせてきた。……それに、昨夜言ったはずだ。二度と私の目の届かない場所へ行くことは許さない、と。君の周囲には、オマリーやカタリナのような害虫が多すぎる。ゆえに、今日この時から、君の移動、講義、昼食、すべての時間は『王太子守護』の名目の下に私が管理する」
それは、守護という名の完全な独占宣言だった。
「管理、ですって? 随分と傲慢な仰りようですわね。殿下といえども、他人の時間を奪うにはそれ相応の対価が必要ですわ」
「対価ならいくらでも払おう。商売に必要な特権か? それとも、公爵家を黙らせるための後ろ盾か? 君が望むなら、この国の関税自主権を君に譲ってもいい」
「……っ、殿下!」
デイジーが椅子を蹴るようにして立ち上がった瞬間、教室中の時間が止まった。
誰もが『王太子への不敬』という言葉を頭に浮かべ、血の気が引くのを感じていた。しかし、デイジーの怒りはそんな周囲の危惧を焼き尽くすほどに、純粋で、かつ真っ当なものだった。
「あなた、正気? この国を背負って立つ尊き御身。学園生のみならず、この国のすべての国民の見本となるべきでしょう。そんなあなたが、学園の規則をご自身の感情だけで破る。そんな横暴が許されるのでしょうか?」
デイジーの声は、王族への不敬というより、まるで「筋の通らない商談」を仕掛けてきた相手を叱り飛ばすような力強さがあった。
「この国の『関税自主権』をお譲り頂けるのは嬉しい限りですが、わたくし、閣議に掛けもせず、自身の独断で重要事項を私欲に乗じて決定する王族の統治する国には住みたくありませんわ。しっかりなさいませ! アンドリュー王太子殿下!」
凍り付いた教室で、一人の貴族学生が震えながら呟いた。
「……ふ、不敬だ! 王太子殿下に対し、なんという言い草を!」
その言葉に弾かれたように、周囲から「そうだ、いくら公爵令嬢でも許されない」「退学ものだぞ」「これだから平民あがりは」と、デイジーを糾弾する声が上がりかける。
だが、その騒ぎを、アンドリュー本人の冷徹な一喝が切り裂いた。
「黙れ」
アンドリューの放つ殺気のような覇気に、糾弾の声は一瞬でかき消された。彼は椅子から立ち上がると、デイジーに向かって一歩踏み出し……その場で、驚くべきことに彼女へ頭を下げた。
「……すまない、デイジー。君の言う通りだ。私は君を失うまいとする焦燥に駆られ、王族としての品位を忘れかけていた」
王太子が、一令嬢に謝罪した。
信じがたい光景に、周囲の生徒たちは言葉を失い、目を見開いて硬直する。アンドリューは顔を上げると、デイジーを指差して騒いでいた生徒たちを、凍てつくような瞳で射抜いた。
「それから、今『不敬』と口にした者は誰だ? ……勘違いするな。デイジー公爵令嬢は、私に『真理』を説いた。彼女が放ったのは不敬な言葉ではない、私を王族として留まらせるための『愛の鞭』だ」
「愛の鞭…… はて? どういうことですか?)」と、教室中の誰もが心の中で突っ込んだが、アンドリューの真剣な表情を前にしては、誰もそれを口に出せなかった。
「彼女は、私が道を違えれば叱咤してくれる唯一の存在だ。それを不敬と呼ぶ者は、私から彼女を遠ざけようとする『反逆者』と見なす。……デイジー。君の怒り、確かに受け取った」
アンドリューはデイジーの手を強引に取り、その甲に深く接吻した。
「私が独善に走れば、何度でもその美しい声で私を導いてくれ。君に叱られるなら、王位など安いものだ」
デイジーは、あまりの重すぎる執着と、自身の怒りさえも「愛」に変換してしまう王太子の思考回路に、引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。
「……全く。殿下、本当に『しっかり』なさってくださいませ。これでは、わたくしが不敬どころか、殿下を骨抜きにした『稀代の悪女』だと思われてしまいますわ」
こうして、デイジーの「叱責」は、王太子の「狂愛」というフィルターを通すことで、「王太子が最も信頼する助言者」としての地位を確立する決定打となった。
周囲の生徒たちは悟った。
この令嬢に文句をつけることは、もはや「王太子」に異を唱えることと同義なのだ、と。デイジーは、自らの正論と王太子の歪んだ愛を盾に、学園のルールを根底から書き換える準備を整えたのである。
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翌朝、デイジーが教室に足を踏み入れると、そこには昨日までの「侮蔑」や「困惑」を通り越し、腫れ物に触れるような異様な静寂が広がっていた。しかし、彼女を最も驚かせたのは、自分の席の「隣」だった。
本来、そこにあるはずの学友の机が撤去され、代わりに王宮から運び込まれたであろう、豪奢な彫刻が施された黒檀の机と椅子が鎮座していたのである。
「……これは、一体何事かしら?」
デイジーが眉をひそめた瞬間、教室の扉が勢いよく開いた。
