実姉(自称 悲劇のヒロイン)が出戻って来た 〜 なぜか寄り添う「私の」婚約者 〜

恋せよ恋

文字の大きさ
2 / 6

寄り添う「私の」婚約者

しおりを挟む
 姉のエレナが戻ってきてから、我が家の予定表は意味をなさなくなった。正確には、私とカイル様の予定だけが、無慈悲に塗りつぶされていくのだ。

「リリア、申し訳ない。今日の観劇だが、キャンセルさせてくれないか」
 昼下がり、約束の時間にやってきたカイル様が開口一番に告げたのは、謝罪だった。
 彼の視線は私を見ていない。落ち着かない様子で、階段の上――エレナお姉様の部屋がある方向を気にしている。

「……観劇は、一ヶ月前から楽しみにしていたはずですが。どうされたのですか?」
「エレナ嬢の体調が優れないんだ。さっきお顔を拝見したが、顔色が紙のように白くて……。あんなに心細そうな彼女を置いて、遊びに出かけるなんて僕にはできない」

 カイル様の言葉に、私は奥歯を噛みしめた。
 顔色が白い? それはそうだろう。お姉様は今朝、侍女に命じて一番明るい白粉を厚く塗らせていたのだから。

「カイル様、お姉様にはお父様もお母様もついていらっしゃいます。それに、お医者様も呼びました。婚約者である私との約束を破ってまで、義理の姉になるはずだった人の側にいる必要はありませんわ」

 私が努めて冷静に正論を述べると、カイル様はあからさまに不快そうな顔をした。

「リリア、また君はそうやって突き放すようなことを言う。彼女は今、世界中から後ろ指を指されているような絶望の中にいるんだ。君のような『強い』人間には、彼女の繊細な痛みがわからないのか?」

――強い人間。
 その言葉が、私の胸を鋭く抉った。

 お姉様が我がままを言って両親を困らせるたび、私が代わりに家政を支えてきた。お姉様が夜会で奔放に振る舞い、家の評判を落とすたび、私が各所に頭を下げて回った。

 そうせざるを得なかったから、私は「強く」ならざるを得なかっただけなのに。

「カイル様、私は――」
「カイ……? ああ、来てくださったのね……」

 階段の上から、弱々しい声が響いた。手すりに掴まり、今にも倒れそうな足取りで降りてくるエレナの姿があった。
 彼女は、私が贈られるはずだった、淡い桃色のショールを肩に羽織っている。数日前に「冷えるから」と彼女に奪われたものだ。

「エレナ嬢! 起きてきては危ない!」
 カイル様は私を置き去りにして、階段を駆け上がった。そして、倒れかかるエレナの細い腰を、当然のような手つきで支えた。

「ごめんなさい……。リリアと出かける約束だったのに。でも、一人で部屋にいると、あの恐ろしい伯爵家での出来事が思い出されて……身体が震えてしまうの」
 エレナはカイル様の胸に顔を埋め、小さく肩を震わせる。

 その拍子に、彼女が私に向けて勝ち誇ったような一瞥をくれたのを、カイル様は気づかない。

「いいんですよ、エレナ嬢。リリアも分かってくれています。彼女は思慮深い女性ですから、あなたの回復を一番に願っているはずだ」
 カイル様はそう言うと、私を振り返った。

「というわけだ、リリア。今日は彼女の話し相手になってあげたいんだ。君は……そうだな、一人で出かけるのが寂しいなら、侍女でも連れて行くといい」

「……」
 言葉が出なかった。

 婚約者と一緒に観るために、彼が好きな演目の席を苦労して確保した。新しいドレスも新調した。それを「一人で侍女と行け」と言うのか。

「ああ、それからリリア。その、エレナ嬢が言っていたんだが……」
 カイル様は少し言いづらそうに、しかし断固とした口調で続けた。

「君が今度作る予定の、誕生石のネックレス。あれを彼女に譲ってあげてくれないか? 彼女は今、自分の持ち物の多くを伯爵家に置いてきてしまって、身に着けるものがなくて酷く落ち込んでいるんだ。妹の君からのプレゼントだと言えば、きっと彼女も元気づけられる」

