【完結】王太子の賭けに負けた氷の貴公子。くじで選ばれた私への態度は、義務ですか?それとも本気ですか?

恋せよ恋

文字の大きさ
11 / 12

クジ引きの先の真実

  王宮の広大な庭園に、夜の帳が静かに降りていた。
 今夜は、王太子アルバート殿下主催の春の晩餐会。私とウィリアム様が、正式に婚約者としてお披露目されてからちょうど一ヶ月が経とうとしていた。

 会場の喧騒を離れ、私は一人、噴水のほとりに立っていた。
 温室でのあの告白以来、ウィリアム様の言葉は私の心の中で何度も反芻されていた。「君がナターシャ・ローランドだから、今ここにいる」――その言葉を信じたい自分と、まだどこかで「私は景品に過ぎない」と囁く自分が、胸の中でせめぎ合っていた。

「……やはり、ここか」

 聞き慣れた、けれど以前よりもずっと体温を感じさせる低い声。
 振り返ると、月光を背負ってウィリアム様が歩み寄ってくるところだった。彼の纏う空気は、かつての「氷の貴公子」そのものだが、私を見つめる翡翠の瞳だけは、熱い情愛を隠そうともしていない。

「ウィリアム様。……殿下がお呼びではありませんでしたか?」

「殿下なら、今は新しいワインの銘柄にご執心だ。……ナターシャ、君に渡したいものがある」

 彼は私の前に立つと、懐から小さく折り畳まれた、一枚の紙を取り出した。
 それは、あの日、王太子のサロンで彼が引き当てたはずの、あの「くじ」だった。

「これは……」

「君を傷つけた、元凶だ。……これがある限り、君の心には影が差し続けるだろう」

 ウィリアム様は、その紙を私の目の前でゆっくりと広げた。
 そこには確かに、『ローランド伯爵家 ナターシャ』と、侍従の無機質な筆跡で記されている。
 私は胸が締め付けられるような思いで、その忌まわしい名前を見つめた。

「ナターシャ。私は、この紙を破り捨てに来たわけではない」

 彼はそう言うと、羽ペンの代わりに自らの指先で、その紙の余白に何かを書き加えた。
 驚いて覗き込むと、そこには彼の端正な筆跡で、こう付け加えられていた。

『私、ウィリアム・ドリトンが、生涯をかけて愛することを誓う、唯一の女性』

「……っ」

「始まりが何であれ、私はこの紙を引き当てた幸運に、毎日感謝している。もし別の名前が書いてあったとしても、私はきっと、何らかの理由をつけて君の元へ辿り着いていただろう。……くじが私を君に導いたのではない。私が、君を求めていたんだ」

 至近距離で、彼は私の手を取り、その甲に深く、誓いを立てるような口づけを落とした。
 その唇の熱さが、私の頑なな心を最期のひとかけらまで溶かしていく。

 ――ああ、もう、演技だなんて疑えない。
 これほどまでに不器用で、まっすぐな瞳で愛を乞う人を、どうして「冷徹」だなんて思えたのかしら。

「ウィリアム様……。私も、愚かでした。貴方の優しさを義務だと決めつけて、自分から幸せを遠ざけていたのは、私の方ですわ」

 私は、溢れ出した涙を拭うこともせず、微笑んだ。
 それは完璧な淑女の仮面ではなく、恋を知った一人の少女の、等身大の笑顔だった。

「私は……ハズレくじなんかじゃない。貴方に見つけていただいたことで、世界で一番の幸せ者になれました」

 その言葉を聞いた瞬間、ウィリアム様の表情が劇的に崩れた。
 安心したような、そして狂おしいほどの情熱を湛えた顔で、彼は私を強く、折れんばかりに抱き寄せた。

「……もう二度と、君を離さない。誰にも、殿下にさえも、君を譲るつもりはない」

 耳元で囁かれる、独占欲に満ちた低い声。
 かつては「所有物扱い」だと誤解したその重みが、今は愛おしくてたまらない。
 私は彼の胸に顔を埋め、心地よいシダーウッドの香りに包まれながら、静かに目を閉じた。

 遠くで、晩餐会の華やかな音楽が聞こえてくる。
 けれど、今の私たちには、二人だけの静寂があれば十分だった。
 
 始まりは、王太子の気まぐれな賭けだったかもしれない。
 始まりは、不本意な罰ゲームだったのかもしれない。
 けれど、その偶然の糸を、運命という名の強い絆に編み上げたのは、紛れもなく私たちの意志だった。

