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愛され令嬢のささやかな決意
リッチモンド伯爵邸の朝は、メリッサの軽やかな足取りから始まる。
メリッサの主人である十四歳の令嬢ロレッタの髪を美しく編み上げ、好みの香草をブレンドした茶を淹れる。その流れるような所作には、一分の無駄もない。
「やっぱりメリッサの淹れるお茶が一番だわ。ねえ、本当にお父様に言って、うちの養女にならない?」
「ふふ、ロレッタ様。私はドッジ子爵家の娘で、今は侍女。その立場が気に入っておりますのよ」
メリッサが穏やかに微笑む。
彼女の実家、ドッジ子爵家は、決して力のない家系ではない。それどころか、領地経営は極めて健全で、王都の商人の間では「ドッジの保証があれば金貨が舞い込む」と言われるほど裕福だ。
国王からもその手腕を高く評価され、これまでに何度も伯爵への陞爵を打診されているのだが――。
「子爵くらいが、責任も重すぎなくて気楽でいいじゃないか。ハハハ!」
というのが、呑気な両親の口癖だった。
そんな温かな家庭で育ったメリッサが、なぜわざわざ他家で侍女として働いているのか。
それは単に、婚約者ダリルへの愛ゆえだった。
(ダリル様は男爵家の三男。いずれ騎士爵を賜り独立されるでしょう。その時、何も知らないお飾りな妻では、彼を支えられませんもの)
人脈、家政の切り盛り、そして貴族社会の裏表。それを学ぶために、あえて厳しい伯爵家での勤務を志願したのだ。すべては、ダリルと共に歩む未来のために。
そんな彼女のひたむきな姿を、複雑な思いで見つめる二人の男がいた。リッチモンド伯爵家の嫡男ヘンリーと、ドッジ子爵家の嫡男でメリッサの弟、サントスだ。二人は学園内のサロンで、チェス盤を挟んで深い溜息をついた。
「……姉さんのあのお人好しぶり、どうにかしてくれないか、ヘンリー」
「僕に言われても困るよ、サントス。君こそ、弟として説得したらどうだい」
十七歳のヘンリーとサントス。
端正な顔立ちに、学園でも一、二を争う秀才。周囲からは「若き貴公子たち」と称えられる二人だが、その実体は、揃いも揃って極めて腹黒い切れ者であった。
「姉さんは『ダリル様は誠実な人よ』なんて信じ込んでいるけど、あの男の女癖の悪さは、僕の耳にも届いている。姉さんの渡した金を酒と女に溶かすようなクズだ」
サントスが駒を乱暴に進める。姉を慕う彼にとって、ダリルは不快極まる存在だった。
「僕も同意見だ。あの男は、メリッサという真珠を豚に投げ与えているようなものだ。……だから、そろそろ『排除』してもいいだろう?」
ヘンリーの言葉に、サントスはニヤリと口角を上げた。
「おや、ようやく奪い取る気になったか? 僕は大賛成だ。義兄があのクズ騎士になるより、腹黒い君になる方が、姉さんも最終的には幸せだろうしね」
「光栄だよ、義弟殿。……まずは、彼が自らボロを出すように、少しだけ背中を押してあげようか」
二人の少年の瞳に、昏い光が宿る。
彼らは知っていた。ダリルが最近、街で働く女給に鼻の下を伸ばしていることを。そして、それをどう利用すれば、メリッサを傷つけずに「婚約破棄」できるかを。
そんな弟たちの陰謀など露知らず、メリッサは中庭で洗濯物を確認していた。
「あ、メリッサさん! 重いものは俺たちが運びますよ!」
「まあ、ありがとうございます」
下男たちが競うようにして彼女を手伝う。
彼女はただの侍女ではない。有能で、謙虚で、誰に対しても心からの優しさを向ける。その「人たらし」な魅力は、すでに伯爵邸を完全に掌握していた。
「メリッサ、大丈夫ですか?」
廊下を通りかかったヘンリーが、人目を忍んで彼女の隣に並ぶ。
「ヘンリー様。何か御用でしょうか?」
「いや。……少し、疲れた顔をしていたから。今夜は早く休み、明日の午後は僕と図書室の整理をしてくれませんか? あなたと話していると、心が落ち着くんだ」
「はい。喜んで、ヘンリー様」
メリッサの純粋な笑顔に、ヘンリーの胸が微かに疼く。
(この笑顔を独占できるなら、僕はどんな汚い手でも使うよ。……覚悟しておいてね、ダリル・オレリー)
メリッサの実家であるドッジ子爵家は、今のところは「のんびりした家系」を装っている。
だが、愛娘を侮辱する者が現れた時、その牙がどれほど鋭いか――それを思い知らされる日が、着実に近づいていた。
何も知らないのは、今この瞬間もサンドラの家で惰眠を貪っているダリルだけだった。