「……あれは、亡くなった祖母から私に、と贈られた原石を加工するものですわ」

「石なんてまた買えばいいだろう! だが、彼女の心は今しか救えないんだ。君は本当に、どうしてそう自分の権利ばかり主張するんだ。少しは不幸な姉を思いやったらどうだ!」
 カイル様の怒声が、静かなホールに響いた。

 エレナはカイル様の腕の中で、満足そうに目を細めている。

――ああ、もう、本当に。

「……分かりましたわ」
 私は、乾いた声で答えた。怒りも、悲しみも、通り越してしまった。

 私を「冷酷」だと断じ、自分の浮ついた心を「正義感」や「慈悲」ですり替えているこの男に、何を言っても無駄なのだ。

「ネックレスも、今日の観劇も、お姉様に差し上げます。……カイル様、どうぞ存分にお姉様に『寄り添って』あげてくださいませ」

「……分かってくれたか。やはり君は物分かりがいいな」
 カイル様は安心したように笑い、エレナを抱きかかえるようにしてサロンへと消えていった。

 残されたのは、静まり返った玄関ホールと、私一人。

「……物分かりがいい、ですか」
 私は自分の手が、怒りで震えていることに気づいた。
 
 だが、その震えはすぐに止まった。代わりに、冷徹なまでの決意が胸を満たしていく。

「お望み通り、差し上げますわ。お姉様も、その婚約者も……まとめてゴミ箱に捨てて差し上げます」

 私は、手元に残った観劇のチケットを、躊躇なく二つに引き裂いた。
____________

エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇‍♀️
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

一年だけの夫婦でも私は幸せでした。

クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。 フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。 フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。 更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。

『悪女と呼ばれた令嬢は、親友の幸せのために婚約者を捨てた』

由香
恋愛
婚約者である王太子を、親友のために手放した令嬢リュシエンヌ。 彼女はすべての非難を一身に受け、「悪女」と呼ばれる道を選ぶ。 真実を語らぬまま、親友である騎士カイルとも距離を置き、 ただ一人、守るべきものを守り抜いた。 それは、愛する人の未来のための選択。 誤解と孤独の果てで、彼女が手にした本当の結末とは――。 悪女と呼ばれた令嬢が、自ら選び取る静かな幸福の物語。

どうやら婚約者の隣は私のものではなくなってしまったようなので、その場所、全てお譲りします。

皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。 完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意

灯火

松石 愛弓
恋愛
子供のいない男爵家に、幼少時に引き取られたフィーリア。 数年後、義両親に実子が授かり、フィーリアは無用とばかりに男爵令嬢の立場から使用人扱いにされる。 意地悪な義母と義妹の浪費癖のため、無償労働のメイドとしてこき使われる辛い日々。 そんなある日、フィーリアに転機が訪れて・・ 珍しくシリアスな感じのお話を書いてしまいました いつもはこんな感じなのに・・ ^^; https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/122288809/episode/2034446 https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/658488266/episode/4191823 新作です。毎週土曜日に更新予定です。興味を持っていただけましたら幸いです。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/910027059/episode/10733961

王太子に理不尽に婚約破棄されたので辺境を改革したら、王都に戻ってきてくれと言われました

水上
恋愛
【全18話完結】 「君は中身まで腐っている」と婚約破棄されたエリアナ。 そんな彼女は成り行きで辺境へ嫁ぐことに。 自身の知識と技術で辺境を改革するエリアナ。 そんな彼女を、白い結婚のはずなのに「膝枕は合理的だ」と甘やかす夫。 一方、エリアナを追放した王都では、彼女の不在の影響が出始めて……。

処理中です...