結婚を二年も放置した騎士様、「遊びたいから待て」と言うならどうぞ生涯ご自由に

恋せよ恋

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ダリルの逃げ場のない婚約

  王都の路地裏、第一騎士団の制服を乱したダリル・オレリーは、数人の屈強な男たちに組み伏せられていた。彼らを雇ったのは、リンデン男爵。コレットの義父である。

  男爵は、冷ややかな目でダリルを見下ろしながら、鼻を鳴らした。

「往生際が悪いぞ、ダリル殿。我が義娘コレットと不適切な関係を持ち、あまつさえ侯爵嫡男との仲を裂いたのは君だろう? 貴族の令嬢を弄んでおいて、責任を取らないとは言わせん」

「違う! 誘惑したのは彼女だ! 俺は被害者なんだ!」

「黙れ。証拠は揃っている」

  男爵の言う通りだった。ヘンリーとサントスが裏で手を回し、ダリルがコレットの隠れ家に出入りしていた詳細な記録、二人が睦み合う声を聞いた使用人の証言、そしてパトリック侯爵嫡男からの「不快感の表明」。これらすべてが、ダリルを逃げ場のない檻へと追い詰めていた。

  リンデン男爵にとって、後妻の連れ子であるコレットは、常に悩みの種だった。

  美貌にかまけて遊び回り、高位貴族の男を渡り歩く。継承権もないのに男爵家の名を汚し続ける彼女を、男爵は一日も早く叩き出したいと考えていた。そこへ現れたのが、身分も低く、後ろ盾も弱いダリルという「格好の生贄」だったのだ。

「これ幸い、というわけだ。コレットは君にやる。今日から君は我が家の婿養子予備軍として、この屋敷で挙式まで過ごしてもらう」

「そんな……監禁だ! 犯罪だぞ!」

「いいや、これは『不徳を働いた騎士への、温情ある救済』だよ」

  ダリルはリンデン男爵邸の窓の無い一室に押し込められた。

  そこには、同じく父親から絶縁を突きつけられたコレットが、毒々しいほど鮮やかなドレスを着て座っていた。

「……最悪。パトリック様の代わりが、こんなしがない騎士だなんて」

「それはこっちの台詞だ! お前のせいで、俺の人生はめちゃくちゃだ!」

  二人の間に、かつての甘い愛の囁きなど微塵もなかった。あるのは、互いへの憎悪と、身勝手な責任のなすりつけ合いだけだった。
 
  数日後。ダリルは無理やり連れ出された夜会で、メリッサとの「婚約破棄」を正式に宣告された。ダリルは必死に拒否した。「俺にはメリッサしかいないんだ!」と泣き喚いたが、突きつけられたのは、サンドラとの情事の記録、コレットとの密会写真だった。

  さらに、メリッサ本人が、ヘンリーにエスコートされて現れた。

「ダリル様。貴方の愛は、私を何年も待たせても平気な程度のものだったのですね。……私はもう、貴方の『いつか』を信じるほど愚かではありませんわ」

  その氷のような瞳。ダリルは絶望した。彼女はもう、自分の知っている「優しいだけの女」ではなかった。

  そして追い打ちをかけるように、王室法に基づいた裁定が下る。

「未婚の十七歳の貴族令嬢コレットとの不貞は、騎士としての名誉を著しく傷つけるものである。責任を取り、彼女と即座に婚姻を結ぶべし」

 逃げ続けてきた結婚。それが、最も望まない相手と、最も屈辱的な形で結ばれてしまった。


―― 一年後。第一騎士団の宿舎。ダリルのベッドは、埃を被り、以前にも増して荒れていた。

  リンデン男爵家から事実上「厄介払い」として切り捨てられた二人の結婚生活は、初日から崩壊していた。

  コレットは学園を卒業するや否や、男爵家から与えられたわずかな持参金を手に、再び夜の街へと消えた。彼女はダリルと同居することもなく、新しいパトロンを見つけては、男の家を転々とする日々を送っている。

「あんな甲斐性なしの騎士、顔を見るだけで虫酸が走るわ」

  それが、彼女の口癖だった。
 
  ダリルはダリルで、騎士団内での評価は地に堕ちていた。

  かつての「期待の新人」という光は消え、今や「女癖が悪くて身分を落とした男」として、同僚からも軽蔑され、雑用ばかりを押し付けられている。
 
  非番の夜。ダリルは一人、宿舎の硬いベッドに横たわり、天井を見つめていた。

  目を閉じれば、浮かんでくるのはあの頃の記憶だ。学園の放課後。図書室の窓際で、メリッサが淹れてくれた温かいお茶。

「ダリル様なら、きっと立派な騎士になれますわ」

  そう言って、頬を染めて笑った彼女の、混じり気のない信頼。二年前、卒業式の後に交わした「落ち着いたら結婚しよう」という約束。

「……どうして、こうなったんだ。……メリッサ、ごめん。……ごめんよ……」

  溢れ出した涙が、枕を濡らす。

  今さら後悔しても、彼女はもう、手の届かない雲の上の存在だ。

  噂では、リッチモンド伯爵家の嫡男・ヘンリーの熱烈なアプローチにより婚約者となった彼女は、ヘンリーに深く愛され、王都で最も幸せな女性と呼ばれているという。彼女の隣、自分が立つはずだった場所には、自分よりも若く、気高く、誠実な男が立っている。

  自分が「つまらない」と切り捨てたあの真面目な日々こそが、人生で唯一の宝物だったのだと。すべてを失ってから、ダリルはようやく気づいた。

  だが、彼を待っているのは、もう誰の救いもない、冷え切った孤独な明日だけだった。
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