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ジャスリン・ミラー子爵令嬢
そろばんを弾く恋心
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「……ええ、本当に。トーマス様はとってもお優しい方ですわぁ」
学園の廊下。ジャスリン・ミラーは、ふんわりとした笑みを浮かべ、胸の前で手を組みながらゆったりと答えた。目の前には、頬を赤らめて「トーマス様って素敵ね」と話しかけてくる下級生。
だが、その裏側――ジャスリンの脳内は、すでに猛烈な勢いで火花を散らしていた。
(――優しい? ああ、そうだろうね! 誰彼構わず奢り歩いて、商会の特別室用の最高級茶葉を勝手に持ち出して、シャルロットとかいうお花畑の小娘の『お茶会ごっこ』に献上してるんだから! あの茶葉、一グラムいくらすると思ってんだこのお花畑! お前の実家の商会、今期の純利益が前年比十五%も落ち込んでる自覚あんのか!?)
ジャスリンの家、ミラー子爵家は、代々王室御用達の商会を運営するトーマスの家と深く関わってきた。
トーマスは、ミラー商会の次男坊。幼い頃は、ジャスリンと一緒に帳簿を眺め、「いつか二人で、この国一番の商いを通じた絆を築こう」と約束したはずだった。その時の彼は、もっと目が死んでいて――いや、といっても商売人らしい鋭い光を宿していたはずなのだ。
「ジャスリン! またそんなところで油を売っているのか。君はいつも効率や利益の話ばかりで、心の豊かさが足りないな」
背後から響いたのは、聞き慣れた、そして最近では一番聞きたくない声だった。
振り返ると、そこには流行の刺繍をあしらった派手なジャケットを着こなすトーマスが立っていた。その隣には、当然のようにシャルロットが寄り添っている。
「まあ、トーマス様。ご機嫌麗しゅう。心の豊かさ……ですの?」
「そうさ。見てごらん、シャルロットが学園の裏庭に捨てられていた子猫たちのために、僕の商会の最高級シルクを使って寝床を作ってあげたんだ。なんて慈愛に満ちた行為だろう。君なら『もったいない』と切り捨てるんだろうがね」
(――はあぁぁぁ!?)
ジャスリンの血管が一本、ブチリと音を立てて切れた。
(最高級シルク? 寝床? 子猫に? おい、正気か。あれは隣国との交易でようやく手に入れた、光沢度SSクラスの限定品だろうが! 一反あれば、公爵夫人の夜会ドレスが三着は作れる。市場価格に換算して金貨五十枚……いや、希少価値を含めれば八十枚は下らない。それを泥まみれの子猫の下に敷いた!? 衛生管理もクソもあったもんじゃないわね! 猫だってそんな高い布で寝かされたら緊張して毛玉吐くわよ!)
怒りで脳内がオーバーヒートしそうになるが、ジャスリンはあくまで、ゆっくりと首を傾げて微笑んだ。
「まあぁ……それはそれは……猫ちゃんたちも、さぞかし驚いたでしょうねぇ……」
「でしょう? ジャスリン様、生きとし生けるものに貴賤なんてないんです。布だって、命を温めるために使われるのが一番幸せなんです。そう思いませんかぁ?」
シャルロットが、潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。その無垢な笑顔には、一片の悪意もない。それが一番タチが悪い。彼女は自分の「善行」が、誰かの血の滲むような労働と投資をドブに捨てていることに、一ミリも気づいていないのだ。
「……ええ、シャルロット様のお考えは、本当に……『ユニーク』ですわねぇ」
( って、言うか、全然、ユニークじゃねえよ絶望的だよ! あー、もう決めた。決めたわ。トーマス、あんたとの婚約、継続させるメリットが完全に赤字だわ。埋没費用を惜しんで破滅に付き合うほど、私はお人好しじゃないの)
ジャスリンは、そっと手元の手帳を確認するふりをして、脳内のリストにチェックを入れた。
『トーマス・ミラー:資産運用能力、欠如。配偶者としての価値、暴落。速やかな損切りを推奨。』
「トーマス様、一つお聞きしてもよろしいかしらぁ? そのシルク……お父様には、許可をいただいたのですかぁ?」
ジャスリンの問いに、トーマスは一瞬だけ言葉を詰まらせたが、すぐに胸を張った。
「父上には事後承諾で十分だ。これはミラー商会の宣伝にもなる。……さあ行こう、シャルロット。次は、孤児院に配るためのパンを買い占めに行かなくては」
二人が去っていく後ろ姿を見送りながら、ジャスリンは手元の扇子をパチンと閉じた。
その目は、もはやおっとりした令嬢のものではない。獲物を追い詰める、凄腕の相場師のそれだった。
「……さて。お父様を説得して、ミラー商会との提携を段階的に引き上げる準備を始めましょうかしらぁ。……あら、ノーマン様。そちらにいらしたのねぇ?」
物陰から、心配そうにこちらを見ていた幼馴染、ノーマン子爵令息が姿を現した。
______________
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🌹【『妻は飾り、義母は遊び、義妹は暇つぶし』──そう言った男を、北方の獅子が許すはずもなく】
学園の廊下。ジャスリン・ミラーは、ふんわりとした笑みを浮かべ、胸の前で手を組みながらゆったりと答えた。目の前には、頬を赤らめて「トーマス様って素敵ね」と話しかけてくる下級生。
だが、その裏側――ジャスリンの脳内は、すでに猛烈な勢いで火花を散らしていた。
(――優しい? ああ、そうだろうね! 誰彼構わず奢り歩いて、商会の特別室用の最高級茶葉を勝手に持ち出して、シャルロットとかいうお花畑の小娘の『お茶会ごっこ』に献上してるんだから! あの茶葉、一グラムいくらすると思ってんだこのお花畑! お前の実家の商会、今期の純利益が前年比十五%も落ち込んでる自覚あんのか!?)