__________
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メリッサの主人である十四歳の令嬢ロレッタの髪を美しく編み上げ、好みの香草をブレンドした茶を淹れる。その流れるような所作には、一分の無駄もない。
「やっぱりメリッサの淹れるお茶が一番だわ。ねえ、本当にお父様に言って、うちの養女にならない?」
「ふふ、ロレッタ様。私はドッジ子爵家の娘で、今は侍女。その立場が気に入っておりますのよ」
メリッサが穏やかに微笑む。
彼女の実家、ドッジ子爵家は、決して力のない家系ではない。それどころか、領地経営は極めて健全で、王都の商人の間では「ドッジの保証があれば金貨が舞い込む」と言われるほど裕福だ。
国王からもその手腕を高く評価され、これまでに何度も伯爵への陞爵を打診されているのだが――。
「子爵くらいが、責任も重すぎなくて気楽でいいじゃないか。ハハハ!」
というのが、呑気な両親の口癖だった。
そんな温かな家庭で育ったメリッサが、なぜわざわざ他家で侍女として働いているのか。
それは単に、婚約者ダリルへの愛ゆえだった。
(ダリル様は男爵家の三男。いずれ騎士爵を賜り独立されるでしょう。その時、何も知らないお飾りな妻では、彼を支えられませんもの)
人脈、家政の切り盛り、そして貴族社会の裏表。それを学ぶために、あえて厳しい伯爵家での勤務を志願したのだ。すべては、ダリルと共に歩む未来のために。
そんな彼女のひたむきな姿を、複雑な思いで見つめる二人の男がいた。リッチモンド伯爵家の嫡男ヘンリーと、ドッジ子爵家の嫡男でメリッサの弟、サントスだ。二人は学園内のサロンで、チェス盤を挟んで深い溜息をついた。
「……姉さんのあのお人好しぶり、どうにかしてくれないか、ヘンリー」
「僕に言われても困るよ、サントス。君こそ、弟として説得したらどうだい」
十七歳のヘンリーとサントス。
端正な顔立ちに、学園でも一、二を争う秀才。周囲からは「若き貴公子たち」と称えられる二人だが、その実体は、揃いも揃って極めて腹黒い切れ者であった。
「姉さんは『ダリル様は誠実な人よ』なんて信じ込んでいるけど、あの男の女癖の悪さは、僕の耳にも届いている。姉さんの渡した金を酒と女に溶かすようなクズだ」
サントスが駒を乱暴に進める。姉を慕う彼にとって、ダリルは不快極まる存在だった。
「僕も同意見だ。あの男は、メリッサという真珠を豚に投げ与えているようなものだ。……だから、そろそろ『排除』してもいいだろう?」
ヘンリーの言葉に、サントスはニヤリと口角を上げた。
「おや、ようやく奪い取る気になったか? 僕は大賛成だ。義兄があのクズ騎士になるより、腹黒い君になる方が、姉さんも最終的には幸せだろうしね」
「光栄だよ、義弟殿。……まずは、彼が自らボロを出すように、少しだけ背中を押してあげようか」
二人の少年の瞳に、昏い光が宿る。
彼らは知っていた。ダリルが最近、街で働く女給に鼻の下を伸ばしていることを。そして、それをどう利用すれば、メリッサを傷つけずに「婚約破棄」できるかを。
そんな弟たちの陰謀など露知らず、メリッサは中庭で洗濯物を確認していた。
「あ、メリッサさん! 重いものは俺たちが運びますよ!」
「まあ、ありがとうございます」
下男たちが競うようにして彼女を手伝う。
彼女はただの侍女ではない。有能で、謙虚で、誰に対しても心からの優しさを向ける。その「人たらし」な魅力は、すでに伯爵邸を完全に掌握していた。
「メリッサ、大丈夫ですか?」
廊下を通りかかったヘンリーが、人目を忍んで彼女の隣に並ぶ。
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「いや。……少し、疲れた顔をしていたから。今夜は早く休み、明日の午後は僕と図書室の整理をしてくれませんか? あなたと話していると、心が落ち着くんだ」
「はい。喜んで、ヘンリー様」
メリッサの純粋な笑顔に、ヘンリーの胸が微かに疼く。
(この笑顔を独占できるなら、僕はどんな汚い手でも使うよ。……覚悟しておいてね、ダリル・オレリー)
メリッサの実家であるドッジ子爵家は、今のところは「のんびりした家系」を装っている。
だが、愛娘を侮辱する者が現れた時、その牙がどれほど鋭いか――それを思い知らされる日が、着実に近づいていた。
何も知らないのは、今この瞬間もサンドラの家で惰眠を貪っているダリルだけだった。
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◇◇◇
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