現れたのは、本来この教室にいるはずのない、三年生のアンドリュー王太子だった。彼は当然のような顔でデイジーの隣の席に腰を下ろすと、周囲にいた生徒や教師に鋭い視線を向けた。
「今日から、この席は私が使う。……異論のある者は?」
王太子の放つ圧倒的な威圧感に、教師ですら声を失い、首を横に振るのが精一杯だった。デイジーは、隣の王太子をジロリと睨んだ。
「殿下。学年が違うはずですが。公務やご自身の講義はどうされたのですか?」
「すべて終わらせてきた。……それに、昨夜言ったはずだ。二度と私の目の届かない場所へ行くことは許さない、と。君の周囲には、オマリーやカタリナのような害虫が多すぎる。ゆえに、今日この時から、君の移動、講義、昼食、すべての時間は『王太子守護』の名目の下に私が管理する」
それは、守護という名の完全な独占宣言だった。
「管理、ですって? 随分と傲慢な仰りようですわね。殿下といえども、他人の時間を奪うにはそれ相応の対価が必要ですわ」
「対価ならいくらでも払おう。商売に必要な特権か? それとも、公爵家を黙らせるための後ろ盾か? 君が望むなら、この国の関税自主権を君に譲ってもいい」
「……っ、殿下!」
デイジーが椅子を蹴るようにして立ち上がった瞬間、教室中の時間が止まった。
誰もが『王太子への不敬』という言葉を頭に浮かべ、血の気が引くのを感じていた。しかし、デイジーの怒りはそんな周囲の危惧を焼き尽くすほどに、純粋で、かつ真っ当なものだった。
「あなた、正気? この国を背負って立つ尊き御身。学園生のみならず、この国のすべての国民の見本となるべきでしょう。そんなあなたが、学園の規則をご自身の感情だけで破る。そんな横暴が許されるのでしょうか?」
デイジーの声は、王族への不敬というより、まるで「筋の通らない商談」を仕掛けてきた相手を叱り飛ばすような力強さがあった。
「この国の『関税自主権』をお譲り頂けるのは嬉しい限りですが、わたくし、閣議に掛けもせず、自身の独断で重要事項を私欲に乗じて決定する王族の統治する国には住みたくありませんわ。しっかりなさいませ! アンドリュー王太子殿下!」
凍り付いた教室で、一人の貴族学生が震えながら呟いた。
「……ふ、不敬だ! 王太子殿下に対し、なんという言い草を!」
その言葉に弾かれたように、周囲から「そうだ、いくら公爵令嬢でも許されない」「退学ものだぞ」「これだから平民あがりは」と、デイジーを糾弾する声が上がりかける。
だが、その騒ぎを、アンドリュー本人の冷徹な一喝が切り裂いた。
「黙れ」
アンドリューの放つ殺気のような覇気に、糾弾の声は一瞬でかき消された。彼は椅子から立ち上がると、デイジーに向かって一歩踏み出し……その場で、驚くべきことに彼女へ頭を下げた。
「……すまない、デイジー。君の言う通りだ。私は君を失うまいとする焦燥に駆られ、王族としての品位を忘れかけていた」
王太子が、一令嬢に謝罪した。
信じがたい光景に、周囲の生徒たちは言葉を失い、目を見開いて硬直する。アンドリューは顔を上げると、デイジーを指差して騒いでいた生徒たちを、凍てつくような瞳で射抜いた。
「それから、今『不敬』と口にした者は誰だ? ……勘違いするな。デイジー公爵令嬢は、私に『真理』を説いた。彼女が放ったのは不敬な言葉ではない、私を王族として留まらせるための『愛の鞭』だ」
「愛の鞭…… はて? どういうことですか?)」と、教室中の誰もが心の中で突っ込んだが、アンドリューの真剣な表情を前にしては、誰もそれを口に出せなかった。
「彼女は、私が道を違えれば叱咤してくれる唯一の存在だ。それを不敬と呼ぶ者は、私から彼女を遠ざけようとする『反逆者』と見なす。……デイジー。君の怒り、確かに受け取った」
アンドリューはデイジーの手を強引に取り、その甲に深く接吻した。
「私が独善に走れば、何度でもその美しい声で私を導いてくれ。君に叱られるなら、王位など安いものだ」
デイジーは、あまりの重すぎる執着と、自身の怒りさえも「愛」に変換してしまう王太子の思考回路に、引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。
「……全く。殿下、本当に『しっかり』なさってくださいませ。これでは、わたくしが不敬どころか、殿下を骨抜きにした『稀代の悪女』だと思われてしまいますわ」
こうして、デイジーの「叱責」は、王太子の「狂愛」というフィルターを通すことで、「王太子が最も信頼する助言者」としての地位を確立する決定打となった。
周囲の生徒たちは悟った。
この令嬢に文句をつけることは、もはや「王太子」に異を唱えることと同義なのだ、と。デイジーは、自らの正論と王太子の歪んだ愛を盾に、学園のルールを根底から書き換える準備を整えたのである。
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