ジャスリンの家、ミラー子爵家は、代々王室御用達の商会を運営するトーマスの家と深く関わってきた。
トーマスは、ミラー商会の次男坊。幼い頃は、ジャスリンと一緒に帳簿を眺め、「いつか二人で、この国一番の商いを通じた絆を築こう」と約束したはずだった。その時の彼は、もっと目が死んでいて――いや、といっても商売人らしい鋭い光を宿していたはずなのだ。
「ジャスリン! またそんなところで油を売っているのか。君はいつも効率や利益の話ばかりで、心の豊かさが足りないな」
背後から響いたのは、聞き慣れた、そして最近では一番聞きたくない声だった。
振り返ると、そこには流行の刺繍をあしらった派手なジャケットを着こなすトーマスが立っていた。その隣には、当然のようにシャルロットが寄り添っている。
「まあ、トーマス様。ご機嫌麗しゅう。心の豊かさ……ですの?」
「そうさ。見てごらん、シャルロットが学園の裏庭に捨てられていた子猫たちのために、僕の商会の最高級シルクを使って寝床を作ってあげたんだ。なんて慈愛に満ちた行為だろう。君なら『もったいない』と切り捨てるんだろうがね」
(――はあぁぁぁ!?)
ジャスリンの血管が一本、ブチリと音を立てて切れた。
(最高級シルク? 寝床? 子猫に? おい、正気か。あれは隣国との交易でようやく手に入れた、光沢度SSクラスの限定品だろうが! 一反あれば、公爵夫人の夜会ドレスが三着は作れる。市場価格に換算して金貨五十枚……いや、希少価値を含めれば八十枚は下らない。それを泥まみれの子猫の下に敷いた!? 衛生管理もクソもあったもんじゃないわね! 猫だってそんな高い布で寝かされたら緊張して毛玉吐くわよ!)
怒りで脳内がオーバーヒートしそうになるが、ジャスリンはあくまで、ゆっくりと首を傾げて微笑んだ。
「まあぁ……それはそれは……猫ちゃんたちも、さぞかし驚いたでしょうねぇ……」
「でしょう? ジャスリン様、生きとし生けるものに貴賤なんてないんです。布だって、命を温めるために使われるのが一番幸せなんです。そう思いませんかぁ?」
シャルロットが、潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。その無垢な笑顔には、一片の悪意もない。それが一番タチが悪い。彼女は自分の「善行」が、誰かの血の滲むような労働と投資をドブに捨てていることに、一ミリも気づいていないのだ。
「……ええ、シャルロット様のお考えは、本当に……『ユニーク』ですわねぇ」
( って、言うか、全然、ユニークじゃねえよ絶望的だよ! あー、もう決めた。決めたわ。トーマス、あんたとの婚約、継続させるメリットが完全に赤字だわ。埋没費用を惜しんで破滅に付き合うほど、私はお人好しじゃないの)
ジャスリンは、そっと手元の手帳を確認するふりをして、脳内のリストにチェックを入れた。
『トーマス・ミラー:資産運用能力、欠如。配偶者としての価値、暴落。速やかな損切りを推奨。』
「トーマス様、一つお聞きしてもよろしいかしらぁ? そのシルク……お父様には、許可をいただいたのですかぁ?」
ジャスリンの問いに、トーマスは一瞬だけ言葉を詰まらせたが、すぐに胸を張った。
「父上には事後承諾で十分だ。これはミラー商会の宣伝にもなる。……さあ行こう、シャルロット。次は、孤児院に配るためのパンを買い占めに行かなくては」
二人が去っていく後ろ姿を見送りながら、ジャスリンは手元の扇子をパチンと閉じた。
その目は、もはやおっとりした令嬢のものではない。獲物を追い詰める、凄腕の相場師のそれだった。
「……さて。お父様を説得して、ミラー商会との提携を段階的に引き上げる準備を始めましょうかしらぁ。……あら、ノーマン様。そちらにいらしたのねぇ?」
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