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学園改革という名の投資
王太子アンドリューが、一年生の教室に無理やり席を並べてから数日。隣で放たれる圧倒的な執着の熱気に、デイジーはようやく一区切りついたかのように筆を置いた。
「殿下。わたくしの横で熱心に視線を送ってくださるのは光栄ですが、そろそろ『対価』に見合うお仕事をしていただいてもよろしいかしら?」
「仕事? 君を守る以外にか」
アンドリューが椅子の背もたれに体を預け、楽しげに問う。デイジーは、一通の分厚い企画書を彼に差し出した。
「学園の改革提案書ですわ。……殿下、この学園はあまりに『高コスト・低リターン』が過ぎます。特に平民の学生に対する扱いは、国家の損失と言わざるを得ません」
デイジーの言葉に、周囲の貴族学生たちが息を呑む。彼女は淡々と、しかし容赦のない事実を突きつけ始めた。
「まず、学食の金額です。市井の物価に比べ、三倍から五倍の設定。これでは、奨学金で通う優秀な平民学生は、一日に一度の食事さえままなりません。その一方で、貴族たちは食べきれないほどの残飯を出している。……これは食糧の浪費であり、何より、優秀な頭脳に栄養を回さないという愚行です」
デイジーは、学園の食糧納入ルートをすでにアルカディア商会系に一本化させていた。
「わたくしの商会の流通網を使えば、価格は半分以下に抑えられます。その浮いた予算で、平民学生向けの『定額パス』を作るべきですわ」
デイジーの青い瞳が、アンドリューを真っ向から射抜く。
「次に、学生寮の負担。貴族の豪華な個室の維持費を、なぜ全学生の共益費から捻出しているのですか? 自分の贅沢は自分の家で払う。当然のことでしょう? その分を、平民学生の寮費の補填に充てれば、彼らはアルバイトに明け暮れる時間を、研究と学習に充てられるようになります」
「殿下。わたくしが一番許せないのは、この学園に蔓延る『貴族でなければ人にあらず』という選民意識です。オマリー先生のような例は氷山の一角。平民の学生は、常に貴族の顔色を窺い、小さくなって学んでいる。……これでは、国を支える真の官僚も技術者も育ちませんわ」
デイジーは、二人のやりとりに耳を傾ける生徒たちをぐるりと見渡した。
「わたくしは、この学園を『血筋の社交場』から『能力の選別場』へと変えたいのです。……殿下、貴方はこれからのこの国に、無能な血筋の飾り人形と、有能な実務家、どちらが必要だと思われますか?」
教室は静まり返った。デイジーの提案は、ここにいる貴族たちの特権を真っ向から否定するものだったからだ。
アンドリューは、差し出された書類にさっと目を通すと、喉の奥で低く笑った。
「……面白い。君は、私に『王の権威』を使って、この古臭い学園をぶち壊せと言うのだな」
「ぶち壊すのではありません。より効率的で、強靭な組織へと『再編』するのです。……これは、殿下にとっても悪い話ではないはずですわ。優秀な平民を貴方の足元に繋ぎ止め、忠実な臣下に育てる。そのための基礎を、ここで作るのですから」
「ふ……。商売人め。私の心どころか、国家の未来まで計算に入れているのか」
アンドリューは立ち上がると、デイジーの企画書に、その場で王太子の印章を捺した。
「認めよう。今日この瞬間より、学園改革の全権をデイジー・カークランドに委任する。……反対する者は、私にではなく、アルカディア商会と王室の連名による『取引停止命令』に怯えるがいい」
その宣言は、学園の旧体制にとっての死刑宣告だった。
デイジーは、不敵な笑みを浮かべてカーテシーをした。
「賢明なご判断ですわ、殿下。……ですが、勘違いしないでくださいませ。わたくしが求めているのは独裁による特権ではなく、健全な『競争』ですわ」
デイジーは扇で口元を隠し、周囲の貴族学生たちの動揺を冷ややかに見渡した。
「殿下がひとりの女に唆されて便宜を図った……などと、市井で貶められるのは本意ではありません。ですから、まずはこの高すぎる学食のパンから手を付けましょう。学園の全納入業者を見直し、改めて適正な入札を行います。……我がアルカディア商会に対抗できる商会があればの話ですが、受けて立ちますわ」
その言葉には、権力に頼らずとも、品質と物流網で他を圧倒できるという絶対的な自負が込められていた。
「面白い。君がそう言うのなら、私も公正な審判を務めよう。……諸君、聞いたか? これが『デイジー公爵令嬢のやり方』だ。血筋でも色恋でもなく、純然たる実力でこの学園を塗り替えるという宣言だ」
アンドリューはデイジーの不敵な微笑みに呼応するように、鋭い視線を教室全体に向けた。
「デイジー。君が提示する『適正な価格』とやらで、この学園の特権意識がどこまで浄化されるか、見せてもらおうじゃないか」
「ええ、お任せくださいませ。殿下は特等席で、わたくしの算盤が弾き出す『新しい秩序』を眺めていらっしゃればよろしいのですわ」
黄金の令嬢は、王太子の愛という最強の盾を背にしながらも、自らの足で経済という戦場へ踏み出した。それは、彼女を「王太子の愛妾」と侮ろうとしていた者たちの口を、実利という名の沈黙で封じ込める、鮮やかな宣戦布告であった。
