愛という名の毒を喰らえ〜五人の令嬢たちの華麗なる婚約破棄〜

恋せよ恋

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華やかな温室の亀裂

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 王立学園の北側に位置する、白亜の東屋。そこは高位貴族の令嬢たちが、放課後のひとときを過ごす憩いの場……であるはずだった。
 しかし、現在漂っているのは、芳醇な紅茶の香りさえ凍りつかせるような重苦しい沈黙である。

「……皆様、もう限界ではありませんこと?」

 沈黙を破ったのは、筆頭公爵家の令嬢、カサンドラ・カスティールだった。艶やかな漆黒の髪を優雅に結い上げ、アメジストの瞳には氷のような理知の光が宿っている。彼女の指先が、金縁のティーカップをわずかに震わせた。

 その言葉を待っていたと言わんばかりに、マリアンヌ・リュシアンが身を乗り出した。茶髪のポニーテールが、彼女の激しい感情に呼応するように揺れる。

「限界どころか、私の堪忍袋はとうに破けておりますわ! 昨日の訓練後、フレデリック様が何と言ったとお思い!? 『マリアンヌは一人でも生きていけそうだが、シャルロットは僕がいないと死んでしまう』ですって! あのアホ面、一度、我が家の家宝の剣で叩き切って差し上げたいですわ!」

 マリアンヌの憤慨に、隣でサラサラの美しい赤髪をなびかせたヘンリエッタ・バークリーが冷淡な溜息をつく。

「マリアンヌ、家宝を持ち出すのはもったいないですわ。それに、時間の無駄です。……もっとも、我が婚約者のバーナード様も似たようなものですけれど。財務補佐官の書類に致命的な計算ミスがあったので指摘して差し上げただけなのに、『君にはシャルロットのような優しさがない。少しは彼女のバイオリンの音色を聴いて心を洗ったらどうだ』と。……正直、耳を疑いましたわ。あの壊れたおもちゃのような音色のどこに心洗われる要素があるのか、是非とも数式で説明していただきたいものです」

 ヘンリエッタは眼鏡のブリッジを指で押し上げ、その琥珀色の瞳に蔑みの色を浮かべた。

 フローレンス・オリビエも、金髪の縦ロールを揺らしながら、エメラルドグリーンの瞳を細める。

「ふふ、皆様大変ですわね。私のオリビエ様も、最近は宰相補佐としての執務を放り出して、シャルロット様と庭園で花冠を作っていらっしゃるの。……公爵家の次期継承予定者として、正気の沙汰とは思えませんわ。あの方、自分がどれほどの情報漏洩のリスクを負っているか、理解していらっしゃるのかしら?」

 令嬢たちの不満が次々と噴出する中、一番身分の低いジャスリン・ミラーは、栗色の髪を揺らしてニコニコとおっとり微笑んでいた。

「まあぁ……皆様、それは大変でしたわねぇ。私などは、トーマス様が商会の新作シルクをシャルロット様に内緒で贈っているのを見て、ただただ悲しくなってしまいましたわぁ……」

 その声は柔らかく、ゆったりとしていた。だが。

(――死ね。今すぐ死ねあの金食い虫の馬鹿。身分差なんて関係ない? 愛がすべて? 寝言は寝て言え。商売の基本は等価交換だろうが! あのシルク一反で我が家の領民が何人一ヶ月食っていけると思ってんだ! おいトーマス、てめえの商会、私の慰謝料分を毟り取る前に破産したら承知しねーぞ。シャルロット? あのお花畑の小娘が。お前のその『無垢』を一枚ずつ剥いで、塩漬けにしてやんよ!)

 ジャスリンの脳内では、もはや貴族の令嬢とは思えぬ怒号が四倍速で吹き荒れていた。

 カサンドラは、そんな友人たちの様子を見渡し、重い口を開いた。
「事態は深刻ですわ。私たちの婚約者は、あの子爵令嬢……シャルロット・ピュアによって、まともな判断力を失っています。彼女の言う『正義』や『優しさ』は、この国の法と秩序を根底から破壊する害悪そのもの」

「『身分なんて関係ない』、でしたっけ。彼女がそう叫ぶたびに、私たちが積み上げてきた努力と義務が泥を塗られている気分ですわ」
 フローレンスの言葉に、全員が頷く。

 その時だった。

「あらぁ! 皆様、こんな暗いお顔をして、また難しい会議ですかぁ?」
 鈴を転がすような、しかし聞く者が聞けば神経を逆撫でするような高い声が響いた。

 東屋の入り口に現れたのは、銀髪をふわふわとさせたシャルロット・ピュア。そしてその後ろには、まるで彼女の近衛兵のように、五人の令息たちが勢揃いしていた。

 中央に立つチャールズ第二王子が、一歩前に出る。彼は婚約者であるカサンドラに対し、親愛のかけらもない冷酷な視線を向けた。

「カサンドラ。君たちはまた、そうやってシャルロットを仲間外れにしているのか。彼女が『みんなとお友達になりたい』と言って、これほど心を痛めているというのに」

「殿下。私たちはただ、内密な話をしていただけでございます」
 カサンドラが静かに返すが、チャールズは鼻で笑った。

「内密? どうせ他人の陰口だろう。シャルロットを見ろ。彼女は誰に対しても笑顔で、身分にこだわらず愛を注いでいる。……カサンドラ、僕は父上に奏上した。君との結婚は国家の義務として遂行するが、僕の愛はシャルロットだけのものだ。公爵邸に移った後は、彼女を僕の『真実の妻』として迎えるつもりだ。君はただ、白い結婚のまま飾られていればいい」

 カサンドラの隣で、ジャスリンの笑顔がぴくりと引き攣った。

(白い結婚? 不貞宣言を堂々としやがったぞこの金ピカ王子。カサンドラ様の尊厳を何だと思ってやがる。おい、今すぐその首を物理的に白くしてやろうか?)

 カサンドラは、溢れ出しそうな嫌悪感を優雅な微笑みの下に押し隠し、優雅に一礼した。

「……承知いたしました、殿下。そこまで仰るのなら、ご自由に。ただし、後悔なさらないことですわね」

 それは、誇り高き五人の令嬢による、静かな宣戦布告だった。
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