実姉(自称 悲劇のヒロイン)が出戻って来た 〜 なぜか寄り添う「私の」婚約者 〜

恋せよ恋

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悲劇のヒロインが帰って来た

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「……お父様、お母様。本当に申し訳ありません。私、もうあのお屋敷にはいられなくて」
 我が家の重厚な応接ソファの真ん中で、ハンカチを握りしめて咽び泣いているのは、私の二歳上の姉、エレナだ。

 その向かい側で、父と母は今にも泣き出しそうな、痛ましいものを見る目で姉を見つめている。
 三年前、エレナは名門伯爵家へ華々しく嫁いでいったはずだった。

 しかし、今日、彼女は着の身着のままの姿(といっても、最高級のシルクのドレスだが)で実家である我が家へ逃げ帰ってきたのだ。

「いいんだよ、エレナ。よく帰ってきた。あんな冷酷な男のところへ、もう戻る必要はない」
「そうよ、あんな酷い言いがかりをつけられるなんて……。あなたは繊細で優しい子なのに」

 両親の言葉に、私は冷めた紅茶を口に運んだ。

 「言いがかり」などではない。

 姉のエレナが実家へ戻ることになった理由は明確だ。嫁ぎ先の伯爵家から届いた書簡には、エレナが若手騎士と不適切な関係を持ち、再三の注意にも関わらず不貞を繰り返した、と記されていた。

 つまり、百パーセントお姉様の自業自得、有責による離婚である。

「ねえ、リリア。あなたもそう思うでしょう? エレナが、可哀想だわ」
 母が同意を求めるように私を見た。私はカップをソーサーに戻し、努めて穏やかな声で返した。

「……お姉様が辛い思いをされたのは分かりましたわ。ですが、お相手の伯爵家が提示した証拠についてはどうお考えなのですか?」

 瞬間、部屋の空気が凍りついた。エレナが顔を上げ、潤んだ瞳で私を見る。その瞳の奥に、一瞬だけ鋭い光が宿ったのを私は見逃さなかった。

「……リリア、信じられない。あなた、私を疑っているの? あの証拠と言われているものは、私を追い出すためにあの人が捏造したものなのよ。私が……私がどれだけ寂しい思いをしていたか、あなたには分からないのね」
 エレナはそう言うと、顔を覆って再び泣き崩れた。

「リリア! お前というやつは、どうしてそう冷たいんだ!」
 父が机を叩いて怒鳴る。

 母がハンカチを握りしめ、涙声をあげる。
「あなたのお姉様は傷ついているのよ。家族なら、まずは寄り添って差し上げるのが礼儀でしょう?」

 理不尽だ、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 お姉様は昔からそうだった。自分が悪い時ほど、先に泣いて「被害者」の座を奪い取る。そして周囲は、そのあざとい涙にコロリと騙されるのだ。

 その時、執事が申し訳なさそうに応接室に入ってきた。
「失礼いたします。リリア様の婚約者、カイル様がお見えです。エレナ様の件を聞き及んで、心配して駆けつけたとのことですが……」

「カイル様が?」
 私の婚約者、カイル・ディードリッヒ。
 真面目で正義感が強く、騎士団でも将来を嘱望されている若手貴族だ。私の自慢の婚約者であり、この家で唯一、私の味方でいてくれる人だと思っていた。

「通してくれ。カイル君なら身内も同然だ」
 父の許可が出て、すぐにカイルが入室してきた。彼は部屋の重苦しい空気を感じ取ったのか、眉を寄せた。

 そして、ソファで泣き崩れるエレナに目を留めると、真っ先に彼女の元へ駆け寄ったのだ。
私の横を通り過ぎて。

「エレナ嬢! 大丈夫ですか? ……なんてことだ、ひどい顔色だ」
 カイルは私の隣ではなく、エレナのすぐ隣に膝をついた。エレナは顔を上げ、縋るような手つきでカイルの腕を掴んだ。

「カイル様……。私、もうダメかと思いましたわ……。リリアには、私が悪いと言われてしまって……」
「リリアがそんなことを? ……信じられない」
 カイルが、信じられないほど冷ややかな視線を私に向けた。

 私は目を見開いた。カイル様、あなたは知っているはずだ。お姉様がどのような性格で、どのような理由で離縁されたのか、事前の手紙で伝えておいたはずなのに。

「カイル様、私は事実を確認しようとしただけで——」
「今は事実なんてどうでもいい! 目の前で傷ついている女性を、言葉の刃でさらに傷つける。リリア、君がそんなに思いやりのない女性だとは思わなかったよ」
 カイルの手は、優しくエレナの肩を抱き寄せていた。

 エレナはカイルの胸元で顔を隠しながら、私にだけ見える角度で、口角をわずかに吊り上げた。それは、勝利を確信した女の、醜くもあざとい笑みだった。

(……ああ。カイル様、あなたあっち側へ行くのね)

 私の心の中で、何かが音を立てて冷えていくのが分かった。この家も、両親も、そして愛していたはずの婚約者までもが「あざとい悲劇のヒロイン」の毒に当てられてしまったらしい。

「分かりましたわ。お姉様が可哀想で、私が冷酷な悪女。それでよろしいのですね?」
 私は立ち上がり、深く一礼した。

 誰も私の言葉を否定しなかった。カイルはただ、エレナをいたわるようにその背中をさすり続けている。

「……もう、いいわ。勝手にどうぞ」
 呟いた言葉は、誰の耳にも届かなかった。

 これが、私の十五年間の「妹」としての我慢が限界を迎えた瞬間だった。
______________

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