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「殿下。わたくしの横で熱心に視線を送ってくださるのは光栄ですが、そろそろ『対価』に見合うお仕事をしていただいてもよろしいかしら?」
「仕事? 君を守る以外にか」
アンドリューが椅子の背もたれに体を預け、楽しげに問う。デイジーは、一通の分厚い企画書を彼に差し出した。
「学園の改革提案書ですわ。……殿下、この学園はあまりに『高コスト・低リターン』が過ぎます。特に平民の学生に対する扱いは、国家の損失と言わざるを得ません」
デイジーの言葉に、周囲の貴族学生たちが息を呑む。彼女は淡々と、しかし容赦のない事実を突きつけ始めた。
「まず、学食の金額です。市井の物価に比べ、三倍から五倍の設定。これでは、奨学金で通う優秀な平民学生は、一日に一度の食事さえままなりません。その一方で、貴族たちは食べきれないほどの残飯を出している。……これは食糧の浪費であり、何より、優秀な頭脳に栄養を回さないという愚行です」
デイジーは、学園の食糧納入ルートをすでにアルカディア商会系に一本化させていた。
「わたくしの商会の流通網を使えば、価格は半分以下に抑えられます。その浮いた予算で、平民学生向けの『定額パス』を作るべきですわ」
デイジーの青い瞳が、アンドリューを真っ向から射抜く。
「次に、学生寮の負担。貴族の豪華な個室の維持費を、なぜ全学生の共益費から捻出しているのですか? 自分の贅沢は自分の家で払う。当然のことでしょう? その分を、平民学生の寮費の補填に充てれば、彼らはアルバイトに明け暮れる時間を、研究と学習に充てられるようになります」
「殿下。わたくしが一番許せないのは、この学園に蔓延る『貴族でなければ人にあらず』という選民意識です。オマリー先生のような例は氷山の一角。平民の学生は、常に貴族の顔色を窺い、小さくなって学んでいる。……これでは、国を支える真の官僚も技術者も育ちませんわ」
デイジーは、二人のやりとりに耳を傾ける生徒たちをぐるりと見渡した。
「わたくしは、この学園を『血筋の社交場』から『能力の選別場』へと変えたいのです。……殿下、貴方はこれからのこの国に、無能な血筋の飾り人形と、有能な実務家、どちらが必要だと思われますか?」
教室は静まり返った。デイジーの提案は、ここにいる貴族たちの特権を真っ向から否定するものだったからだ。
アンドリューは、差し出された書類にさっと目を通すと、喉の奥で低く笑った。
「……面白い。君は、私に『王の権威』を使って、この古臭い学園をぶち壊せと言うのだな」
「ぶち壊すのではありません。より効率的で、強靭な組織へと『再編』するのです。……これは、殿下にとっても悪い話ではないはずですわ。優秀な平民を貴方の足元に繋ぎ止め、忠実な臣下に育てる。そのための基礎を、ここで作るのですから」
「ふ……。商売人め。私の心どころか、国家の未来まで計算に入れているのか」
アンドリューは立ち上がると、デイジーの企画書に、その場で王太子の印章を捺した。
「認めよう。今日この瞬間より、学園改革の全権をデイジー・カークランドに委任する。……反対する者は、私にではなく、アルカディア商会と王室の連名による『取引停止命令』に怯えるがいい」
その宣言は、学園の旧体制にとっての死刑宣告だった。
デイジーは、不敵な笑みを浮かべてカーテシーをした。
「賢明なご判断ですわ、殿下。……ですが、勘違いしないでくださいませ。わたくしが求めているのは独裁による特権ではなく、健全な『競争』ですわ」
デイジーは扇で口元を隠し、周囲の貴族学生たちの動揺を冷ややかに見渡した。
「殿下がひとりの女に唆されて便宜を図った……などと、市井で貶められるのは本意ではありません。ですから、まずはこの高すぎる学食のパンから手を付けましょう。学園の全納入業者を見直し、改めて適正な入札を行います。……我がアルカディア商会に対抗できる商会があればの話ですが、受けて立ちますわ」
その言葉には、権力に頼らずとも、品質と物流網で他を圧倒できるという絶対的な自負が込められていた。
「面白い。君がそう言うのなら、私も公正な審判を務めよう。……諸君、聞いたか? これが『デイジー公爵令嬢のやり方』だ。血筋でも色恋でもなく、純然たる実力でこの学園を塗り替えるという宣言だ」
アンドリューはデイジーの不敵な微笑みに呼応するように、鋭い視線を教室全体に向けた。
「デイジー。君が提示する『適正な価格』とやらで、この学園の特権意識がどこまで浄化されるか、見せてもらおうじゃないか」
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黄金の令嬢は、王太子の愛という最強の盾を背にしながらも、自らの足で経済という戦場へ踏み出した。それは、彼女を「王太子の愛妾」と侮ろうとしていた者たちの口を、実利という名の沈黙で封じ込める、鮮やかな宣戦布告であった。
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