「ナターシャ、愛している。……義務ではなく、一人の男として」

「はい、ウィリアム様。私も、貴方を……心から、お慕いしております」

 月光が照らす噴水の前で、二人の影が重なり、甘い口づけが交わされる。
 
 「氷の貴公子」と「地味な伯爵令嬢」。
 すれ違い続けた二人の物語は、今、最高に幸福な幕切れを迎え、そして新しい、終わりのない恋の物語へと続いていく。

 ――後日、王太子アルバートは、ウィリアムが大切に仕舞い込んでいる「クジ」の紙を見つけ、ニヤリと笑ってこう呟いたという。

「まったく、あの頑固者が。……あの日、侍従に命じて、箱の中の紙すべてに『ナターシャ』の名前を書かせた努力が報われて良かったな」

 どれを引いても彼女に辿り着くように仕組んでいた、親友のあまりにも執拗で、一途な策略。

 その真実をナターシャが知るのは、もう少し先、彼との間に子供が生まれる頃のこと。
 けれど、その時の彼女なら、きっと笑って彼を許すに違いない。
 だって、それほどまでに彼は、彼女を愛し続けているのだから。

 ハッピーエンド
____________

エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇‍♀️

あなたにおすすめの小説

婚約者のことが好きで好きで好きで仕方ない令嬢、彼に想い人がいると知って別れを切り出しました〜え、彼が本当に好きだったのは私なんですか!?〜

朝霧 陽月
恋愛
 ゾッコーン伯爵家のララブーナは、3日間涙が止まらず部屋に引きこもっていた……。  それというのも、ふとした折に彼女の婚約者デューキアイ・グデーレ公爵子息に想い人がいると知ってしまったからだ。 ※内容はタイトル通りです、基本ヤベェ登場人物しかいません。 ※他サイトにも、同作者ほぼ同タイトルで投稿中。

賭けで付き合った2人の結末は…

しあ
恋愛
遊び人な先輩に告白されて、3ヶ月お付き合いすることになったけど、最終日に初めて私からデートに誘ったのに先輩はいつも通りドタキャン。 それどころか、可愛い女の子と腕を組んで幸せそうにデートしている所を発見してしまう。 どうせ3ヶ月って期間付き関係だったもんね。 仕方ない…仕方ないのはわかっているけど涙が止まらない。 涙を拭いたティッシュを芽生え始めた恋心と共にゴミ箱に捨てる。 捨てたはずなのに、どうして先輩とよく遭遇しそうになるんですか…?とりあえず、全力で避けます。 ※魔法が使える世界ですが、文明はとても進んでとても現代的な設定です。スマホとか出てきます。

<完結>金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。 幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。 一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。 ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

愛されヒロインの姉と、眼中外の妹のわたし

香月文香
恋愛
わが国の騎士団の精鋭二人が、治癒士の少女マリアンテを中心とする三角関係を作っているというのは、王宮では当然の常識だった。  治癒士、マリアンテ・リリベルは十八歳。容貌可憐な心優しい少女で、いつもにこやかな笑顔で周囲を癒す人気者。  そんな彼女を巡る男はヨシュア・カレンデュラとハル・シオニア。  二人とも騎士団の「双璧」と呼ばれる優秀な騎士で、ヨシュアは堅物、ハルは軽薄と気質は真逆だったが、女の好みは同じだった。  これは見目麗しい男女の三角関係の物語――ではなく。  そのかたわらで、誰の眼中にも入らない妹のわたしの物語だ。 ※他サイトにも投稿しています

離婚が決まった日に惚れ薬を飲んでしまった旦那様

しあ
恋愛
片想いしていた彼と結婚をして幸せになれると思っていたけど、旦那様は女性嫌いで私とも話そうとしない。 会うのはパーティーに参加する時くらい。 そんな日々が3年続き、この生活に耐えられなくなって離婚を切り出す。そうすれば、考える素振りすらせず離婚届にサインをされる。 悲しくて泣きそうになったその日の夜、旦那に珍しく部屋に呼ばれる。 お茶をしようと言われ、無言の時間を過ごしていると、旦那様が急に倒れられる。 目を覚ませば私の事を愛していると言ってきてーーー。 旦那様は一体どうなってしまったの?

婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました

春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。 名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。 姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。 ――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。 相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。 40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。 (……なぜ私が?) けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。