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番外編
ヴィクトールとエドワード 二人の兄の暗躍
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二人の男が、執務室の深い影の中で対峙していた。
エリカの兄、ヴィクトール・グロスナー。そして、病床から「奇跡的に」生還したリヒャルトの兄、エドワード・アシュベリー。
表向き、エリカの記憶喪失とリヒャルトの北部行きは「不幸な事故と自発的な贖罪」で片付けられている。しかし、その舞台裏でこの二人の男がどれほど冷酷に糸を引いていたかを知る者は、屋敷のネズミ一匹としていない。
「……ミレイユの処理は終わったのか」
エドワードが、ティーカップを置きながら低く問いかけた。病上がりとは思えない、鋭利な眼差し。ヴィクトールは無表情に書類を差し出す。
「ああ。国外追放の罪を破って再入国し、エリカに刃を向けた。……これで『公的な死』は確定だ。表沙汰にはせず、王都から遠く離れた修道院……という名の監獄に収容した。一生、外の光を見ることはない」
「妥当だな。リヒャルトを狂わせ、貴家の愛娘を傷つけた毒婦には、それ相応の処罰が必要だ」
ヴィクトールは冷たい笑みを浮かべた。
ミレイユが再入国できたのは、実はヴィクトールが意図的に警備の穴を作ったからだった。
彼女がエリカに接触し、致命的な牙を剥かなければ、彼女を永遠に社会から抹殺する大義名分が得られなかったからだ。
「……妹を囮に使ったことは、生涯の不覚だが。あの女がのうのうと生きている限り、エリカの平穏はなかった」
「それは私も同じだ、ヴィクトール殿」
エドワードが冷徹に言葉を継ぐ。
「リヒャルトの執着は、もはや病の域だった。エリカ嬢の記憶がないことをいいことに、弟は自分を『誠実な新作』として塗り替え、彼女を再び囲い込もうとしていた。……あのままでは、弟はいつかまた過ちを犯しただろう」
エドワードが「奇跡的に」回復したのも、実はタイミングを計っていた節がある。弟が犯した不始末を、アシュベリー家の長子として、そして一人の冷徹な政治家として、彼は完璧に「掃除」する必要があった。
リヒャルトを北部の凍土へ追いやったのは、エドワードの策略だ。
「贖罪のために土地を耕せ」と命じ、彼から贅沢を奪い、孤独を与えた。それは、弟への罰であると同時に、彼を「一人のまともな男」に作り直すための、残酷な外科手術だった。
「リヒャルトには、徹底的に絶望してもらう必要があった。己がいかに醜く、エリカ嬢に甘えていたかを思い知らせるために。……そしてエリカ嬢には、彼がいない世界で『自分だけの翼』を手に入れてもらう必要があった」
ヴィクトールが同意するように頷く。
「おかげで、エリカは立派な司書になった。リヒャルトに縋らなくても、一人で生きていける強い女性に。……そしてリヒャルトも、ようやく執着という泥から這い上がってきたようだな」
「ああ。先日、弟から届いた手紙には、領民の冬の蓄えについての相談しかなかった。エリカ嬢についての記述は一言も……。それを見て、ようやく彼女に『仕事の依頼』を送る許可を出したのだ」
二人の男は、チェス盤を片付けるように静かに立ち上がった。
彼らは知っている。リヒャルトとエリカが再び結ばれるかどうかなど、二の次だった。ただ、自分たちが愛する家族が、泥沼のような過去に引きずられず、誇り高く生きていけること。そのために、彼らは手を汚し、嘘を重ね、裏側ですべてをコントロールしてきた。
「もし、リヒャルトがまたエリカを泣かせるようなことがあれば……」
ヴィクトールの言葉を、エドワードが遮る。
「その時は、今度こそ愚弟を『アシュベリー』の名から抹殺しよう。……それが、兄としての私の責任だ」
遠く北の地では、何も知らないエリカとリヒャルトが、新しい未来に向かって歩み始めている。
その足元に広がる美しい花畑の下には、二人の兄が葬り去った、ドロドロとした過去の残骸が深く深く埋められていた。
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エリカの兄、ヴィクトール・グロスナー。そして、病床から「奇跡的に」生還したリヒャルトの兄、エドワード・アシュベリー。
表向き、エリカの記憶喪失とリヒャルトの北部行きは「不幸な事故と自発的な贖罪」で片付けられている。しかし、その舞台裏でこの二人の男がどれほど冷酷に糸を引いていたかを知る者は、屋敷のネズミ一匹としていない。
「……ミレイユの処理は終わったのか」
エドワードが、ティーカップを置きながら低く問いかけた。病上がりとは思えない、鋭利な眼差し。ヴィクトールは無表情に書類を差し出す。
「ああ。国外追放の罪を破って再入国し、エリカに刃を向けた。……これで『公的な死』は確定だ。表沙汰にはせず、王都から遠く離れた修道院……という名の監獄に収容した。一生、外の光を見ることはない」
「妥当だな。リヒャルトを狂わせ、貴家の愛娘を傷つけた毒婦には、それ相応の処罰が必要だ」
ヴィクトールは冷たい笑みを浮かべた。
ミレイユが再入国できたのは、実はヴィクトールが意図的に警備の穴を作ったからだった。
彼女がエリカに接触し、致命的な牙を剥かなければ、彼女を永遠に社会から抹殺する大義名分が得られなかったからだ。
「……妹を囮に使ったことは、生涯の不覚だが。あの女がのうのうと生きている限り、エリカの平穏はなかった」
「それは私も同じだ、ヴィクトール殿」
エドワードが冷徹に言葉を継ぐ。
「リヒャルトの執着は、もはや病の域だった。エリカ嬢の記憶がないことをいいことに、弟は自分を『誠実な新作』として塗り替え、彼女を再び囲い込もうとしていた。……あのままでは、弟はいつかまた過ちを犯しただろう」
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ヴィクトールが同意するように頷く。
「おかげで、エリカは立派な司書になった。リヒャルトに縋らなくても、一人で生きていける強い女性に。……そしてリヒャルトも、ようやく執着という泥から這い上がってきたようだな」
「ああ。先日、弟から届いた手紙には、領民の冬の蓄えについての相談しかなかった。エリカ嬢についての記述は一言も……。それを見て、ようやく彼女に『仕事の依頼』を送る許可を出したのだ」
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「もし、リヒャルトがまたエリカを泣かせるようなことがあれば……」
ヴィクトールの言葉を、エドワードが遮る。
「その時は、今度こそ愚弟を『アシュベリー』の名から抹殺しよう。……それが、兄としての私の責任だ」
遠く北の地では、何も知らないエリカとリヒャルトが、新しい未来に向かって歩み始めている。
その足元に広がる美しい花畑の下には、二人の兄が葬り去った、ドロドロとした過去の残骸が深く深く埋められていた。
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